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ID番号 : 08925
事件名 : 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 : 全国建設厚生年金基金事件
争点 : 通勤手当の不正受給を理由に諭旨退職処分を受けた厚生年金基金従業員が処分無効を争った事案(労働者勝訴)
事案概要 : 厚生年金基金Y1に雇用されていたXが、通勤手当の不正受給を理由に受けた諭旨退職処分を無効として、地位確認、未払賃金・将来賃金・賞与の支払を請求するとともに、Y1の専務理事Y2、常務理事Y3の処分に至る経緯その他の言動が不法行為を構成するとして、連帯して損害賠償を支払うことを求めた事案である。 東京地裁は、Xは申告経路とは異なりかつ安価な額の定期券を購入して通勤していたものであり、不正な受給に該当するものの、不当に領得し又はその意思をもって当該行為に及ぶとまでは認めることができないというべきであり、本件不正受給は、「就業上必要な届出事項について、基金をいつわったとき」(職員就業規則)の懲戒事由には該当するが、「職務に関し不当な利益を得、または得ようとしたとき」(同)には該当せず、職員としての身分を剥奪する程に重大な懲戒処分をもって臨むことは、企業秩序維持の制裁として重きに過ぎる、として処分は無効と判示しXの請求を認めた。 一方、不正受給行為は懲戒事由に該当する不正行為であり、かつ、Xが本件不正受給行為に係る面談において虚偽の事実を申告していた上、本件釈明処分の記載内容も信用し難いものであることからすれば、Xにも相応の帰責事由があり、さらに慰謝料等の請求を認める程の不法行為上の違法性があるとまでは認められない、と斥けた。
参照法条 : 労働契約法15条
労働契約法16条
労働基準法9章
民法709条
民事訴訟法135条
体系項目 : 解雇(民事) /解雇事由 /不正行為
労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
裁判年月日 : 2013年1月25日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成24(ワ)9046
裁判結果 : 一部認容、一部棄却、一部却下
出典 : 労働判例1070号72頁
審級関係 :
評釈論文 : 慶谷典之・労働法令通信2314号26~27頁2013年4月28日
判決理由 : 〔解雇(民事)‐解雇事由‐不正行為〕
 1 本件処分の有効性について
 (1) 原告の行為の懲戒事由該当性について
 前記前提事実(第2の1(2)イ、ウ、(3)アないしエ)のとおり、被告基金においては、従業員から提出される通勤状況届(住所氏名のほか、届出事由、順路毎に通常の通勤方法、区間、所要時間、支給単位期間、所要額等を記載する欄がある。)に基づいて通勤手当が認定されるものとされるとともに、通勤経路又は通勤方法の変更があった場合が通勤状況届の届出事由とされていたところ、原告は、平成8年6月以降、通勤状況届において平成8年申告経路を通勤経路として申告し、かつ、同経路に係る6か月の定期代を(通勤)所要額として申告していたにもかかわらず、平成21年6月頃から、通勤経路を変更した旨の申告をしないまま、平成8年申告経路における経路〈2〉ないし〈4〉について、申告経路とは異なる経路で通勤するとともに、同経路〈2〉ないし〈4〉に係る定期券とは異なる区間の定期券(同経路〈2〉ないし〈4〉に係る定期券よりも2万5330円安価のもの)を購入して通勤していたものであり、このことは、まず、「就業上必要な届出事項について、基金をいつわったとき」(職員就業規則56条(4))に該当するというべきである。すなわち、被告基金においては、通勤手当の支給に関し、職員の通常の通勤状況の届出を踏まえて合理的な範囲内で支給するものとされていることや、当該届出事由として通勤経路又は通勤方法の変更があった場合が掲げられていることから、職員は、通常の通勤経路を変更する際には被告基金に対してその旨申告する義務があり、同変更を申告しないまま従前の通勤経路に基づく通勤手当を受給することは、「基金をいつわった」状態で通勤手当を受給するという意味で不正な受給に該当するというべきである(以下、原告が被告基金に通勤経路の変更を申告しないまま平成8年申告経路に基づく通勤手当を受給していたことを「本件不正受給」という。)。
 次に、「職務に関し不当な利益を得、または得ようとしたとき」(職員就業規則56条(5))の該当性に関し、原告は、本件不正受給の動機について、本件釈明書面において、自己に不正受給の意図が全くなく、被告基金への更なる負担を増やすことを避けるべきとの考えによるものであると弁解し、本件訴訟においても同内容の主張をしているが、〔中略〕
 しかしながら、他方において、職員就業規則56条(5)の「職務に関し不当な利益を得、または得ようとしたとき」とは、単に正規の手続によらないで通勤手当を受給したに止まらず、不当に領得し又はその意思をもって当該行為に及ぶことを要すると解されるところ、本件全証拠をもってしても、平成21年6月以降の原告の具体的な通勤態様は明らかではなく、従って、本件釈明経路における経路〈3〉の地下鉄利用の有無ないし頻度が不明である以上、原告が本件不正受給について、金員を不当に領得し又はその意思をもって当該行為に及んでいたとまでは認めることができないというべきである(なお、被告基金においても、本件処分に当たり、原告が金員を不当に領得していたか否かといったことや、原告がいわゆる不当領得の意思を有していたか否かについては、これを認定していないものと認められる。)。
 以上により、原告による本件不正受給は、「就業上必要な届出事項について、基金をいつわったとき」(職員就業規則56条(4))の懲戒事由に該当するが、「職務に関し不当な利益を得、または得ようとしたとき」(同(5))には該当しないというべきである。
 (2) 本件処分の相当性について〔中略〕
 被告基金内においては、本件不正受給当時、通勤のために真に合理的かつ必要な限度でのみ通勤手当を認めた上で、その支給の合理性の維持につきこれを厳守するという企業秩序が十分に形成されていたとは言い難いこと、ⅲ)被告基金において、前記ⅰ)のとおり平成8年申告経路に記載された通勤方法及びこれに基づく所要額(定期代)を合理的なものと認定していたことのほか、前記前提事実(第2の1(3)ク)のとおり、被告職員の中には、「G駅-B駅」間の通勤経路として、本件釈明経路における順路〈2〉、〈3〉の通勤方法に基づく通勤手当(6か月定期代合計9万7420円)の支給が認められている者もいたことからすれば、本件不正受給によって、被告基金が通常合理的な金額として認めない程の高額の通勤手当の支給を余儀なくされたという関係には立たない上、被告らの主張を前提としても、本件不正受給による差額は、6か月当たり2万5330円、定期券購入時期につき平成21年4月から平成23年10月までととらえると合計15万1980円に過ぎないこと、以上からすれば、本件不正受給に対し、職員としての身分を剥奪する程に重大な懲戒処分をもって臨むことは、被告基金における企業秩序維持の制裁として重きに過ぎるといわざるを得ない。〔中略〕
 以上より、本件処分は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当性を欠くものとして、無効というべきである。
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
 3 原告の被告らに対する不法行為ないし使用者責任に基づく損害賠償請求権の有無及び額について
 (1) 本件処分及びこれに至るまでの行為について
 まず、本件処分については、前記1のとおり、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当性を欠くものとして、無効というべきであるが、前記1(1)のとおり、原告による不正受給行為は懲戒事由に該当する不正行為であると認められ、かつ、原告が本件不正受給行為に係る面談において虚偽の事実を申告していた上、本件釈明処分の記載内容も信用し難いものであることからすれば、本件処分を受けるに至るまでには原告側にも相応の帰責事由があるのであって、少なくとも、本件処分につき、これが無効であることによりその後の不就労期間の賃金が填補されることとなることを前提として、さらに慰謝料等の請求を認めるべき程の不法行為法上の違法性があるとまでは認められないというべきである。この点につき、原告は、前記面談において虚偽の事実を申告したのは、被告丙川が語気強く一方的に非難してきたために思わず口にしてしまった旨主張し、また、原告本人尋問においても、被告丙川から理不尽な仕打ちを受けることが予想されたことから虚偽の事実を申告した旨供述するが、これらの主張ないし供述の内容が原告が虚偽事実を申告した理由として合理性があるとは認められず、また、(証拠略)によれば、被告丙川の原告に対する面談態度は、確かに、原告に比して相当長時間一方的に話す傾向があり、また、前記1(2)のとおり本件不正受給が職員の身分剥奪を伴う懲戒処分相当事案であることを前面に出していたことが認められるものの、原告の虚偽の事実の申告を正当化し得る程に強迫的なものとまでは認められないというべきである。
 また、本件処分に至るまでの被告丙川及び被告丁原の行為についても、本件全証拠によっても、原告の自宅からL駅までの通勤経路についてバス利用を認めないことが不法行為を構成する程の違法性を有するとまでは認められないほか、その他当該行為について不法行為を構成する事実を認めるに足りる証拠はない。