全 情 報

ID番号 : 08959
事件名 : 休業補償給付不支給決定処分取消等請求事件
いわゆる事件名 : 品川労働基準監督署長事件
争点 : 腰椎椎間板ヘルニアで療養補償を受けた航空会社客室乗務員が、その延長と休業補償を求めた事案(労働者敗訴)
事案概要 : 航空会社の客室乗務員Xが、腰椎椎間板ヘルニアにより受けていた療養補償給付の延長申請及び休業補償給付申請について、これを支給しない旨決定した労基署長の処分の取消しを求めた事案である。 東京地裁は、まず、労災保険法上の治癒とは、「症状が安定し、疾病が固定した状態にあるものをいうのであって、具体的には、疾病にあっては急性症状が消退し、慢性症状が持続しても医療効果を期待することができない状態となった場合をいうと解するのが相当であって、いわゆる全治ないし完治を意味するものではない」とした上で、平成19年10月16日に発症した本件疾病による症状は、遅くとも平成19年12月13日までには、依然としていわゆる全治ないし完治の状態に至ってはいないものの、急性症状が消退し、慢性症状に移行した上、治療効果を期待することができない状態、すなわち労災保険法上の治癒に至ったと認めるのが相当であるとしてXの請求を棄却した。
参照法条 : 労働者災害補償保険法13条
労働者災害補償保険法14条
労働者災害補償保険法12条の8
体系項目 : 労災補償・労災保険 /補償内容・保険給付 /療養補償(給付)
労災補償・労災保険 /補償内容・保険給付 /休業補償(給付)
裁判年月日 : 2013年5月20日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成23(行ウ)438
裁判結果 : 棄却
出典 : 労働経済判例速報2183号16頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険‐補償内容・保険給付‐療養補償(給付)〕
〔労災補償・労災保険‐補償内容・保険給付‐休業補償(給付)〕
 3 検討
 (1) 労災保険法の趣旨に照らせば、同法における治癒とは、症状が安定し、疾病が固定した状態にあるものをいうのであって、具体的には、疾病にあっては急性症状が消退し、慢性症状が持続しても医療効果を期待することができない状態となった場合をいうと解するのが相当であって、いわゆる全治ないし完治を意味するものではないというべきである。もっとも、急性症状が消退し、慢性症状に移行したことのみをもって治療を要しない治癒と認めることもできないのであって、当該慢性症状に対する治療の医療効果を期待できない状態となることを要し、その後は、障害補償給付の問題となるというべきである。
 (2) 前記1及び2を前提として、争点について検討するに、まず、前記1(8)ないし(11)の事実によれば、原告は、平成19年10月16日に、腰痛を発症し、同月24日にF接骨院の診療を受け、同月25日に横浜新都市脳神経外科病院で入院し、同月27日に同病院を退院したこと、同月25日から同月26日午前零時30分頃にかけては強い疼痛を覚え、同日正午頃には痛みが少し軽快したものの、同日午後9時頃には再び腰痛が増悪したこと、同月27日に至っても痛みは残っていたものの、自制可能な疼痛であるとの医師の判断もあり、鎮痛剤等の処方を受けて退院したことが認められる。また、前記1(12)ないし(17)の事実によれば、H医師は、同年11月1日、九段坂病院及び慶應義塾大学病院宛の診療情報提供書を作成し、原告が、同月26日から同年12月11日にかけて、両病院で診察を受け、鎮痛剤等を処方されたことが認められる。
 また、前記1(19)、(21)、(47)の事実によれば、原告は、同月13日、横浜新都市脳神経外科病院を受診し、鎮痛剤等の処方を受けたところ、同日の診療録には、腰痛はない旨の記載があり、H医師も、平成20年2月19日付けの意見書において、平成19年12月13日時点において「腰痛消失したようです」と記載しているというのであるが、その一方、前記診療録の同日欄には、原告が日常生活はつらい旨を訴えた旨の記載があり、H医師も、平成23年6月7日付けの意見書において、診療録の記載を見て一度は平成20年2月19日付けの意見書に「腰痛消失したようです」と記載したものの、前記診療録の記載は「歩行困難となる程の強い腰痛は消失した」という意味であった旨、日常生活に支障ある激痛は残っていた旨を記載しているというのである。以上によれば、同病院の診療録には腰痛が消失した旨の記載があるものの、とりわけ鎮痛剤の処方を受けていること、日常生活がつらい旨の原告の愁訴があることに照らせば、平成19年12月13日時点において、依然として原告の腰痛は完全には消失していなかったことが認められる。
 (3) 次に、前記1(22)ないし(39)の事実によれば、原告は、平成20年3月13日から横浜新都市脳神経外科病院での通院治療を再開し、同日時点では腰痛がたまに出現する旨を訴えたこと、同年4月17日ないし平成21年6月28日は、重い物を持つ、歩行する、電車で座る、長時間立位を保つなどすると腰痛が生じる旨を述べており、平成20年3月13日から平成21年6月28日までの間、前記病院においては、診察、SLRテストや徒手筋力テスト、鎮痛剤等の処方というほぼ変わらない治療を受けていたというのである。
 これらの事実に加え、前記(1)の事実、原告が平成19年12月中に、歯科医院や皮膚科のクリニックに通院したり(前記1(18)、(20))、同月から平成20年3月頃までの間に、自宅から最寄りの駅まで徒歩で赴いたりするなどしていたと供述していること(原告本人)によれば、平成19年12月13日から平成21年6月28日までの間、本件疾病の症状には有意な変化はなかったし、その治療内容にも大きな変化はなかったことが認められる(なお、G医師は、平成19年12月13日以降、徐々にではあるが、本件疾病による症状に改善がみられた旨を述べ(前記2(3)エ)、原告は、平成20年3月から平成22年1月までの間に、自覚症状のうち一部に軽快が見られる旨を述べるものの(証拠略)、これらの供述は的確な裏付けを欠くというほかなく、採用することができない。)。
 これらの事情に照らせば、本件疾病による症状は、遅くとも平成19年12月13日までには、依然としていわゆる全治ないし完治の状態に至っていないものの、急性症状が消退し、慢性症状に移行した上、治療効果を期待することができない状態、すなわち労災保険法上の治癒に至ったと認めるのが相当である。〔中略〕
 したがって、平成21年7月19日以降の本件疾病の症状の推移、治療内容を検討しても、前記(3)で説示したとおり、平成19年12月13日時点で本件疾病は治癒の状態にあったと認められる。
 4 よって、本件の争点事実(本件疾病が平成19年12月13日から平成20年12月25日までの間に治癒に至っていないこと)を認めることができない。
 第4 結論
 以上によれば、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。