全 情 報

ID番号 : 08961
事件名 : 仮処分認可決定に対する保全抗告事件
いわゆる事件名 : 阪神バス(勤務配慮・保全抗告)事件
争点 : 身体障害を有するバス会社の従業員が、勤務シフトについての配慮を会社承継前同様に求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 : 会社承継を受けたことによりバス会社Yの従業員となった身体障害を有するXが、勤務シフトにおいて会社承継前に受けてきた配慮を受けられなくなったことから、従前受けてきた配慮された内容以外の勤務シフトによって勤務する義務のない地位にあることの仮の確認を求めた事案に対する保全抗告審である。 神戸地裁尼崎支部は、労働契約承継法が、労働者の労働契約は当該労働者が希望する限り、会社分割によって承継会社等に承継されるものとしている趣旨にかんがみ、勤務配慮は労働条件の一つであり基本的に承継されるべきものであること、「原則として勤務配慮を行わない」旨の合意は、Xの場合も含んでいたか、また本人も同意していたか疑わしいこと、またそうであったとしてもなお、本件勤務配慮を行うことを求め得るとして、請求を認容し仮処分を決定した。Yは抗告。 保全抗告審の大阪高裁は、まずXには被保全権利が存在する旨あらためて原審同様に判示し、保全の必要性についても、Xの置かれた状況及びYの意向にかんがみれば保全の必要性を認めることができるとして肯定した。
参照法条 : 会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律4条
会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律2条
商法等の一部を改正する法律(平成12年法律90号)附則5条
民法90条
民法1条2項
体系項目 : 就業規則(民事) /就業規則の承継 /就業規則の承継
労働契約(民事) /労働契約の承継 /新会社設立
裁判年月日 : 2013年5月23日
裁判所名 : 大阪高
裁判形式 : 決定
事件番号 : 平成24(ラ)913
裁判結果 : 抗告棄却
出典 : 労働判例1078号5頁
審級関係 : 第一審/神戸地尼崎支平成24.7.13/平成24年(モ)第1034号
評釈論文 :
判決理由 : 〔就業規則(民事)‐就業規則の承継‐就業規則の承継〕
〔労働契約(民事)‐労働契約の承継‐新会社設立〕
 (2) 本件勤務配慮の承継について
 ア 本件会社分割契約に際しては、申立外会社の従業員に係る労働契約及びこれに付随する一切の権利義務は、抗告人に承継されない旨合意されるとともに、抗告人は、申立外会社の従業員のうち大綱合意に基づいて抗告人への転籍に同意した者に限り、雇用するものと合意されている(以下「転籍同意方式による契約」という)。
 イ しかし、労働契約承継法が、承継事業に主として従事する労働者の労働契約は、当該労働者が希望する限り、会社分割によって承継会社等に承継されるものとしている趣旨にかんがみると、転籍同意方式による契約は、労働契約承継法の趣旨を潜脱する契約であるといわざるを得ず、これによって従前の労働契約とは異なる別個独立の労働契約が締結されたものとみることはできない。そうすると、抗告人と相手方間の転籍同意方式による契約は、申立外会社と相手方間の労働契約が、会社分割により相手方から抗告人へ包括承継されたことを確認する趣旨の契約にすぎないものというべきである。
 ウ なお、抗告人は、「会社分割の締結について」と題する書面(〈証拠略〉)の交付をもって、労働契約承継法2条1項所定の労働者への通知が行われているのに、相手方は異議申出をしていないから、労働契約が承継されることはない旨主張するが、上記書面は、「会社分割契約の締結について」の通知であるものの、労働契約の承継について明示的に記載していないうえ、「従業員の処遇」と題して、転籍同意方式に同意した者のみを雇用する旨の記載をしているにすぎないし、異議申出期限日の記載もないから、上記条項に定める事項についての記載があるものと認めることができない。そうすると、抗告人が、上記条項所定の通知がなされていることを根拠として、労働契約の承継がない旨の主張をすることはできない。
 エ 以上の説示に、会社分割により承継会社等に労働契約が包括承継される場合、承継前の労働契約内容(労働条件)は、そのまま承継されることを考え併せると、本件勤務配慮も抗告人に承継されたものと一応認めることができる。
 オ したがって、会社分割を理由として労働条件を一方的に不利益変更することが許されないことを考慮すると、本件同意書、新ルール、4者合意の相手方に対する拘束力の有無等に関する抗告人の主張が肯認されるなどしない限り、被保全権利の疎明はされているものというべきである。
 (3) 本件同意書(〈証拠略〉)について
 本件同意書には、大綱合意に基づき、申立外会社に転籍すると記載されている。しかし、相手方が、申立外会社から本件勤務配慮等の労働条件を変更することについての具体的な説明を受けたうえで同意をしたものとまでは認めることができない。したがって、相手方が、本件同意書により、本件勤務配慮を変更することに同意をしたものと認めることができない。
 (4) 4者合意(のうち「原則として勤務配慮を行わない」との合意)及び新ルールについて
 ア 4者合意における勤務配慮に関する内容は「原則として認めない」とされているだけであるが、新ルール(〈証拠略〉)においては、詳細な手続を定めた上、原則として半年を超える勤務配慮は行わないとし、また、「勤務配慮願い」を提出しても認めない場合もあるとするなど、4者合意の内容を具体化したものとされている。
 新ルールは4者合意と異なり、4者間で書面により締結されたものではないが、上記第2の2の本件の経過によれば、4者合意における「原則として認めない」ことの実質的意味内容と新ルールは一致するものであると推認できる。
 イ 上記の勤務配慮に関する内容は、労働者の障害の性質、程度や治癒可能性に応じて、その勤務が過重とならないように柔軟に配慮できるものであるかという疑問があるが、この点を措くとしても、相手方にとっては従前の勤務配慮に関する取扱いが不利益に変更されるものであり、その運用如何によっては、勤務を継続すること自体を困難にさせるものである。
 ウ 上記第2の2の本件の経過によれば、抗告人は、転籍同意方式を採用するについて、その必須の前提として4者合意をしたものであると認められる。
 そして、上記説示のとおり、転籍同意方式にによる契約は労働契約承継法の趣旨を潜脱するものであり、労働者と申立外会社間の労働契約は抗告人に承継されるべきものであるところ、4者合意の効力を認めることは、労働契約承継法が承継会社に分割会社と労働者間の労働契約を承継させることを労働者に保障した趣旨を実質的に失わせるものというべきであるから、4者合意中の勤務配慮に関する条項は公序に反し無効であると解するのが相当である。
 分割前に分割会社の労働組合との間で、あるいは、分割後に承継会社の労働組合との間で、協議により労働条件の変更の合意をすることが可能であるとしても、分割前に両労働組合との間で転籍同意方式による労働条件切下げを含む労働契約の締結を認める協議を経ることにより、上記の違法性を否定すべきことになるとはいえない。
 (5) 相手方に対する本件勤務配慮の必要性について
 ア 相手方には、腰椎椎間板ヘルニア術後の後遺障害として、末梢神経障害ないし馬尾症候群による排尿及び排便障害(本件身体障害)が残存したが、このうち、排尿障害については、日常生活に支障がない程度に制御できるようになったものの、排便障害については、現時点においても残存しているから、相手方には本件勤務配慮の必要性があるものと一応認めることができる。
 イ 相手方には、直腸脱の疾患もあるが、これは末梢神経障害ないし馬尾症候群に起因するものであり(〈証拠略〉)、直腸脱を手術によりいったん根治したとしても、上記排便障害自体が解消されるものではないし、手術によりかえって上記排便を悪化させるリスクもあること(〈証拠略〉)を考慮すると、手術の必要性が明らかであるともいえない。
 以上によれば、相手方に直腸脱の疾患があるからといって、上記アの認定判断を左右しない。
 (6) 以上によれば、相手方は、抗告人に対して、相手方主張にかかる被保全権利を有しているものと一応認めるのが相当である。
 3 争点(2)(保全の必要性)
 一件記録及び審尋の全趣旨からうかがわれる相手方の置かれた状況及び本件及び本案訴訟に対する抗告人の意向にかんがみれば、保全の必要性を認めることができる。また、保全の必要性に関し、上記事情を考慮すると、保全命令の終期を限定することが相当であるとはいえない。
 4 争点(3)(本件申立て内容が前件和解の効力に抵触するか)
 (1) 前件和解の和解条項を検討するに、その内容としては、前件和解で定められた期間を経過した平成24年4月1日以降については、勤務配慮の有無について定めた条項はなく、このような条項からすると、同日以降の抗告人・相手方間の関係について何ら規定するものではないと一応解することができる。抗告人は、平成24年3月31日限りという記載をもって、それ以降の勤務配慮の存在を否定する趣旨である旨主張するが、この記載に終期を定める以上の意味を認めることができない。
 なお、抗告人は、「議事録 甲野太郎仮処分命令申立に関する第5回審尋」と題する書面(〈証拠略〉)を提出するが、同書面の作成経緯が不明であるうえ、同書面記載にかかる和解経過に照らしても、和解の席上において平成24年4月1日以降の勤務配慮の取扱いが議論された可能性が推認されるにとどまり、そのことから直ちに、同日以降の抗告人と相手方間の関係が合意されたということもできないから、結局、前件和解は、同日以降の抗告人と相手方間の関係について何ら規定していないものと解するほかない。そうすると、上記書面を考慮しても、抗告人の主張を採用することができない。
 (2) したがって、本件仮処分申立ては、前件和解に抵触しないし、実質的な紛争の蒸し返しともいえないから、抗告人の主張を採用することができない。