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ID番号 : 08921
事件名 : 解散予告手当請求事件
いわゆる事件名 : HSBCサービシーズ・ジャパン・リミテッド事件
争点 : 通信・情報関連ハード・ソフトウエア会社の元被用者が、解雇予告手当の不足を主張した事案(労働者敗訴)
事案概要 : 通信・情報関連ハードウエア及びソフトウエア会社Yの元被用者Xが、Yが支払った解雇予告手当の額には不足があるとして、未払分と賃金の支払の確保等に関する法律所定の遅延利息並びに付加金等の支払を求めた事案である。 東京地裁は、本件解雇は平成20年3月15日付けで行われ、同月14日に解雇予告手当が支払われたものであるところ、XはYに対し解雇無効を訴え地位確認訴訟(訴訟2)を提起したが、Xは予備的に訴訟2の手続において解雇予告手当の請求をせず、平成24年3月になって解雇予告手当の支払を求めて本件労働審判を申し立てたことについては、解雇予告手当請求権は労働基準法115条により時効消滅(2年)したものというべきとし、同時にYの消滅時効の主張は権利濫用又は信義則違反に当たらないとして棄却した。また付加金の請求についても、2年の除斥期間を経過しているとして棄却した。
参照法条 : 労働基準法20条
労働基準法115条
民法1条
民法147条
民事訴訟法114条
体系項目 : 解雇(民事) /解雇予告手当 /解雇予告手当請求権
雑則(民事) /付加金 /付加金
賃金(民事) /賃金の支払い原則 /賃金請求権と時効
賃金(民事) /賃金の支払の確保等に関する法律 /賃金の支払の確保等に関する法律
裁判年月日 : 2013年1月18日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成24(ワ)11802/平成24(ワ)11949
裁判結果 : 棄却
出典 : 労働経済判例速報2168号26頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔解雇(民事)‐解雇予告手当‐解雇予告手当請求権〕
〔賃金(民事)‐賃金の支払の確保等に関する法律‐賃金の支払の確保等に関する法律〕
〔賃金(民事)‐賃金の支払い原則‐賃金請求権と時効〕
 2 解雇予告手当の消滅時効の成否(争点(3))について
 (1) 前提事実(4)のとおり、本件解雇は平成20年3月15日付けで行われ、被告は同月14日に解雇予告手当として79万7311円を支払ったものであるところ、前提事実(6)のとおり、原告は、被告に対し、早くとも平成23年12月29日頃、解雇予告手当等295万6746円の支払を求め、また、平成24年3月、同手当の支払を求めて本件労働審判を申し立てているのであって、原告の同手当の請求が、同手当の支払期日である本件解雇の効力発生日から2年以上経過していることは明らかであるから、原告の解雇予告手当請求権は労働基準法115条により時効消滅したものというべきである。
 (2) 以下、原告の主張について検討する。
 ア 原告は、解雇予告手当請求権はその性質上時効消滅しない旨を主張し、これに点に関する根拠として行政通達(昭27・5・17基収1906号。書証略)を引用するが、当裁判所は、解雇予告手当請求権は、その性質上時効消滅しうるものであって、その時効期間は2年であると解する。
 すなわち、使用者が労働基準法20条所定の予告期間を置かず、または予告手当の支払をしないで労働者に解雇の通知をした場合、その通知は即時解雇としては効力を生じないが、使用者が即時解雇を固執する趣旨でない限り、通知後同条所定の30日の期間を経過するか、または通知の後に同条所定の予告手当の支払をしたときは、そのいずれかのときから解雇の効力を生ずるものと解すべきであるところ(最高裁判所昭和35年3月11日判決・民集14巻3号403頁)、ここにいう「予告手当の支払をしたとき」には、使用者側が自ら正当であるものとして計算した結果に従って解雇予告手当を支払ったところ、不足額があった場合も含まれるものと解する。
 そうすると、かかる支払をした解雇は有効であるものと解すべきところ、そうであるとしても、使用者側が不足分の解雇予告手当を支払う義務を免れると解することには何ら合理的理由がないから、少なくともこの場合、労働者に不足分の解雇予告手当請求権が生じるものと解すべきである。原告が引用する前記行政通達が、解雇予告手当について一切債権債務関係の生じないことを前提として、これを理由に解雇予告手当が時効消滅し得ないものと解しているのであれば、かかる解釈は相当ではない。
 そして、解雇予告手当について、請求権を観念することができる場合には、これについて時効を観念することもできるものというべきであって、その時効期間は、解雇予告手当請求権が労働基準法115条の「この法律の規定による(中略)その他の請求権」に当たることは文言上明らかであるから、同条により2年となると解すべきである。
 よって、解雇予告手当の不足額を請求しながら、解雇予告手当請求権が時効消滅し得ない旨をいう原告の前記主張は採用できない。
 イ(ア) 原告は、地位確認請求訴訟の提起(訴訟2)が、時効中断ないしこれに準ずる効力を有するものと主張する。
 この点、地位確認請求訴訟は、労働者としての地位のあることを前提とするものであるから、その訴訟提起を、同様の前提に立つ賃金請求権の行使と同視する余地はあるとしても、労働者としての地位を失ったことを前提とする解雇予告手当請求権の行使と同視する余地はない。
 よって、原告による訴訟2の提起を、解雇予告手当請求権の行使と同視することはできず、原告の前記主張には理由がない。
 (イ) 原告は、地位確認請求訴訟の提起(訴訟2)によって、解雇の有効性を争う以上、同時に矛盾する主張を行えないという制約があるなどとして、時効の起算点たる権利行使可能時は本件解雇の効力発生日ではなく、訴訟2に関する最高裁判所決定を原告が受領した平成24年3月25日であり、原告は、それよりも前の同年2月29日に、権利を行使したから、消滅時効は完成していない旨を主張するが、権利行使可能時前に権利を行使したごとき主張はそれ自体失当であるし、本件において、原告が予備的に訴訟2の手続内外で解雇予告手当を請求することについて、何らかの法律上の障害があったと認めることもできない。よって、原告の主張は採用できない。
 ウ 原告は、被告による消滅時効の主張が権利濫用又は信義則違反に当たると主張するが、被告が原告に対し本件解雇の効力発生日である平成20年3月15日よりも前に計算根拠を示した上で解雇予告手当として79万7311円を支払っていること(前提事実(4))、被告は訴訟1ないし訴訟4の関連訴訟を通じて一貫して本件解雇は有効であると主張していること、原告は同関連訴訟において本件解雇は無効であると主張してきたが、解雇予告手当については、予備的にも請求していないこと(以上、前提事実(5))、訴訟外においては、原告は平成23年12月29日頃初めて被告に対して解雇予告手当を請求し、被告は、これに対する回答として当初から消滅時効を主張し、その後一貫して原告の解雇予告手当の請求に応じない旨を明らかにしていること(前提事実(6))という本件事実関係に照らせば、被告の消滅時効の主張が権利濫用ないし信義則違反に当たるということはできず、原告の主張には理由がない。
〔雑則(民事)‐付加金‐付加金〕
 3 付加金請求(争点4))について
 労働者は、付加金を請求する場合、違反のあった時から2年以内に裁判上の請求をしなければならないところ(労働基準法114条ただし書。この期間制限は除斥期間の定めであると解される。)、前提事実(4)のとおり、本件解雇の効力発生日は平成20年3月15日であり、仮に被告が支払った解雇予告手当の額に不足分があるのであれば、原告は、平成22年3月15日までに付加金を裁判上請求しなければならない。この裁判上の請求には、労働審判の申立ても含むものと解する。
 ところが、前提事実(6)のとおり、原告が解雇予告手当の支払を求めて本件労働審判を申し立てたのは平成23年3月7日であり、平成22年3月15日を経過していた。
 そうすると、原告は、違反のあった時から2年以内に付加金の裁判上の請求を行ったものということができず、原告の付加金請求は、除斥期間を経過してなされたものというべきであるから、理由がない。