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ID番号 09001
事件名 義務不存在確認等請求事件
いわゆる事件名 阪神バス(勤務配置・本訴)事件
争点 従前の本人の障害を配慮した勤務の継続の妥当性が争われた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 (1) 阪神電気鉄道株式会社の従業員であって、排便・排尿が困難となる障害を有することを理由に、勤務シフト上の配慮を受けていた原告(X)が、会社分割により同社のバス事業を承継した被告(Y)に転籍した後、Yにおいて上記勤務配慮を行わなくなったことに対し、従前どおりの配慮された勤務シフトに基づく勤務以外の勤務をする義務のない地位の確認等を求め提訴したもの。
(2) 神戸地裁尼崎支部は、会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律の各規定に照らし、慰謝料の請求以外のXの請求を認容した。
参照法条 民法90条
民法623条
民法625条
民法696条
民法709条
会社法759条
会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律2条
会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律4条
体系項目 労働契約(民事)/労働契約の承継/その他
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/担務変更・勤務形態の変更
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/業務命令
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/労働義務の内容
裁判年月日 2014年4月22日
裁判所名 神戸地裁尼崎支部
裁判形式 判決
事件番号 平成23年(ワ)1111号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 判例時報2237号127頁
労働判例1096号44頁
審級関係 控訴
評釈論文 塩見卓也・労働法律旬報1833号46~54頁2015年2月10日
判例紹介プロジェクト・NBL1046号71~72頁2015年3月15日
中山達夫・労働法令通信2377号27~29頁2015年3月8日
小野哲・経営法曹185号103~116頁2015年6月
小俣勝治・判例評論678号(判例時報2259)163~167頁2015年8月1日
土岐将仁(東京大学労働法研究会)・ジュリスト1484号131~134頁2015年9月
判決理由 争点(1)(阪神電鉄がXに対して行ってきた勤務配慮は、本件労働契約1におけるXの労働条件として両者間で合意されたものであるか。また、同合意の具体的内容はどのようなものであったか。)について
Xと阪神電鉄との間で、Xの勤務シフトについて、本件排便障害等を理由として上記勤務配慮を行うことが、本件労働契約1における労働条件として黙示的に合意されていたと認めるのが相当である。
仮にXの勤務シフトについて、前日の勤務終了から翌日の勤務開始までの間隔が14時間以上空いていることが多かったとしても、それは本件勤務配慮の結果によるのであって、Xと阪神電鉄との間で、原則として前日の勤務終了から翌日の勤務開始までの間隔を14時間空けるという勤務配慮を行うことが労働条件として合意されていたとは認められない。
争点(2)(本件労働契約1はYに承継されるか。)について
Xが、大綱合意及び4者合意の記載内容を前提に本件同意書を提出したことにより、平成21年3月31日付けで阪神電鉄と本件労働契約1を合意解約し、同年4月1日付けでYとの間で、勤務配慮は原則として認めないこと等を内容とする本件労働契約2を締結したことが認められるとしても、本件労働契約1の合意解約及び本件労働契約2は、いずれも会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(以下、労働契約承継法という)の趣旨を潜脱し、公序良俗に反して無効であるというべきである。
労働契約承継法の各規定に照らせば、承継会社に承継される事業に主として従事する労働者には、会社分割に当たり、当該労働者が希望しさえすれば、分割会社との間の従前の労働契約がそのまま承継会社に承継されることが保障されているといえる。
阪神電鉄との間の従前の労働契約をそのままYに承継させるという選択肢はなく、そのような選択が可能であるとの説明もされなかった。
本件労働契約1がYに承継されないことについて同法4条1項に基づく異議を申し出る機会があることを知らせなかった。
労働契約承継法上、通知義務の規定(同法2条1項)に例外規定はないから、転籍に係る同意が得られたからといって上記通知等の手続の省略が当然に許されるものとは解されない。しかも、本件会社分割に際して阪神電鉄が行った上記の手続は、労働契約承継法よりも慎重にXの個別の同意をとる手続との名目の下で、阪神電鉄との間の本件労働契約1がそのままYに承継され得ることについてXに一切説明せず、そのような承継の利益をXに意識させないまま、形式的に個別に転籍の同意を得て、異議申出の前提となる同法所定の通知の手続を省略し、本来会社分割の際に同法によって保障されているはずの、本件労働契約1がそのまま被告に承継されるというXの利益を一方的に奪ったものというべきである。かかる手続は、Xの意思を尊重する手続であるどころか、本件労働契約1をそのまま承継してもらいたいというXの利益を無視し、同法の手続による場合よりも明らかにXの地位を不利益にするものであるといえる。
以上によれば、上記の3つの選択肢しかないことを前提にXに進路選択を迫り、本件同意書を提出させることによって阪神電鉄との間で本件労働契約1を合意解約させて阪神電鉄から退職させ、Yとの間で本件労働契約2を締結させてYに転籍させるという手続は、同法によって保障された、本件労働契約1がそのままYに承継されるというXの利益を一方的に奪うものであり、同法の趣旨を潜脱するものといわざるを得ない。したがって、本件労働契約1の合意解約及び本件労働契約2は、いずれも公序良俗に反し無効と解するのが相当である。
したがって、Xが阪神電鉄との間で締結していた本件労働契約1は、Xが適法に同項所定の異議申出を行った場合と同様に、そのまま承継会社であるYに承継されるというべきである(同法4条4項参照)。
争点(3)(本件労働契約1がYに承継されるとしても、労働条件としての勤務配慮に係る合意の内容は、Xの同意によって変更されたか。)について
阪神電鉄は、労働契約承継法の規定により、Xが希望しさえすれば、本件勤務配慮に係る合意を含む本件労働契約1がそのままYに承継され得るにもかかわらず、そのことをXに認識させないまま、Yにおける就労を希望するXに本件同意書を提出させて、勤務配慮に係る労働条件の不利益変更を伴う転籍に応じさせたことになる。
Xが、本件同意書を提出したことにより、本件会社分割の効力が生じる平成21年4月1日以降は、「勤務配慮は原則として認めない」との条件の下で就労することに同意し、本件会社分割に際しての勤務配慮に係る労働条件の不利益変更に同意したことが認められるとしても、かかる同意は、労働契約承継法によって保障された、本件労働契約1がYにそのまま承継されるというXの利益を一方的に奪う手続に基づいてされたものであり、かかる手続はまさに労働契約承継法の趣旨を潜脱するものというべきであるから、上記同意による勤務配慮に係る労働条件の不利益変更は、公序良俗に反して無効と解するのが相当である。
したがって、本件労働契約1における本件勤務配慮に係る合意は、上記Xの同意によっては変更されない。
争点(4)(本件労働契約1がYに承継されるとしても、労働条件としての勤務配慮に係る合意の内容は、労働協約の効力によって変更されたか。)について
4者合意中の勤務配慮に関する条項は、勤務配慮に関する労働条件の不利益変更を含むものであるから、この効力を認めることは、労働契約承継法が承継会社であるYに阪神電鉄との間の労働契約を承継させることを労働者に保障した趣旨を実質的に失わせるものというべきである。したがって、4者合意中の勤務配慮に関する条項は、公序良俗に反し無効と解するのが相当である。
したがって、本件労働契約1における本件勤務配慮に係る合意は、上記条項によって変更されず、本件労働契約1を承継したYは、本件勤務配慮に係る合意内容に拘束されることになる。
争点(6)(本件請求は本件和解の既判力・確定効に抵触するか。)について
本件和解には、平成24年4月1日以降の勤務配慮について定めた条項はなく、「平成23年8月8日から平成24年3月31日までに限り、下記内容の勤務シフトにより勤務させることに合意する」との条項から、同年4月1日以降は一切勤務配慮をしないとの意味合いまでを当然に読み取ることはできない。
したがって、本件和解は、同日以降のXとYとの関係については何ら規定していないものと解するほかないから、本件請求は、本件和解の既判力や確定効に抵触するものとはいえない。
争点(7)(Xは現在勤務配慮の不要な状態であるか。)について
Xの排便習慣にはやや極端といえる面はあるものの、排便周期を一定にさせる必要性が高いことに照らせば、Xが、現在本件勤務配慮の不要な状態であるとまでは認められない。
争点(9)(Yが、平成21年4月以降執拗に退職勧奨をしたこと及び平成23年1月から同年7月までXに対し勤務配慮を行わなかったことにより、不法行為上違法にXに精神的苦痛を与えたか。)について
Yが、平成21年4月以降、Xに対して執拗に退職勧奨を行ったことを認めるに足る証拠はない。
Yが、意図的に労働契約承継法の趣旨を潜脱することを目的として、これらの解約型の転籍合意等をさせたとまで認めるに足りる証拠はない。
実際には、Xの利益に配慮して相当柔軟に運用を行い、Xに対する本件勤務配慮を1年9か月間にわたって継続して行っていたことが認められる。
Xによる休暇申請や欠勤に本件排便障害以外の事情が働いている可能性を疑い、本件排便障害を理由とした本件勤務配慮の必要性について疑問を抱くことにはやむを得ない面もあったといえる。
さらに、Yは、平成23年1月1日以降、本件勤務配慮を行わなくなった後も、Xに対し、バス運転中、体調不良等になった場合には代走要員を確保するなどの配慮を行っており、同月以降、Xの乗務日前日22時以降の欠勤連絡の日数が増えている月もあるものの、勤務自体は継続できている上、同月以降の欠勤の全てが本件排便障害を理由とするものかも定かでなく、同年8月8日には、本件和解により本件勤務配慮を上回る内容の勤務配慮が行われるようになっており、その間、Xは懲戒処分も受けていない。
以上の事情にかんがみれば、Yが同年1月から同年7月までの間、本件勤務配慮を行わなかったことが、Xに対する不法行為を構成する違法なものとはいうことができず、これによってXが何らかの精神的苦痛を受けたとしても、Yが損害賠償義務を負うものではない。