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ID番号 : 08963
事件名 : 地位確認等反訴請求控訴事件
いわゆる事件名 : S大学事件
争点 : 私立大学で労災保険給付を受給しつつ休業中の事務職員が、打切補償による解雇を争った事案(労働者勝訴)
事案概要 : 私立大学の学校法人Yが、業務上疾病により休業中で労災保険給付を受けている事務職員Xに対し、労基法81条所定の打切補償を支払って解雇し、さらにその解雇は解雇権の濫用に当たらず有効であるとして、雇用契約関係不存在の確認を求めて本訴を提起したところ、Xが反訴して解雇無効による地位確認及び不当解雇等を理由とする損害賠償等を求めた事案(その後本訴は取下げ)の控訴審判決である。 第二審の東京高裁は、労災保険法により療養補償給付及び休業補償給付を受けている労働者は、復職の可能性の低い重篤な傷病等級に該当する場合に支給される傷病補償年金受給する場合と区別され、労働基準法81条所定の「第75条の規定によって補償を受けている労働者」に該当しないものと解され、したがって、被控訴人に対して本件打切補償金を支払ってした控訴人の本件解雇は有効とは認められないとして、原審判断を認容しYの控訴を棄却した。
参照法条 : 労働契約法6条
労働基準法81条
労働基準法75条
労働基準法19条
労働者災害補償保険法91条
体系項目 : 休職 /傷病休職 /傷病休職
解雇(民事) /解雇事由 /病気
裁判年月日 : 2013年7月10日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成24(ネ)7172
裁判結果 : 控訴棄却
出典 : 労働判例1076号93頁/労働経済判例速報2189号3頁
審級関係 : 一審/東京地平成24.9.28/平成24年(ワ)第5958号
評釈論文 : 北岡大介・季刊労働法242号189~199頁2013年9月鈴木俊晴・法律時報85巻13号391~394頁2013年12月
判決理由 : 〔休職‐傷病休職‐傷病休職〕
〔解雇(民事)‐解雇事由‐病気〕
 (2) 以上を前提に、控訴人は、業務上負傷し、又は疾病にかかり、労災保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付を受けている労働者は、労基法81条所定の「第75条の規定によって補償を受けている労働者」に該当し、使用者は、打切補償を支払うことにより、労基法19条1項ただし書によって同項本文の解雇制限規定の適用を免れることができると主張する。
 そこで判断するに、上記(1)のとおり、労基法81条は、同法の「第75条の規定によって補償を受ける労働者」が療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病が治らない場合において、打切補償を支払うことができる旨を定めており、労災保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付を受けている労働者については何ら触れていない。また、労基法84条1項は、労災保険法に基づいて災害補償に相当する給付がなされるべきものである場合には、使用者はこの災害補償をする義務を免れるものとしているにとどまり、この場合に使用者が災害補償を行ったものとみなすなどとは規定していない。そうすると、労基法の文言上、労災保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付を受けている労働者が労基法81条所定の「第75条の規定によって補償を受けている労働者」に該当するものと解することは困難というほかはない。
 このように解すると、使用者は、療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病が治らずに労働ができない労働者に対し、災害補償を行っている場合には打切補償を支払うことにより解雇することが可能となるが、労災保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付がなされている場合には打切補償の支払によって解雇することができないこととなる。しかし、労基法19条1項ただし書前段の打切補償の支払による解雇制限解除の趣旨は、療養が長期化した場合に使用者の災害補償の負担を軽減することにあると解されるので(〈証拠略〉)、このような差が設けられたことは合理的といえる。もっとも、労災保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付がなされている場合においても、雇用関係が継続する限り、使用者は社会保険料等を負担し続けなければならない。しかし、使用者の負担がこうした範囲にとどまる限りにおいては、症状が未だ固定せず回復する可能性がある労働者について解雇制限を解除せず、その職場への復帰の可能性を維持して労働者を保護する趣旨によるものと解されるのであって、使用者による社会保険料等の負担が不合理なものとはいえない。
 また、前記のように解すると、療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病が治らずに労働ができない労働者について、傷病補償年金の支給がされている場合には打切補償を支払ったものとみなされて解雇が可能となるのに対し、療養補償給付及び休業補償給付の支給がなされているにとどまる場合には使用者が現実に打切補償を支払っても解雇することができないという大きな差が生じることとなる。しかし、症状が厚生労働省令で定める重篤な傷病等級に該当する場合においては、復職の可能性が低いものとして雇用関係を解消することを認めるのに対し、症状がそこまで重くない場合には、復職の可能性を維持して労働者を保護しようとする趣旨によるものと解されるのであって、上記のような差異も合理的というべきである(〈証拠略〉)。
 したがって、法は、以上のような趣旨から、療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病が治らずに労働ができない労働者が労災保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付を受給している場合においては、使用者が打切補償を支払うことにより解雇することはできないものと定めているものと解するのが相当である。
 (3) 以上に対し、控訴人は、労災保険法19条を引き合いに出し、同条は所定の要件が満たされた場合は使用者が打切補償を支払ったものとみなす旨を規定しているところ、同条が適用されることによって労基法19条1項ただし書前段により解雇制限が解除される場合においては、労基法81条の「第75条の規定によって補償を受ける労働者」との要件は、労災保険法による給付を受けている労働者もこれに該当するということを当然の前提にしているからこそ満たされるものであると主張する。
 しかし、労災保険法19条は、所定の要件が満たされた場合には労基法「81条の規定により打切補償を支払ったものとみなす」と規定しているのであるから、この場合には、単に打切補償が支払われたものとみなされるのみならず、労基法「75条の規定によって補償を受ける労働者」に対して使用者が打切補償を支払ったものとみなされるものと解するべきである。したがって、労災保険法19条の適用の場面においても、労災保険法による給付を受けている労働者が労基法81条の「第75条の規定によって補償を受ける労働者」に該当することを前提にしなければならないものとはいえず、むしろ労災保険法19条により打切補償を支払ったとみなされる場合が上記のとおり限定されていることこそが重要であるというべきであるから、控訴人の上記主張は理由がない。〔中略〕
 (7) 以上によれば、労災保険法により療養補償給付及び休業補償給付を受けている労働者は、労基法81条所定の「第75条の規定によって補償を受けている労働者」に該当しないものと解される。したがって、被控訴人に対して本件打切補償金を支払ってした控訴人の本件解雇は有効とは認められない。