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ID番号 : 08965
事件名 : 未払賃金等請求事件
いわゆる事件名 : ファニメディック事件
争点 : 動物病院等運営会社から試用期間中に解雇された獣医師が地位確認、未払賃金等を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 動物病院・ペット専用ホテルを運営する会社Yから試用期間中に解雇された獣医師Xが、地位確認、未払賃金、時間外労働に対する割増賃金を求め、同時に不当な解雇、Y代表者らの言動により精神疾患に罹患したとして不法行為に基づく慰謝料の支払を求めた事案である。 東京地裁は、まず未払賃金の支払について、実労働時間を認定したうえで、土日の勤務は休日出勤であった等のXの主張を斥けつつ、割増賃金については、Yの固定残業代の主張を斥けて計算し、支払を命じた。次に、解雇の効力について、試用期間中の解約権の行使は、解約権留保の趣旨・目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当として是認されうる場合でなければならないというべきであるとしたうえで、Xの仕事上の細かいミス、学科試験の成績や勉強会への出席状況、少ない診療件数実績等の事情は認められるものの、それらをもってXが獣医師として能力不足であり改善の余地がないとまでいうことはできないとして、本解雇は社会通念上相当として是認されるとはいい難く、留保解約権の濫用として無効であるとして地位を認容し、解雇が無効だった場合に支払われるべき賃金の額を決定し支払を命じた。一方、不法行為については、YがXを脅迫又は恫喝したと評価するに足るやりとりは存在せず精神的不調と因果関係はないとして斥けた。
参照法条 : 労働契約法15条
労働契約法16条
労働基準法2章
労働基準法37条
民法536条2項
体系項目 : 労働契約(民事) /試用期間 /本採用拒否・解雇
労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
解雇(民事) /解雇事由 /職務能力・技量
解雇(民事) /解雇事由 /勤務成績不良・勤務態度
労働時間(民事) /労働時間の概念 /研修・教育訓練
賃金(民事) /割増賃金 /固定残業給
裁判年月日 : 2013年7月23日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成24(ワ)1493
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1080号5頁/労働経済判例速報2187号18頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働時間(民事)‐労働時間の概念‐研修・教育訓練〕
 (3) したがって、原告の実労働時間については、被告が、原告の勤務実態として争わない範囲、すなわち乙6(書証(略))出勤簿のとおりと認める。
 なお、乙6(書証(略))出勤簿は、5月10日から10月20日までの分しか提出されていないが、同月21日から11月9日(最終出勤日)までの勤務については、甲7(書証(略))出勤簿(書証略)に基づく原告の主張を被告も明らかに争わないから、原告の主張のとおりと認める。
 また、5月15日、同月22日、6月5日及び7月3日の出勤については、甲7(書証(略))出勤簿にのみ記載があるところ、そのうち、原告自身が誤記と認める5月15日を除いた3日間については、それぞれ、その日に開催されていたVet勉強会に原告が出席したことにつき被告も明らかに争わない。同勉強会が、被告における安定的で質の高い診療を実現するために被告主導で定期的に開催されていたものであることは被告自身が認めるところであるから、同勉強会には業務性が認められ、同勉強会が開催されていた19時30分から22時まで(書証略)は、労働時間にあたるというべきである。
 (4) 以上によれば、原告の5月10日から11月9日までの実労働時間は、別表3―1(略)に記載のとおりと認めることができる。この認定に反する原告の主張は採用出来ない。
〔賃金(民事)‐割増賃金‐固定残業給〕
(2) 固定残業代規定の効力〔中略〕
 結局、本件固定残業代規定は、割増賃金部分の判別が必要とされる趣旨を満たしているとはいい難く、この点に関する被告の主張は採用できない(そもそも、本件固定残業代規定の予定する残業時間が労基法36条の上限として周知されている月45時間を大幅に超えていること、4月改定において同規定が予定する残業時間を引き上げるにあたり、支給額を増額するのではなく、全体に対する割合の引上げで対応していること等にかんがみれば、本件固定残業代規定は、割増賃金の算定基礎額を最低賃金に可能な限り近づけて賃金支払額を抑制する意図に出たものであることが強く推認され、規定自体の合理性にも疑問なしとしない。)。
〔労働契約(民事)‐試用期間‐本採用拒否・解雇〕
〔解雇(民事)‐解雇事由‐職務能力・技量〕
〔解雇(民事)‐解雇事由‐勤務成績不良・勤務態度〕
 5 争点5(本件解雇の効力)について〔中略〕
 (2) 判断
 ア 本件解雇は、試用期間中の労働者に対する解雇であるところ、試用期間中の労働契約は、試用期間中に業務適格性が否定された場合には解約しうる旨の解約権が留保された契約であると解されるから、使用者は、留保した解約権を通常の解雇よりも広い範囲で行使することが可能であるが、他方、その行使は、解約権留保の趣旨・目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当として是認されうる場合でなければならないというべきである(最高裁判所昭和48年12月12日大法廷判決・民主27巻11号1536頁)。
 イ 前記(1)の認定事実によれば、被告は、原告に対する親近感の他、著明な外科医の所属する大学で勤務した経験があることを重視し、診療能力や外科手術の手技に長けた人材であることを期待して採用したこと、しかしながら、原告の診療には細かいミスが散見され、学科試験の成績や勉強会への出席状況、診療件数等についても、被告からみて非常に不満足な状況にあったこと等の事情がうかがわれる。
 しかし、請求金額のミス(前記(1)イ(ア)、(エ)及び(カ))は不注意の域を出ず、カルテの記載が不十分だった点(前記(1)イ(イ)及び(ウ))も、その後に繰り返されているわけではないから過大に評価すべきではない。猫にケトコナゾールを処方した点(前記(1)イ(オ))については、被告が提出する文献においても「使用しない方が良い」という程度の記載であるから(書証略)、致命的なミスとはいえない。また、院内での学科試験についても、被告内の基準に沿わない場合は減点されていることがうかがわれるから、勉強会を受講できなかった回や、原告の回答が医学的に誤りとまではいえない部分については一定の配慮があってしかるべきである。これらの点にかんがみれば、以上の諸事実をもって、原告が獣医師として能力不足であって改善の余地がないとまでいうことはできない。
 また、原告の診療及び再診件数は確かに多くはないが、患畜が多い土曜日及び日曜日に勤務していない原告が、土曜日又は日曜日も勤務している他の獣医師よりも診療及び再診件数が少ないのは致し方ない面もあるし、再診に訪れるか否かは、担当する患畜の状況や飼主の考え方によるところもある。半年の間に勤務場所の移動があったことも併せ考えれば、診療及び再診件数を能力の判断基準とするのは酷な面があることも否めない。
 そして、原告が院内勉強会に対して必ずしも熱心ではなかったことはうかがわれるものの、他の勉強方法を一切認めないというのは狭きに失するし、院内勉強会への出席について明確な業務指示を出したとは認めがたい本件において、院内勉強会への出席状況を勤務態度の評価に反映することには抑制的であるべきである。
 加えて、協調性の欠如については、具体的な事実関係を認定するに足りる的確な証拠がない。
 ウ 以上の諸事情を併せ考えれば、本件解雇は、留保解約権の行使としても、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当として是認されうる場合に当たるとはいい難く、弁明の機会が付与されたか否かについて判断するまでもなく、留保解約権の濫用として無効というべきである。この点に関する被告の主張は採用できない。
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
 7 争点7(不法行為の成否及び損害額)について
 (1) 原告は、〈1〉被告により不当に解雇された、〈2〉11月1日、同月2日及び同月4日の3回にわたり、被告代表者から脅迫又は恫喝された、〈3〉8月23日をはじめ、数回にわたり、訴外Bにより診察室等に長時間監禁され、あるいは電話により長時間にわたり詰問、恫喝された、等と主張し、これらによって精神疾患に罹患した旨主張する。
 (2) しかし、上記〈1〉については、権利濫用と評価された解雇権の行使が当然に不法行為となるわけではなく、あくまで、不法行為の成立要件を満たすことが前提であるところ、上記認定事実のとおりの経緯にかんがみれば、本件解雇自体を不法行為とみることはできない。
 また、上記〈2〉のうち11月1日のやりとりについては、原告による秘密録音及びその反訳(書証略)を精査しても、被告代表者が原告を脅迫又は恫喝したと評価するに足りるやりとりは存在しない。11月4日についても、原告による秘密録音及びその反訳(書証略)からは、被告代表者が、過度に防衛的になって受領書への署名すら拒む原告に対し、苛立ちを募らせ、言葉が荒くなっている事実を認めることができるものの、不法行為として評価すべき脅迫又は恫喝があったとはいえない(なお、原告は、11月4日のやりとりにおいて被告代表者が原告の座っている椅子を蹴り続けた旨主張し、原告本人尋問中にはそれに沿う部分があるが、音声データ〔書証略〕上、そのような事実をうかがわせる音は認められない。)。11月2日の出来事については、主張事実自体を認めるに足りる的確な証拠がない。
 上記〈3〉のうち、8月23日のやりとりについては、原告による秘密録音及びその反訳(書証略)により、訴外Bと原告とのやりとりの詳細を認めることができるところ、訴外Bは、40分余りにわたって、時に語気強く、時に原告の反論を制しつつその勤務態度や応答ぶりを論難しており、いささか執拗であることは否めない。しかし、訴外Bが原告に繰り返し求めているのは、「クレド(被告における企業理念)を守り、給与額や経験年数に応じた結果をきちんと出すこと」に尽きるのであって、使用者側が労働者に行う指導として何ら不合理な内容ではない。また、訴外Bの口調も、断定的かつ男性的な荒い口調で畳みかける箇所が散見されるものの、その多くは、自らに非はないと考えている原告の応答ぶりに苛立った一時的な反応であり、訴外Bが、原告に対し、延々と感情的に怒鳴り散らしたり、威圧的に恫喝したりした事実は認められない。8月23日以外の出来事については、主張事実自体に具体性がなく、採用の限りではない。
 なお、原告は、原告本人尋問において、被告代表者及び訴外Bが原告を「お前」と呼ぶことについて非常な嫌悪感を示しているが、本件全証拠を精査しても、被告代表者及び訴外Bが、原告の自尊心を傷つけようという意図の下に、故意に「お前」と呼び続けたものと評価することはできない。
 以上によれば、〈1〉ないし〈3〉はいずれも不法行為に該当するものとはいえず、他に原告の精神的不調と因果関係のある不法行為の存在を認めるに足りる証拠はないから、損害額について判断するまでもなく、原告の主張は理由がない。