全 情 報

ID番号 08988
事件名 損害賠償請求控訴事件
いわゆる事件名 医療法人稲門会(いわくら病院)事件
争点 男性看護師の育児休業取得を理由とする職能給昇給停止等の効力が争われた事案(労働者勝訴)
事案概要 (1) 被告(Y)が開設する病院に看護師として勤務していた原告(X)が、3か月以上の育児休業を取得したため、①就業規則に基づきXの職能給を昇給させず、②Xの昇格試験の受験資格を認めず受験の機会を与えなかったとして、これらの行為が育児介護休業法10条により禁止される不利益取扱に該当し、公序良俗に反する違法行為であるとして、Yに対し、不法行為に基づく損害賠償を求めたもの。
(2) 京都地裁は、昇格試験受験の機会を与えなかった行為のみ不法行為に当たるとしたため、Xが控訴したところ、大阪高裁は、昇給させなかったことも不法行為に当たるとした。
参照法条 育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律10条
体系項目 労働契約(民事)/人事権/昇給・昇格
賃金(民事)/賃金請求権の発生/定期昇給
就業規則(民事)/就業規則と法令との関係
裁判年月日 2014年7月18日
裁判所名 大阪高
裁判形式 判決
事件番号 平成25年(ネ)3095号
裁判結果 原判決変更
出典 労働判例1104号71頁
労働経済判例速報2224号3頁
労働法律旬報1829号59頁
審級関係 一審 京都地裁/H25.9.24/平成25年(ワ)774号
評釈論文 福山和人・労働法律旬報1829号46~47頁2014年12月10日
根本到・法学セミナー60巻5号123頁2015年5月
池邊祐子・労働法令通信2380号26~28頁2015年4月8日
藤原正廣・経営法曹185号34~47頁2015年6月
判決理由 当裁判所は、原判決と異なり、Xに平成24年度の昇格試験の受験資格を認めなかったこと(中略)のほか、Yが平成23年度にXを昇給させなかったこと(中略)についても不法行為の成立を認め、Yが、Xに対し、23万9040円及びこれに対する平成25年3月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うべきであると判断する。
YがXを昇給させなかったことの適否(争点(1))について
本件不昇給規定は、前年度に3か月以上の育児休業をした従業員について、その翌年度の定期昇給において、職能給の昇給をしない旨を定めたものと解すべきである。
育児介護休業法10条は、事業主において、労働者が育児休業を取得したことを理由として、当該労働者に対し、解雇その他不利益な取扱いをしてはならない旨定めているところ、このような取扱いが育児介護休業法が労働者に保障した同法上の育児休業取得の権利を抑制し、ひいては同法が労働者に前記権利を保障した趣旨を実質的に失わせる場合は、公序に反し、不法行為法上も違法になるものと解するのが相当である(最高裁平成元年12月14日第一小法廷判決・民集43巻12号1895頁、最高裁平成5年6月25日第二小法廷判決・民集47巻6号4585頁、最高裁平成15年12月4日第一小法廷判決・裁判集民事212号87頁参照)。
本件不昇給規定は、1年のうち4分の1にすぎない3か月の育児休業により、他の9か月の就労状況いかんにかかわらず、職能給を昇給させないというものであり、休業期間を超える期間を職能給昇給の審査対象から除外し、休業期間中の不就労の限度を超えて育児休業者に不利益を課すものであるところ、育児休業を私傷病以外の他の欠勤、休暇、休業の取扱いよりも合理的理由なく不利益に取り扱うものである。育児休業についてのこのような取扱いは、人事評価制度の在り方に照らしても合理性を欠くものであるし、育児休業を取得する者に無視できない経済的不利益を与えるものであって、育児休業の取得を抑制する働きをするものであるから、育児介護休業法10条に禁止する不利益取扱いに当たり、かつ、同法が労働者に保障した育児休業取得の権利を抑制し、ひいては同法が労働者に保障した趣旨を実質的に失わせるものであるといわざるを得ず、公序に反し、無効というべきである。
YがXに昇格試験を受験させなかったことの適否(争点(2))について
Xは、平成23年度の終了により、総合評価Bを取得した年数が標準年数の4年に達したのであるから、平成24年度にS5に昇格するための試験を受験する資格を得たことが認められ、正当な理由なくXに昇格試験受験の機会を与えなかったYの行為は、不法行為法上違法というべきである。