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ID番号 : 08935
事件名 : 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 : 医療法人社団こうかん会(日本鋼管病院)事件
争点 : 患者に暴行され適応障害となり解雇された看護師が安全配慮義務違反と解雇無効を争った事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 医療法人Yが経営する病院に勤務していた看護師Xが、業務中、入院患者から2度暴力を受け、その後適応障害となり、就労が困難な状況に至って休職していたところ、同病院から解雇通告を受けたため、安全配慮義務違反による損害賠償と、解雇が無効であるとして解雇後の賃金を請求した事案である。 東京地裁は、Xがせん妄状態、認知症等により不穏な状態にある入院患者から暴行を受けることはごく日常的であった状況下において、傷害を負うことについて予見可能性があったとした上で、第1事故では、暴行を受けたXがナースコールを押しても対応が遅れた結果、傷害ないし後遺障害を負わせる結果を招いたことには安全配慮義務違反が認められ、一方第2事故に関しては、それ自体軽微な事故であり、復職に当たり協議を重ね、Xの了解の下で勤務方法を決めたものであり、また入院患者と接触することに対する恐怖感、嫌悪感をXは訴えていなかった以上、適応障害発症について予見可能性はなく安全配慮義務違反は認められないとして、第1事故に限って損害額を算定した。また、解雇の有効性に関し、第2事故については、客観的にみて精神障害発症の引き金になるほどの重度の心理的負荷をもたらすものであったとはいえないから、その後の適応障害との間に相当因果関係はなく、労基法19条1項の「業務上」の傷病であるとも認められないとして、解雇を有効とした。
参照法条 : 労働基準法19条
民法415条
民法623条
労働契約法16条
労働契約法5条
体系項目 : 労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /安全配慮(保護)義務・使用者の責任
解雇(民事) /解雇事由 /就労不能
裁判年月日 : 2013年2月19日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成23(ワ)2535
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 判例時報2203号118頁/労働判例1073号26頁
審級関係 :
評釈論文 : 夏井高人・判例地方自治373号109~112頁2013年11月
判決理由 : 〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 1 争点1(第1事故に関する被告の安全配慮義務違反の有無)について〔中略〕
 そして、入院患者中にかような不穏な状態になる者がいることもやむを得ない面があり、完全にこのような入院患者による暴力行為を回避、根絶することは不可能であるといえるが、事柄が看護師の身体、最悪の場合生命の危険に関わる可能性もあるものである以上、被告としては、看護師の身体に危害が及ぶことを回避すべく最善を尽くすべき義務があったというべきである。したがって、被告としては、そのような不穏な患者による暴力行為があり得ることを前提に、看護師全員に対し、ナースコールが鳴った際、(患者が看護師を呼んでいることのみを想定するのではなく、)看護師が患者から暴力を受けている可能性があるということをも念頭に置き、自己が担当する部屋からのナースコールでなかったとしても、直ちに応援に駆けつけることを周知徹底すべき注意義務を負っていたというべきである。
 しかるに、第1事故の当時、被告は、このような義務を怠った結果、Fから暴行を受けた原告がナースコールを押しているにもかかわらず、他の看護師2名は直ちに駆けつけることなく、その対応が遅れた結果、原告に前記(1)認定にかかる傷害ないし後遺障害を負わせる結果を招いたものであって、この点で、被告には、原告に対する安全配慮義務違反があったといわざるを得ない。〔中略〕
 本件においては、前記(1)イ(ウ)認定のとおり、Fの不穏な状態に接した原告が、ナースコールを押して他の看護師の応援を求めたにもかかわらず、他の看護師が駆けつけるまでにある程度の時間が経過した結果、原告はFから暴行を受けて前記(1)認定にかかる傷害ないし後遺障害を負ったことが認められ、他の看護師が直ちに駆けつけていれば原告がかような重篤な傷害を負うことはなかったと推認されるのであるから、被告の安全配慮義務違反の事実と原告の傷害結果との間の因果関係は否定されないというべきである。確かに、Fが、原告に本件のような傷害を負わせるまでに、どの程度の時間をかけて蹴り続けたのかについては、厳密には明らかではないというべきである。しかし、Fの体調や年齢等の事情からしても、同人が、他の看護師による救援が間に合わないほどの短時間に、続けざまに原告を蹴って傷害を負わせたとは考えにくく、そのように推認するのは相当でないというべきであるから、前記判示の意味における因果関係が否定されることはないというべきである。〔中略〕
 したがって、原告のこのときの対応を理由に被告の安全配慮義務違反と結果との間の因果関係を否定することはできないというべきであるから、被告の上記主張についても、採用することはできない。 2 争点2(第2事故に関する被告の安全配慮義務違反の有無)について〔中略〕
 (2) 認定事実に基づく判断
 ア 第2事故に関する被告の安全配慮義務違反について
 (ア) まず、原告は、第1事故による恐怖感が癒えていない原告をあえて病棟勤務に就かせ、かつ、同僚看護師らに対し、原告が第1事故の被害に遭ったこと及び就労可能な業務が限定されていることを伝えていなかったことから、同僚看護師に食事介助の業務を指示されて第2事故に遭遇し、その結果適応障害を発症したものであって、この点で、被告には安全配慮義務違反があると主張する。
 (イ) しかしながら、前記認定のとおり、被告病院側は、原告の復職に当たり、産業医も交えて原告との間で複数回にわたり協議を重ね、様々な科における勤務の可能性を検討した結果、消去法的な選択ではあったものの、原告の了解の下で第2北病棟勤務とすることを決めたものである(原告が、同病棟勤務に対し異議を述べていないことは既に説示したとおりである。)。〔中略〕
 このように、原告を病棟勤務としたこと自体が、被告の安全配慮義務違反であるということはできない。そして、病棟勤務となれば、いずれは何らかの形で入院患者と接することが不可避というべきであるところ、被告病院側としては、復職後、原告の勤務状況を観察しつつ、徐々に原告に依頼する業務を増やしていき、その中で入院患者に対する食事介助を依頼したという経緯があるのであるから、原告の心情にかんがみ、それなりに慎重に対応していたということができる。したがって、被告病院側が、同僚看護師らに対し、原告について就労可能な業務が限定されている旨伝えていなかったことをもって、被告の安全配慮義務違反があるということはできない。〔中略〕
 (エ) 以上のとおり、第2事故の発生に関し、被告に安全配慮義務違反があったということはできない。
〔解雇(民事)‐解雇事由‐就労不能〕
 4 争点4(本件解雇の有効性)について〔中略〕
 (3) これを本件についてみるに、前記2において説示したとおり、第2事故については、第1事故の後遺障害が残る状況下で発生したものではあるものの、客観的にみて、これが精神障害発症の引き金になるほどの重度の心理的負荷をもたらすものであったとは認め難いし(同(2)ア(ウ)参照)、復帰後の配属先を第2北病棟としたことについても、それにより原告が多大な心理的負荷を受けていたと認めることはできない(同(2)イ)。
 したがって、原告主張にかかる各事象については、それを併せ考慮したとしても、平均的労働者にとって精神障害を発症させる危険性のある心理的負荷をもたらすものであったと認めることはできないから、原告の従事していた業務と本件適応障害発症との間に、相当因果関係を認めることはできないというべきであり、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。
 (4) 以上のとおり、原告の本件適応障害が、労基法19条1項の「業務上」の傷病であると認めることはできないから、本件休職期間満了を理由としてなされた本件解雇は有効と認められる。したがって、争点5について判断するまでもなく、原告の被告に対する賃金請求については理由がない。