全 情 報

ID番号 : 08944
事件名 : 遺族補償給付不支給処分取消等請求控訴事件
いわゆる事件名 : 国・天満労働基準監督署長(CSK・うつ病自殺)事件
争点 : システム会社開発部門長の自殺につき妻が遺族補償及び葬祭料不支給処分の取消しを求めた事案(妻勝訴)
事案概要 : システム・インテグレーションサービス会社で就労していた開発部門長Aが自殺により死亡したところ、Aの死亡は過重労働等業務に起因して発症した精神障害(うつ病)に起因するものであるとして、妻Xが、労災保険法による遺族補償給付及び葬祭料の給付を求めた事案の控訴審判決である。 第一審大阪地裁は、Aが担当していた業務による心理的負荷は、社会通念上、客観的にみて、量的にも質的にも精神疾患を発症させるに足りる程度に過重でなく相当因果関係があるとはいえず、また、疾病発症後の心理的負荷が自殺するに至る程度に強度のものであったとまでいうことはできないとして、訴えを棄却した。妻が控訴。 第二審大阪高裁は、(ア)対象疾病を発病していること、(イ)対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること、(ウ)業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと、の認定3要件を掲げ、本件においてはAは平成15年8月末ころ、軽症うつ病エピソードを発症したが、平成15年4月に部門長に昇進するという出来事、3月から7月の5か月間は月80時間を上回る時間外労働、3月は100時間を超え、6月も100時間に近いという状況の中で発症したものと認められ、認定基準の認定要件の全てを満たしており、Aに発症した精神障害である軽症うつ病エピソードは、業務による心理的負荷によって発病したと判断され、また自殺はAが従事した業務に内在する危険が現実化したものと認めるのが相当であり、業務に起因するものというべき、として原判決を取り消し、妻の請求を認めた。
参照法条 : 労働者災害補償保険法16条
労働者災害補償保険法12条の8
労働者災害補償保険法17条
労働基準法79条
労働基準法80条
体系項目 : 労災補償・労災保険 /業務上・外認定 /自殺
労災補償・労災保険 /補償内容・保険給付 /遺族補償(給付)
労災補償・労災保険 /補償内容・保険給付 /葬祭料
裁判年月日 : 2013年3月14日
裁判所名 : 大阪高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成23(行コ)170
裁判結果 : 原判決取消認容
出典 : 労働判例1075号48頁
審級関係 : 第一審/大阪地平成23.11.30/平成21年(行ウ)第241号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険‐業務上・外認定‐自殺〕
〔労災補償・労災保険‐補償内容・保険給付‐遺族補償(給付)〕
〔労災補償・労災保険‐補償内容・保険給付‐葬祭料〕
 3 認定基準に基づく業務起因性の判断について
 (1) 対象疾病について
 平成15年8月末ころ、亡一郎が発病した精神障害が、業務に関連して発病する可能性のある精神障害のうちF3に分類される軽症うつ病エピソード(F32)であることは、当事者間に争いはない。これは、認定基準でいえば、認定要件(ア)に該当する対象疾病の発病とみることができる。
 (2) 業務による心理的負荷について
 ア 控訴人は、業務による強い心理的負荷が認められる出来事として、亡一郎の平成15年4月の部門長への昇進を挙げる。
 これは、認定基準別表1においては、「特別な出来事以外」の「具体的出来事」に挙げられた項目25「自分の昇格・昇進があった」という出来事に当たり、その平均的な心理的負荷の強度は「Ⅰ(弱)」であるとされているところ、上記認定事実によれば、業務量や業務内容において、従来の部門長代行と特に変化があるものではないとしても、なお、心理的負荷の程度は「弱」ながら存在するとみることが相当である。
 イ ところで、亡一郎のこの部門長昇進前後における時間外労働時間数は、部門長に昇進する前々月に当たる同年2月は76.09時間、3月は108.35時間、昇進のあった4月は85.49時間、5月は82.81時間、6月は97.66時間、7月は83.95時間であり、3月から7月の5ヶ月間は月80時間を上回る状況にあり、3月は100時間を超えており、6月も100時間に極めて近いといえる。
 ウ そこで、かかる亡一郎の時間外労働の状況が、恒常的長時間労働として、上記出来事の心理的負荷を全体として増加する要因として評価できるかどうかが問題となる(認定基準別表1における恒常的長時間労働の総合評価〈3〉は、恒常的な長時間労働につき、「出来事の前及び後にそれぞれ」「恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)」を要求している。)。
 前述したとおり、認定基準が、かかる恒常的な長時間労働をとらえて心理的負荷の増加要因として、心理的負荷を与える出来事と共に、全体として評価しようとするのは、出来事に対処するために生じた長時間労働は、心身の疲労を増加させ、ストレス対応能力を低下させる要因となることや、長時間労働が続く中で発生した出来事の心理的負荷はより強くなることから、出来事自体の心理的負荷と恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)を関連させて総合評価を行おうとするものである(〈証拠略〉)。その趣旨からすれば、時間の数値や前後の期間については、心理的な負荷として影響を及ぼす範囲であれば、ある程度の幅をもって総合的に判断することができるものであると解される。
 本件における亡一郎の上記労働状況は、数字としては100時間に満たない月も多く、また、出来事の直後が100時間に達しているというわけでもない。しかし、亡一郎の前記時間外労働の状況は、長時間労働が及ぼす影響と出来事の影響を考慮すれば、全体として恒常的長時間労働の総合評価〈3〉の要件を満たすものといえるし、上記出来事の心理的負荷の総合評価を「強」として評価するに足る恒常的長時間労働であるといえる。〔中略〕
 5 小括
 以上によれば、本件においては認定基準の認定要件(ア)ないし(ウ)の全てを満たすものと認められ、亡一郎に発症した精神障害である軽症うつ病エピソード(本件疾病)は、業務による心理的負荷によって発病したと判断される。そして、亡一郎が自殺する直前の平成15年11月ないし12月ころには、亡一郎は発病した軽症うつ病エピソードによって、正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定されるのであって、亡一郎の自殺は同人が従事した業務に内在する危険が現実化したものと認めるのが相当であり、亡一郎の自殺は業務に起因するものというべきである。