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ID番号 : 08928
事件名 : 懲戒解職処分無効確認等請求事件
いわゆる事件名 : 学校法人昭和薬科大学事件
争点 : 大学教授と専任講師が会計処理の重大な誤りを理由に受けた地位解職処分の無効を争った事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 学校法人Yが運営する薬科大学の教授でR長の地位にあったX1及び専任講師でSアドバイザーの地位にあったX2が、国庫補助金の支給を受けて機器を購入した際に会計年度を跨った処理を行ったなどとして地位解職処分を受けたことについて、事実誤認等の違法があるなどとして、処分の無効確認とX2については依然その地位にあることの確認とを求め、減額された賃金(手当)の支払を請求し損害賠償(慰藉料)も請求した事案である。 東京地裁は、X1は不適切な処理を防止しなかったものであるから、監督義務違反があったことは否定できず就業規則違反に該当し、X2は不適切な会計処理をしたこと自体は就業規則所定の懲戒事由に該当するものの、他方で懲戒解職処分は重きに失するものであり社会通念上相当ではなく懲戒権の濫用に当たり無効として職務手当の支払を命じた。また、Yが行った懲戒解職処分という不相当に重い処分は違法かつ故意ないし過失が認められ不法行為を構成するからXらが被った損害を賠償すべき責任を負うが、Xらも証拠隠滅と疑われても仕方のない行動をとったことを考慮して慰謝料額としてはいずれも10万円を相当とした。
参照法条 : 労働契約法15条
労働基準法9章
民法709条
民法710条
民法715条
体系項目 : 労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
懲戒・懲戒解雇 /懲戒事由 /会計処理の重大な誤り
懲戒・懲戒解雇 /懲戒事由 /服務規律違反
裁判年月日 : 2013年1月29日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成22(ワ)23332
裁判結果 : 一部認容、一部棄却、一部却下
出典 : 労働判例1071号5頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐会計処理の重大な誤り〕
〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐服務規律違反〕
 c したがって、前記aの被告主張についても、これを採用することはできない。
 (2) 争点1(原告甲野に対する懲戒解職処分の有効性)について
 ア 懲戒事由該当性について
 (ア) 本件光度計購入に関し会計年度を跨った不適切な処理をしたことに関する原告甲野の監督責任(本件非違行為1)について
a 本件光度計が平成18年度の公的な補助金である本件補助金により購入されるものであることは前記のとおりであり、そのことについて本件光度計を購入する前後から原告らが認識していたことは明らかであるところ、原告乙山及びD助手は、平成18年度が始まる前の平成18年2月10日に本件光度計の納入を受けたものであって、このような会計年度を跨いだ会計処理は不適切というべきである。〔中略〕
 b しかるところ、原告甲野は、原告研究室の主任教授であってその最高責任者であり、本件光度計のような高額な備品の購入に当たっては当然に関心を払うべきであったのであるから、その購入手続に関して、何らかの不適切な行為があれば、監督しこれを是正すべき義務を負っていたというべきである。しかるに、原告甲野は、本件光度計の購入手続についてはほとんど関与することなく、原告乙山及びD助手が上記の会計年度を跨いだ処理をするのを防止しなかったものであるから、上記の監督義務違反があったことは否定できない。〔中略〕
 c 以上の原告甲野の監督義務違反は、被告就業規則39条(2)(職務上の義務に違反し又は職務を怠りその他職員として不都合の行為があったとき)所定の懲戒事由に該当するというべきである。
 (イ) 本件光度計のアップグレードに伴う差額分81万円を架空伝票で支払わせた(本件非違行為2)といえるか否かについて
 a 既に認定したとおり、被告が本件光度計を購入するに当たり、その代金は、本件補助金で賄われるのみならず、うち81万円について教育機器備品費予算等からの支出によって賄われている。原告乙山及びD助手は本件光度計の購入手続を行ったところ、既に説示したところによると、上記81万円が「DLS-8000」へのバージョンアップ費用であり、納品書等に記載されているようにこれがパソコンやソフトの費用でないことは庶務課も承知していたと認められるのであるから、本件懲戒解職処分の懲戒処分書に記載されているようにこれが「架空伝票」に基づく支出であるというのは、いささか過剰な表現であり、実態に即さないというべきである。しかし、原告乙山及びD助手において、購入する目的物が「DLS-7000」ではなく、「DLS-8000」であることは、遅くとも平成18年2月時点で認識していたのであるから(後述)、申請にかかる機器との同一性に疑義が生じた以上、その時点で、「一部分のみを別予算からの支出を求めるという方法によるのではなく、上記81万円のアップグレード分の費用をも含めて、再度、本件補助金申請手続をやり直し、改めて教授総会の承認を求めるべき義務があったというべきであって、原告乙山及びD助手は、この義務に違反したといわざるを得ない。〔中略〕
 c したがって、かかる原告甲野の監督義務違反は、被告就業規則39条(2)(職務上の義務に違反し又は職務を怠りその他職員として不都合の行為があったとき)に該当するというべきである。
 イ 懲戒解職処分の相当性について〔中略〕
 これを本件についてみるに、解職という処分は、被告就業規則において定める懲戒処分の中でも懲戒解雇に次いで重いものであるところ、本件補助金を返納する直接の契機となった本件不当事項に関しては、K事務長が(懲戒処分でない)厳重注意とされているに止まるものであるから(〈証拠略〉)、その過程で判明した本件各非違行為に対してのみ、懲戒解職処分という重い処分とすることは、均衡を失するといわざるを得ない(被告は、本件不当事項は形式的、手続的なミスにすぎないと主張するが、そうはいっても、庶務課長という責任ある立場において、数百万円もの補助金の返納につながるミスをしたJ庶務課長の責任は本来重いはずであって、これとの均衡という点は無視できないはずである。)。また、既に説示したとおり、前記(ア)の会計年度を跨った処理にせよ、前記(イ)の81万円に関する処理方法にせよ、J庶務課長ら庶務課の職員が認識し、事実上容認した上での行動と認められるのであって、この責任を全く庶務課職員に負担させることなく、原告らのみに帰するのは酷である。特に、本件光度計納入当時、同光度計のような高額機器の納入時にも庶務課が検収すら行っていなかったことからも明らかなように、被告大学において、実際の会計規律は極めて緩いものであったのであるから、手続面で問題があると返納を求められる可能性があるからといって、公的補助金により購入する場合にのみ厳格な会計規律を要求するのは筋が通らないというべきである。さらに、以上のような状況下で、当時、原告研究室側において、(年度が始まる前に納入を受けるという点などに問題があるという一般的認識を有していたとしても、)実際、どの程度まで当該行為の悪性についての認識があったのかについても微妙な問題があるのであって(少なくとも、原告研究室側が、庶務課を欺くという意識の下に行動していなかったことは確かである。)、その行為の経緯、動機や主観的態様に照らしても、原告らについて強い非難が妥当するとまではいえない。〔中略〕
 以上のとおり、原告甲野に対する本件懲戒解職処分は、その行為の性質、態様等に照らして重きに失するものであって、社会通念上相当と認められないから、懲戒権の濫用に当たり、無効というべきである。
(3) 争点2(原告乙山に対する懲戒解職処分の有効性)について
 ア 本件非違行為3の懲戒事由該当性について
 原告乙山が、D助手とともに、平成18年2月10日に本件光度計の納入を受けたことが会計年度を跨った処理であって、不適切な会計処理であることは前記(2)ア(ア)aで説示したとおりであるところ、この原告乙山の行為については、前記の被告就業規則39条(2)所定の懲戒事由に該当するというべきである。
 イ 懲戒解職処分の相当性について
 原告乙山についても、前記(2)イにおける原告甲野に関する説示と基本的に同様であり、原告乙山に対する本件懲戒解職処分は、重きに失するものであって、社会通念上相当と認められないから、懲戒権の濫用に当たり、無効というべきである。
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
 (5) 争点4(被告による本件各懲戒解職処分が原告らに対する不法行為に当たるかなど)について〔中略〕
 イ 証拠(〈証拠略〉、原告ら本人尋問の結果)によれば、原告らは、上記のような事情聴取や本件各懲戒解職処分を受けたことにより、精神的苦痛を受けたと認められるところ、不正行為防止委員会は数か月間、都合17回に及び、その毎回において原告らが事情聴取を受けたわけではないものの、この間、心理的な負担は継続したと考えられることや、本件各懲戒解職処分を受けたことにより原告らの学内における名誉、信用は少なからず低下したであろうことを考えると、原告らの精神的苦痛にはかなりのものがあったと考えられる。
 他方、〈1〉原告らの行為について、解職に値するとはいえないものの懲戒事由に該当することは否めず、その意味で事情聴取を受けたこと自体はやむを得ない面もあったといえることや、〈2〉本件光度計搬入時期に関する原告乙山の供述の変遷や、原告甲野による本件光度計へのプレートの貼り替えの指示といった点に象徴的にみられるように、原告らが証拠隠滅と疑われても仕方のない行動をとっており、それが問題を混迷させたことは否定できないこと、〈3〉本判決において、本件各懲戒解職処分が無効である旨の判断がされ、原告乙山については被告のSアドバイザーとしての雇用契約上の地位にあることが確認されることにより、損なわれた原告らの名誉、信用が回復されるという側面もあること、〈4〉遅延損害金を含めて職務手当の支払請求が認められることにより、原告らの経済的損失については回復されたといえることなどの事情も認められる。
 以上の事情を総合考慮すると、上記原告らの精神的苦痛に対する慰謝料としては、いずれも10万円と認めるのが相当である。