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ID番号 : 08916
事件名 : 賃金等請求事件
いわゆる事件名 : クレディ・スイス証券(休職命令)事件
争点 : 証券・投資銀行から休職扱い後解雇された者が休職無効と地位確認、未払賃金等を求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 : 証券・投資銀行業務の会社Yに雇用されたXが3か月間の休職命令を受け、さらに3か月間延長する旨の命令を受け、その後普通解雇されたことにつき、休職命令とその延長処分の無効確認、労働契約上の地位確認、未払賃金、精神的苦痛を被ったことを理由とする不法行為に基づく慰謝料及び賞与を不支給としたことに対する債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償金等の支払いを求めた事案である。 東京地裁は、まず休職命令・休職延長命令の有効性について、Yは、Xに対するパワーハラスメントに関する見解の相違問題とは切り離して職場復帰問題を解決しようとしていることを見てとることができ、実質的な職場復帰命令の拒否に該当するものと評価することはできず、Xのパワーハラスメントを問題にする態度を理由により本件休職命令・休職延長命令を発することに合理性は認められないとして、無効と判示した。また、本件解雇については、Yの就業規則42条4号中の「その他前各号」にいう「第2号」に準ずるやむを得ない事由がある場合に該当するものは見当たらず無効であるとして、雇用契約上の地位確認請求と、民法536条2項に基づく賃金請求については理由があるとした。さらに、慰謝料について、Yにはもう少し穏便な対応策やアナウンスの仕方があったと思われるのであり、その限りにおいて違法性を有するものと認定することができるとして、一部請求を認めた。
参照法条 : 労働契約法16条
民法536条2項
民法709条
体系項目 : 労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
休職 /その他の休職 /その他の休職
解雇(民事) /解雇事由 /勤務成績不良・勤務態度
解雇(民事) /解雇事由 /人格的信頼関係
解雇(民事) /解雇事由 /職務能力・技量
裁判年月日 : 2012年1月23日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成21(ワ)46657
裁判結果 : 一部認容、一部棄却、一部却下
出典 : 労働判例1047号74頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔休職‐その他の休職‐その他の休職〕
 (2) 具体的理由の検討〈1〉
 本件休職命令・本件休職延長命令の具体的理由の1つは、本件業務改善プロセス期間における一連の被告の対応がパワーハラスメントに当たるとの原告の見解が、一方的で事実無根であること、という点にある。
 確かに、本件認定事実によれば、本件業務改善命令発令当時、原告の本件業績が、コア・アカウント5位必達という目標を達成しておらず、その意味で芳しい成績でなかったことが認められるのであり、原告の職位の高さや給与額の高額さに照らすと、相当程度高い業績が求められてしかるべきであるから、本件業務改善命令を発令したこと自体や、本件業務改善プロセスにおいて、時としてA本部長が原告を叱責するようなことがあったとしても、それがあながち不合理であるということはできない。そうすると、これらの行為が直ちにパワーハラスメントに該当するということはできない。
 しかし、本件警告書(〈証拠略〉)において、被告が主張するように、同社を含めたコア・アカウント全てにつき5位必達という目標を達成するよう、原告に指示しておきながら、コア・アカウント4社のうち、5位必達という目標に達していなかった3社中、7月面談〈1〉の時点で、2社につき相当程度の業績改善が認められたというべき状況下において〔C投信(6位から3位)及びD投資顧問(6位から2位)〕、本件警告書の交付からわずか約2か月あまりで原告をC信託銀行のアカウント・マネージャーから外し、本件警告書の指示内容を達成「不能」としたことは、本件警告書に解雇を含む懲戒処分を検討する旨が併せて記載されていることを考えると、原告に対して過度の萎縮効果を与えるものであって、性急といわざるをえず、相当でないというべきである。〔中略〕
 そうすると、これらの点において、本件業務改善プロセス期間における一連の被告の対応がパワーハラスメントに当たるとの原告の見解が一方的で事実無根であると評価することはできず、このような理由により本件休職命令・本件休職延長命令を発することに合理性は認められない。
 (3) 具体的理由の検討〈2〉
 本件休職命令・本件休職延長命令の具体的理由のもう1つは、前記パワーハラスメントに当たるとの原告の見解に基づく留保付きの職場復帰命令に従う旨の意思表示が、実質的には職場復帰命令の拒否に該当するものという点である。
 この点、当初は「留保付き」の意味するところが不明確さを残していた可能性はあるが、本件においては、平成21年11月20日、被告訴訟代理人が、原告訴訟代理人に対して「留保付き」の意味するところを尋ね、これに対し、同月25日、原告訴訟代理人が、「職場復帰命令が、就業規則の合理的な規定に基づく相当な命令である限り」という留保であると答えているのであって(〈証拠略〉)、原告側は、同年10月5日付け回答書(〈証拠略〉)以降、当面、パワーハラスメントに関する見解の相違問題とは切り離して、職場復帰問題を解決しようとしていることを見て取ることができる。
 そうすると、上記のような原告側の態度をもって、実質的な職場復帰命令の拒否に該当するものと評価することはできず、このような理由により本件休職命令・本件休職延長命令を発することに合理性は認められない。
 (4) 結論
 以上によれば、本件休職命令・本件休職延長命令は無効というべきである。
〔解雇(民事)‐解雇事由‐職務能力・技量〕
〔解雇(民事)‐解雇事由‐勤務成績不良・勤務態度〕
〔解雇(民事)‐解雇事由‐人格的信頼関係〕
 3 本件解雇の有効性(解雇事由の存否及び解雇権濫用論の成否)〔中略〕
 (2) 本件解雇理由〈1〉(コア・アカウント評価)〔中略〕
 そうすると、本件解雇当時、C信託銀行について5位必達という目標が達成できていなかったという意味において、形式的には、解雇事由該当性を認めることができる。
 しかし、原告は、本件警告書の交付を受けた時点では、C信託銀行の平成21年第2四半期における評価期間は残り20日を切ってしまっていたのであり、同四半期の評価を上げるにはあまりに期間不足であったというべきこと、A本部長の注意・指導によって本件警告書についての認識不足を改めるに至った7月面談〈1〉の時点では、新たな改善の機会を与えられることなく同社のアカウント・マネージャーを外されるに至っていたこと、他方、本件警告書交付の時点で平成21年第2四半期の評価期間が50日程度残っていたC投信とD投資顧問については、評価が上昇し、5位必達の目標を達成することができていることに照らすと、C信託銀行の平成21年第2四半期における被告に対する評価が低いことをもって本件解雇の理由とすることは、改善可能性に関する将来的予測を的確に考慮した解雇理由であるということができず、合理性を欠くというべきである。
 (3) 本件解雇理由〈2〉(収益貢献度)〔中略〕
 そうすると、平成21年第1及び第2四半期における収益貢献度が、被告が指摘する程度に低いことをもって本件解雇の理由とすることは、改善可能性に関する将来的予測を的確に考慮した解雇理由であるということができるかどうかについて疑問がある上、解雇の最終的手段性の点からも問題があるというべきであり、原告が、外資系企業において高い能力が期待されてしかるべきいわゆる中途採用の高額所得者であることを前提としてもなお、客観的合理性を欠くというべきである。
 (4) 結論
 以上によれば、本件解雇は無効であるというべきであるから(なお、被告は、原被告間の信頼関係破壊も解雇理由の1つに掲げているが、本件全証拠に照らしても、それを独立の客観的合理性のある解雇理由と評価することができるほどの事情はうかがい知ることができない。)、原告の雇用契約上の地位確認請求と、平成21年12月25日以降の民法536条2項に基づく賃金請求については、理由があるものというべきである。
 ただし、原告が請求する給与には、被告の社宅制度に基づくハウジング・バジェットが含まれていることは本件認定事実のとおりであるところ、被告は、原告に関し、本件休職命令後も、原告が利用する社宅の賃貸人に対して月額25万円の家賃を直接支払っているから(原告本人)、これは控除されるべきである。
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
 5 原告主張の慰謝料請求権の有無ないし額〔中略〕
 〈5〉 原告のメールアドレスを抹消したことや、〈6〉原告が長期休職するとの通知を顧客にしたこと、〈7〉原告を解雇したとの告知を他の従業員にしたことについては、特に、原告が、7月面談〈2〉から程なくして代理人を選任し、被告と復職交渉をするに至っていることに照らすと、もう少し穏便な対応策やアナウンスの仕方があったと思われるのであり、その限りにおいて、違法性を有するものと認定することができる。
 (2) 結局、原告は、上記認定の限りにおいて、精神的苦痛を被ったものと認めることができ、これを慰謝するための慰謝料としては、本件認定事実から窺われる事実経過や、原告の地位確認請求が認容されることによる種々の被害回復等、諸般の事情を勘案すると、100万円をもって相当と認める。