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ID番号 : 08939
事件名 : 未払賃金等請求事件
いわゆる事件名 : イーライフ事件
争点 : 競業他社の業務を請け負い懲戒解雇されたIT関連会社社員が退職金、割増賃金を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : ポータルサイトの運営及びIT関連事業、情報システムの開発及びコンサルティング等を目的とする株式会社Yにおいて競業他社の業務を請け負い、懲戒解雇されたXが、(1)懲戒解雇事由があるとしてもその悪質性は高くないなどとして、退職金規程所定の退職金の支払と、(2)割増賃金及び付加金の各支払を求めた事案である。 東京地裁は、本件競業行為等への加担は、競業避止義務に著しく違反する悪質な行為であるといわざるを得ず、本件就業規則「勤務態度等」(会社の許可または命令なく、在籍のまま他の会社または事業所その他の外部団体に勤務し、または、自己の事業を営んだとき)、同「風紀・秘密保持・職場規律・犯罪」(業務に関し、不正、不当に金品その他を拝受したとき)及び同「信用失墜行為・監督違反」(会社外において会社の信用、名誉を傷つけるような行為があったとき)に該当し、競業行為等への加担の性質及び態様等に照らすと本件懲戒解雇は、「客観的に合理的な理由」を欠くものでなく、社会通念上も相当と認められ、有効であるとした。他方、Xの行為はそれまでの勤続の功を抹消又は減殺するほどの著しい背信行為に当たるものと評価し得るとして、(1)の退職金支払請求を棄却したが、未払いの割増賃金については、仮にXY間にみなし残業合意が成立していたとしても、その合意は要件を満たさず、無効と解するよりほかはないとして(2)の未払賃金及び付加金の請求を認めた。
参照法条 : 労働基準法9章
労働基準法37条
労働基準法114条
労働契約法15条
労働契約法16条
体系項目 : 懲戒・懲戒解雇 /懲戒事由 /二重就職・競業避止
懲戒・懲戒解雇 /懲戒事由 /信用失墜
懲戒・懲戒解雇 /懲戒権の濫用 /懲戒権の濫用
労働時間(民事) /裁量労働 /裁量労働
雑則(民事) /付加金 /付加金
裁判年月日 : 2013年2月28日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成23(ワ)25441
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1074号47頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐二重就職・競業避止〕
〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐信用失墜〕
 ア まず、本件懲戒解雇の有効性について検討する。
 (ア) 原告は、被告の従業員として本件雇用契約の継続中、使用者である被告の利益に著しく反する競業行為及び顧客等の奪取行為を差し控える義務(以下「競業避止義務等」という。)を負っているものと解されるところ、前記基礎事実によると原告は、Fが競業会社であるG社を設立した上、その顧客を奪取し、あるいは奪取しようとしていることを認識しつつ、本件雇用契約の継続中であるにもかかわらず、平成21年12月ころから1年余りにわたって継続して本件競業行為等に加担したこと、そして、その加担の内容は、競業業務(ホームページのデザイン作成作業等)の手伝いにとどまらず、被告の重要顧客(M社、O社、N社、P社等)に関するホームページのデザイン制作という顧客奪取にとって不可欠な行為にまで及んでいるばかりか、その態様もEメール等によりFのほかG社の担当者との間でかなり周到な連絡を取り合った上、原告宅だけでなく、被告の就業時間内においても、被告のパソコンを利用するなどして行われているほか、その対価として原告は、飲食代をおごって貰ったり、10万円程度の報酬を受け取るなどしたこと、そして、実際に原告の上記加担期間中における被告の重要顧客からの売上にかなりの減収が生じていることなどの事実関係が認められる。
 以上の事実関係によると本件競業行為等への加担は、上記競業避止義務に著しく違反する悪質な行為であるといわざるを得ず、本件就業規則63条〈2〉「勤務態度等」(会社の許可または命令なく、在籍のまま他の会社または事業所その他の外部団体に勤務し、または、自己の事業を営んだとき)、同〈3〉「風紀・秘密保持・職場規律・犯罪」(業務に関し、不正、不当に金品その他を拝受したとき)及び同〈4〉「信用失墜行為・監督違反」(会社外において会社の信用、名誉を傷つけるような行為があったとき)に該当する。
 そうだとすると本件競業行為等への加担の性質及び態様等に照らすと本件懲戒解雇は、「客観的に合理的な理由」を欠くものではなく、かつ、社会通念上も相当と認められ、有効と解するよりほかはない。
〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒権の濫用‐懲戒権の濫用〕
 イ そこで次に本件懲戒解雇事由が、それまでの原告の勤続の功を抹消又は減殺するほどの著しい背信行為に当たるものと評価し得るか否かについて検討するに、そもそも原告の正社員としての勤続年数は10年に満たないところ、上記ア(ア)で検討したとおり本件懲戒解雇事由である本件競業行為等への加担は、その経緯、期間、内容、態様等からみて、原告が被告に対して負っている競業避止義務等に著しく違反する悪質な行為であって、それまでの原告の勤続の功を抹消してしまうほどの著しい信義に反する行為(背信行為)であったとの評価が十分に成り立つものと考えられ、従業員であった原告において上記評価を障害する事実を立証しない限り、本件不支給規定は、本件退職金請求に対して、全面的に適用されるものというべきであるところ、上記ア(イ)で検討したとおり、原告による上記評価を障害する事実の立証はない。
〔労働時間(民事)‐裁量労働‐裁量労働〕
 (イ) 被告は、上記1(1)ア(イ)に記載のとおり、平成21、22年当時、年俸制の従業員である原告の精勤手当は残業手当の趣旨で支給されており、その金額が労基法37条所定の割増賃金の額を下回る場合には差額を精算する取扱いとなっていたとして、上記精勤手当は本件基礎賃金の一部を構成しない旨主張するが、以下のとおり、その根拠ないし理由とするところは、いずれも失当ないし理由がない。
 a すなわち、先ず被告は、その法的根拠として、年俸制の従業員である原告にも本件給与規程13条が適用される旨主張する。
 前記前提事実(2)イ(イ)(ウ)aで摘示したとおり本件給与規程13条は、精勤手当について、「会社は、営業社員について本規程第15条の超過勤務手当に代えて、精勤手当を定額で支給する。なお、超過勤務手当が精勤手当を超える場合には、その差額を支給するものとする。」と、また同15条は、時間外勤務手当の計算方法として、「基本給/その年度における1カ月の平均所定労働時間×時間外労働時間数×1.25」と規定している。しかし前記前提事実(2)アに記載のとおり原告は、東京事業部所属の従業員であって「営業社員」ではなく、したがって、本件給与規程13条の適用はない。
 これに対し、被告は、本件給与規程13条は「年俸制の従業員」を書き漏らしたに過ぎない旨主張し、証人Rもこれに沿う証言をしている。しかし乙14によれば本件給与規程は平成19年(2007年)に制定され、平成22年(2010年)4月1日に改定されているところ、被告の主張によれば、この間一貫して、年俸制の従業員に対する精勤手当は残業手当の趣旨で支払われていたというのであるから、上記平成22年(2010年)の改定においても、本件給与規程13条の「年俸制の従業員」が記載されていないことに気が付かなかったというのは、やはり不自然である。その意味で証人Rの上記証言は信用し難いが、ただ、いずれにしても本件給与規程13条は、その適用対象従業員として「年俸制の従業員」を規定していないのであるから、その効力(労働契約規律効ないし契約内容補充効。労契法7条)により、同条の定めが本件雇用契約の内容の一部となっているものと解する余地はない。
 本件給与規程13条は、被告の上記主張の法的根拠足り得ない。〔中略〕
 ⅲ 以上によれば仮に原被告間に本件みなし残業合意が成立していたとしても、その合意は、上記各要件を満たさず、無効と解するよりほかはない。
〔雑則(民事)‐付加金‐付加金〕
 (1) 原告は、本件の割増賃金について労基法114条に基づき付加金の請求をしているところ、同条は「裁判所は・・・付加金の支払を命ずることができる。」と規定しているにとどまるのであるから、裁判所は、諸般の事情を考慮し、付加金の支払を命ずることが不相当であるとして、これを命じないことができるものの、ただ、その一方で、これを命じる場合には、同条が「これと同一額の」と規定していることからみて、特別の事情が認められない限り、認定された未払金と同額の割増賃金の額の支払を命じるべきであるものと解されるところ、前記第4の2において詳細に検討したところによれば、被告は、原告に対して、本件全請求期間において時間外労働が行われていたにもかかわらず、合理的な理由もなく割増賃金を一切支払っていなかったものというよりほかない。そうだとすると、本件は、付加金の支払が命じることが不相当である場合に当たらないことはもとより、付加金の額を減ずべき「特別の事情」も存在しないものといわざるを得ない。
 したがって、被告に対しては、上記未払割増賃金と同額の「182万7901円」の付加金の支払を命じるのが相当である。