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ID番号 08994
事件名 療養補償給付不支給決定処分取消等事件
いわゆる事件名 国・京都下労働基準監督署長(ケー・エム・フレッシュ)事件
争点 機械の回転歯で左示指切断後の精神障害発症の業務起因性が争われた事案(労働者勝訴)
事案概要 (1) ゴボウの袋詰めのための機械の操作を伴う業務に従事していた原告(X)が、同操作中に機械の回転歯で左示指を切断したことに起因して心的外傷後ストレス障害(以下「PTSD」という。)に罹患したとして、処分行政庁に対し、療養補償給付等の請求をしたが、これに対し、処分行政庁(Y)が、これらを支給しない旨の各決定を行ったため、これを不服として決定の取消しを求め提訴したもの。
(2) 京都地裁は、本件事故とXの適応障害発症との間の相当因果関係(原告の適応障害発症の業務起因性)を認めるのが相当であるとして労働基準監督署長の不支給処分を取消した。
参照法条 労働者災害賞保険法7条
労働者災害賞保険法12条の8
労働基準法75条
体系項目 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務起因性
裁判年月日 2014年7月3日
裁判所名 京都地
裁判形式 判決
事件番号 平成24年(行ウ)13号
裁判結果 認容、確定
出典 労働判例1103号70頁
審級関係
評釈論文
判決理由 争点(1)(Xが罹患した精神障害がPTSDか適応障害か)について
本件事故の状況(中略)、本件左示指切断の状況(中略)、本件事故後の治療経過(中略)からすれば、左示指の切断という傷害は、激しい痛みを伴い、自らの指を失うという衝撃的な出来事であることは疑うべくもないが、他方で、「自然災害または人工災害、激しい事故、他人の変死の目撃、あるいは拷問、テロリズム、強姦あるいは他の犯罪の犠牲になること」に比肩すべき強いストレスを与えるものでないことも、一般に死の危険を感じるような傷害でないことも明らかである。
他方、G医師作成に係る意見書(証拠略)においては、Xが罹患した精神障害が適応障害である旨の判断が、ICD-10及びDSM-Ⅳ-TRの各診断基準に従い、かつ、具体的な事実関係に基づきされており、その判断内容に格別不合理な点は見当たらない。
そうすると、XがPTSDに罹患したとは認められないというべきである。
他方で、Xが何らかの精神障害を発症していることは当事者間に争いがなく、かつ、Yは、当該精神障害が適応障害であることを自認していることからすれば、Xが患った精神障害は適応障害であると認めるのが相当である。
争点(2)(Xが罹患した精神障害につき、業務起因性が認められるか)について
労基法及び労災保険法に基づく保険給付は、労働者の業務上の疾病について行われるところ、業務上疾病にかかった場合とは、労働者が業務に起因して疾病にかかった場合をいい、業務と疾病との間には、条件関係が存在するのみならず、相当因果関係があることが必要であると解される(最高裁昭和51年11月12日第二小法廷判決・集民119号189頁参照)。
そして、労基法及び労災保険法による労働者災害補償制度は、使用者が労働者を自己の支配下に置いて労務を提供させるという労働関係の特質を考慮し、業務に内在する各種の危険が現実化して労働者が疾病にかかった場合には、使用者に無過失の補償責任を負担させるのが相当であるという危険責任の法理に基づくものであるから、業務と疾病との間の相当因果関係の有無は、その疾病が当該業務に内在する危険が現実化したものと評価し得るか否かによって決せられるべきである(最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決・集民178号83頁、最高裁平成8年3月5日第三小法廷判決・集民178号621頁参照)。
業務の危険性の判断は、当該労働者と同種の平均的な労働者、すなわち、当該労働者と職種、職場における立場、経験等の点で同種の者であって、何らかの個体側の脆弱性を有しながらも特段の勤務軽減まで必要とせずに通常業務を遂行することができる者を基準とすべきである。このような意味での平均的労働者にとって、当該労働者の置かれた具体的状況における心理的負荷が一般に精神障害を発病させる危険性を有しているといえ、特段の業務以外の心理的負荷及び個体側の要因のない場合には、業務と精神障害の発生との間に相当因果関係が認められると解するのが相当である。
ところで、判断指針及び認定基準は、いずれも精神医学的、心理学的知見を踏まえて作成されており、かつ、労災保険の危険責任の法理にもかなうものであり、その作成経緯及び内容等に照らして不合理なものであるとはいえない。
したがって、基本的には判断指針及び認定基準を踏まえつつ、当該労働者に関する精神障害発病に至るまでの具体的事情を総合的に斟酌して、業務と精神障害発病との間の相当因果関係を判断するのが相当である。
なお、認定基準は、本件各処分時には存在しなかったものであるが、判断指針及び認定基準がいずれも裁判所の判断を拘束するものではないこと、認定基準は、より新しい医学的知見を踏まえたものであることから、当裁判所は、主に認定基準に示された事項を考慮しつつ、総合的に本件各処分の違法性を検討するものとする。
本件で検討の対象とすべき期間は、平成20年7月下旬頃から平成21年1月下旬頃までの間であるところ、この期間にXに発生した外傷的出来事は、本件事故以外には見当たらない。
本件事故は、その態様及び治療経過(中略)に照らせば、認定基準別表1の「具体的出来事」のうち「(重度の)病気やケガをした」に該当するというべきであり、その「心理的負荷の強度」は「Ⅲ」である。
本件事故の状況、本件左示指切断の程度、本件事故後の治療経過及び原告の症状経過、社会復帰の困難性並びにXと同種の労働者の特質に鑑みれば、本件事故に係る心理的負荷の強度はこれを「強」と評価すべきであって、本件事故は、それ自体、Xと同種の労働者に対して、「主観的な苦悩と情緒障害の状態であり、通常社会的な機能と行為を妨げ、重大な生活の変化に対して、あるいはストレス性の多い生活上の出来事(重篤な身体の存在あるいはその可能性を含む。)の結果に対して順応が生ずる時期に発生する」適応障害を発症させるに足りる程度の心理的負荷をもたらすものであったというべきである。
本件事故とXの適応障害発症との間の相当因果関係(Xの適応障害発症の業務起因性)を認めるのが相当である。
Xの適応障害には業務起因性が認められないことを理由とする本件各処分はいずれも違法であり、取り消されるべきである(なお、前記判示のとおり、処分行政庁は、Xの患った精神障害は適応障害であると自ら判断しているのであるから、当裁判所が、Xが適応障害であることを前提としてその業務起因性を肯定しても、行政庁の第一次判断権の侵害の問題は生じない。)。