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ID番号 : 08920
事件名 : 就業規則無効確認等請求事件(33222号)、未払賃金等請求事件(25035号)
いわゆる事件名 : 音楽之友社事件
争点 : 音楽出版社の組合と組合員が就業規則等の無効と労働協約の有効の確認、履行を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 音楽出版社Yの組合X1が労働協約の規定に觝触する就業規則等の無効と、労働協約の有効の確認、履行を求め、組合員X2らが、労働協約の規定を内容とする労働契約の確認とそれに基づく給与等の支払を求めた事案である。 東京地裁は、まず就業規則の効力を争う場合は個々の組合員らとYとの間で紛争解決を図るのが直截的かつ有効であり、実際にX2らはYを相手方として本件訴訟を提起しており、組合X1が原告として各確認を求めることは法律上の利益を欠き不適法であるとして却下した。次に覚書及び労働協約の労働協約該当性並びにその適用範囲について、冊子として存在せず配付されていなかったとしても、従業員の労働条件は労働協約を含む確認書等の締結によって合意されてきた経緯等から、内容は確定し、規範的効力を取得したというべきであるとした。その上で、昇給条項の効力についてはX1とYは賃金を減額する旨の確認書を締結し、それ以降、確認書等で規定された昇給条項に基づく年齢給・勤続給の昇給は実施されておらず効力を停止したまま有名無実化していると否認した。さらにX3X4の退職金制度の廃止を含む本件就業規則の作成についての個別同意の可否について、労働協約に定める退職金制度を個別の労働契約によって廃止することはできず、また将来請求部分に係る訴えは訴えの利益を欠き不適法として斥け、依然効力を失っていない規定につき個々に算定し、支払を命じた。
参照法条 : 労働組合法14条
労働基準法24条
労働基準法9章
民事訴訟法134条
民事訴訟法135条
体系項目 : 就業規則(民事) /就業規則の一方的不利益変更 /賃金・賞与
就業規則(民事) /就業規則と協約 /就業規則と協約
裁判年月日 : 2013年1月17日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成23(ワ)33222/平成24(ワ)25035
裁判結果 : 一部却下、一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1070号104頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔就業規則(民事)‐就業規則の一方的不利益変更‐賃金・賞与〕
〔就業規則(民事)‐就業規則と協約‐就業規則と協約〕
 1 争点(1)(本訴における各訴えの確認の利益の有無)について
 (1) 本件就業規則規定の赤色部分の無効確認を求める訴えについて
 そもそも就業規則とは、使用者が、多数の労働者を協働させる事業において、労働条件を公平・統一的に設定し、かつ職場規律を規則として設定するという事業経営の必要上、制定するものであり、当該事業場で協働する個々の労働者に適用することを目的としているから、使用者との間で就業規則の効力を巡る紛争が生じた場合には、その効力を争う個々の労働者が原告として訴訟遂行するのが直截的かつ有効であると解される。この点、本件就業規則規定の効力を巡って、被告の従業員の原告組合員らと被告との間で紛争が生じており、実際に、原告組合員らは、被告を相手方として、本件就業規則規定が本件労働協約規定に觝触し無効であると主張して、本件労働協約規定を労働契約の内容とする労働契約上の権利を有する地位にあることの確認のほか、本件労働協約規定に基づく賃金等の支払を請求しており、原告組合員らと被告との間で紛争解決を図るのが直截的かつ有効であるから、原告組合員らの所属する原告組合が原告となって、被告との間で、本件就業規則規定の赤色部分の無効確認を求める法律上の利益は存在しないというべきである。
 したがって、原告組合による本件就業規則規定の赤色部分の無効確認を求める訴えは、不適法であり却下を免れない。
 (2) 本件労働協約規定の緑色部分の効力確認等を求める訴えについて〔中略〕
 イ そうすると、原告組合の主張によれば、本件労働協約規定は、本件労働協約の規範的部分として規範的効力を有し、原告組合員らと被告との間の労働契約の内容を直接規律するため、当該規定に係る具体的権利義務関係を巡る紛争は、原告組合員らと被告との間に生じることになるから、本件労働協約規定の効力については、原告組合員らと被告との間の具体的権利義務関係を巡る紛争の前提問題として争わせれば足りるということができる。また、労働組合と使用者との間の確認訴訟の既判力は、組合員と使用者との間の労働契約関係には及ばないから、労働組合と使用者との間で労働協約の規範的部分の効力を巡って争わせることは、直截的かつ有効とはいえない。しかも、本件訴訟において、実際に、原告組合員らは、本件労働協約規定が有効であることを前提として、当該規定の緑色部分を労働契約の内容とする労働契約上の権利を有する地位にあることの確認の訴えをそれぞれ提起しているのであるから、本件労働協約規定を巡る紛争については、その解決にゆだねるのが直截的かつ有効であるというべきである。
 したがって、原告組合による本件労働協約規定の緑色部分の効力確認(主位的請求)及び当該部分の被告に対する履行(予備的請求)を求める訴えは、いずれも訴えの利益を欠き不適法であるというべきである。
 2 争点(2)(本件覚書及び本件労働協約の労働協約該当性並びにその適用範囲)について〔中略〕
 (2) 上記(1)の事実によると、確かに、本件覚書の締結時には、いまだ本件労働協約が冊子として存在せず、原告組合員らを含む従業員に配付されていなかったことになる。しかしながら、〈1〉本件労働協約の内容は、平成16年労働協約ないし平成17年労働協約の内容と同一であること(前提事実(4))、〈2〉被告においては、従業員の労働条件は、本件原初労働協約を含む確認書等の締結によって合意されてきた経緯があり、本件覚書の締結時には、平成16年労働協約ないし平成17年労働協約が被告と原告組合員らを含む従業員との間の労働契約関係を直接規律する規範として機能していたこと(前提事実(2))、〈3〉平成16年労働協約、平成17年労働協約、本件労働協約のマスターデータは、被告が所持していたこと(〈証拠略〉、弁論の全趣旨)にかんがみれば、本件覚書の締結の際、原告組合と被告との間で本件労働協約の内容はその記載のとおり確定しており、両当事者間の共通認識とされていたと認めるのが相当である。
 そして、上記(1)のとおり、本件労働協約そのものには、原告組合と被告の署名、記名押印がないものの、本件覚書が労働組合法14条所定の要件を具備していることは明らかであるから、本件覚書の締結時に、本件覚書と一体のものとして労働協約の内容となり、その規範的部分は規範的効力を取得したというべきである。
 (3) この点、被告は、本件労働協約と本件三六協定とは1冊の冊子としてつづられており、当該冊子を構成する諸規程は、全体として不可分一体のものとして取り扱われるべきであるから、本件労働協約も、本件三六協定の有効期間の満了する平成18年3月31日をもって失効すると主張する。しかしながら、本件労働協約と本件三六協定とは別個の規程であることが明らかであるし、単に、物理的に1冊の冊子としてつづられていたにすぎず、全体として不可分一体のものとして取り扱うべきものということはできないから、本件三六協定に有効期間が定められているからといって、本件労働協約についても本件三六協定と同様の有効期間をもって失効するということはできない。したがって、被告の上記主張は失当である。〔中略〕
 3 争点(3)(本件昇給条項の効力)について〔中略〕
 (2) 上記(1)の事実によれば、原告組合と被告とは、平成11年10月1日付けで組合員の賃金を減額する旨の確認書を締結し(本件賃金カット)、本件賃金カット以降、確認書等で規定された昇給条項に基づく年齢給・勤続給の昇給は実施されておらず、原告組合も、年齢給・勤続給の昇給の定めは一時的に効力が停止されたものと理解していたから、原告組合と被告との間においては、そのころ、当該条項の効力を停止する旨の合意が成立したと認めるのが相当である。したがって、本件昇給条項についても、平成18年2月21日に締結されたものの、直ちに効力が停止され、有名無実化したものと解すべきである。
 そして、原告組合と被告とは、本件昇給条項の効力の復活の要件について何らの定めもしていなかったから、その復活をするためには、当事者双方の合意が必要であると解すべきところ、上記(1)のとおり、原告組合が被告に対して本件昇給条項の効力の復活を求める要求を繰り返していることからすると、原告組合も、復活に当たっては被告との合意が必要であると理解していた模様であるし、原告組合は、平成20年7月以降、被告に対し、本件昇給条項の復活を求めていたものの、被告がこれに応じなかったというのであるから、本件昇給条項は、規範としての効力をいまだ停止したままであると解するほかない。
 したがって、本件昇給条項の効力は認められない。
 4 争点(4)(本件覚書及び本件労働協約の解約の有無並びにその効力)について〔中略〕
 (2) 上記(1)の事実によれば、被告は、本件就業規則の制定に当たり、本件労働協約との一元化を図るべく、原告組合との間で交渉を重ねたが、労使合意の締結には至らなかったため、平成21年文書をもって、本件労働協約に規定された退職金制度の廃止及びこれに基づく退職金の清算、年払常勤手当制度の導入を被告最終案として提示したにとどまり、平成21年文書には、本件労働協約を解約する旨の文言はもちろんのこと、退職金制度以外の本件労働協約に基づく各種制度の帰趨、新就業規則案と本件労働協約との間の効力関係の調整等についても全く触れられていなかったのであるから、被告が、平成21年文書をもって、本件労働協約の解約の意思表示をしたと解することはできない。したがって、本件解約1は理由がない。〔中略〕
 5 争点(5)(原告C及び同Dの被告に対する退職金制度の廃止を含む本件就業規則の作成についての個別同意の可否)について〔中略〕
 しかしながら、労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は、無効となるから(労働契約法16条)、労働協約に定める退職金制度を個別の労働契約によって廃止することはできないというべきである。しかも、前提事実(5)及び上記4(1)の事実によれば、上記〈2〉の文書は、被告が、本件労働協約の内容を見直し、労働契約関係を規律する規範を本件就業規則に一元化することを目指して、原告組合との間で労使交渉を実施する中、新たに制定する本件就業規則の下での現行の退職金の清算方法に関する希望を確認するために、原告C及び同Dを含む従業員に対して提示したものであり、そのような経緯の中での当該文書に対する回答をもって、原告C及び同Dが退職金制度の廃止を含む本件就業規則の作成に個別同意したと解するのは相当でない。
 したがって、被告の上記主張は採用することができない。
 6 争点(6)(本件覚書及び本件労働協約の失効後の法律関係)について〔中略〕
 そうすると、本件就業規則の改訂が合理的なものと認めることはできないから、本件就業規則規定が本件労働協約失効後の原告組合員らと被告との間の労働契約を規律する補充規定としての効力を有すると認めることはできないといわざるを得ない。
 したがって、被告の上記主張は採用することができない。
 7 争点(7)(原告らの請求のまとめ)について
 (1) 確認請求について
 ア これまで判示してきたところによれば、原告組合の各確認の訴えは、いずれも不適法であって却下を免れない。
 イ 原告A、同B、同D、同E、同F、同G及び同Hが被告に対し、別紙「労働協約・改定就業規則対照表」の番号1、同3ないし13の各項目に係る「A労働協約の規定」欄記載の各条項の緑色部分を労働契約の内容とする労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める部分は理由がある。
 他方、原告Cは、平成24年1月31日付けで被告を退職し、被告との間の労働契約関係は終了しているから、同原告が被告に対し、本件労働協約規定の緑色部分を内容とする労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める部分は理由がない。
 また、本件昇給条項の効力は、平成11年10月以降、停止されたままであるため、原告A、同B、同D、同E、同F、同G及び同Hが被告に対し、別紙「労働協約・改訂就業規則対照表」の番号2の項目に係る「A労働協約の規定」欄記載の各条項の緑色部分を内容とする労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める部分はいずれも理由がない。