全 情 報

ID番号 09004
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 医療法人社団明芳会(R病院)事件
争点 新人理学療法士の急性心不全死に対する安全配慮義務違反等が問われた事案(原告一部敗訴)
事案概要 (1) 被告法人(Y)は、病院・診療所・介護老人保健施設を経営する社団であり、Aは平成22年4月1日にYに入社し、理学療法士としてYが経営するR病院に配属され勤務していたところ、Aは平成22年10月29日自宅居室内において、心肺停止状態で発見され、同日死亡が確認された。Aの両親(Xら)は、Yらの安全配慮義務違反又は不法行為に基づく損害賠償及び時間外労働に対する割増賃金の支払等を求めて提訴したもの。
(2) 東京地裁は、X主張の時間外労働の一部を認めたもののAの業務と本件死亡との間に相当因果関係はないとした。
なお、労働基準監督署長は、業務起因性を認め、遺族補償年金等の支給を決定している。
参照法条 民法623条
民法709条
労働基準法37条
労働基準法114条
体系項目 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任
労働時間(民事)/時間外・休日労働/時間外・休日労働の要件
裁判年月日 2014年3月26日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成24年(ワ)2996号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 労働判例1095号5頁
審級関係 控訴
評釈論文
判決理由 争点1(時間外労働時間数)について
従業員の勤怠をタイムカードにより管理していたことが認められる。
Aは、そのタイムカード(証拠略)の打刻がある日には、タイムカード上の退勤時刻(別紙2「労働時間認定表」の「退勤時刻」の「タイムカード(証拠略)」欄記載のとおり。)に至るまで労働していたものと推認することができ、一件記録を精査検討しても、これを覆すに足りる証拠は見当たらない。
Aが所定始業時刻前に業務に従事することを命じられ、又は所定始業時刻前に業務に従事することを余儀なくされた事情は認められないこと、Iは、平成22年当時、Aら同期と相談して、午前7時40分前後に出勤して、所定始業時刻前に、理学療法室において、週1、2回程度は一緒に実技の練習をしたり、参考文献等を読んだりしていた旨述べていることからすれば、Aのタイムカードの出勤の打刻時刻から所定始業時刻までの間については、Aが使用者の指揮命令下に置かれていたと評価することはできないというべきであり、所定始業時刻をもってAの出勤時刻と認めるのが相当である。
Xらは、平成22年9月1日以降、Aが自宅において学術大会の発表準備をしており、少なくとも毎日4時間は業務に従事していた旨主張するところ、前記認定事実等によれば、Aが自宅において連日にわたり深夜や早朝に学術大会で用いるパワーポイントや抄録の作成に相当程度の時間を費やしていたことが認められる。
しかしながら、一件記録を精査検討しても、Y(R病院)がAに対し自宅において学術大会の準備を行うことを明示的に指示したことは認められず、かえって、前記認定事実等のとおり、学術大会の資料の作成は院内のパソコンを使用して行うことを指示していたことが認められる。
Y(R病院)が指示した学術大会の準備としての資料の作成が、その性質や作業量から自宅に持ち帰らなければ処理できないものと認めることは困難である。
Y(R病院)において発表内容として特定の水準以上のものを求め、そこから想定される作業量が院内での残業に加えて使用者の直接的な支配が及ばない自宅に持ち帰らざるを得ないほどのものであったというような事実関係が認められない本件においては、学術大会の準備自体には業務性を認めることができ、Aは自宅において学術大会の準備に相当程度の時間を費やしていたことを踏まえても、これがY(R病院)の黙示の業務命令によるものと認めることはできない。
そうすると、Aが自宅において学術大会の準備のために費やした時間については、使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することはできない。
以上によれば、Aは、平成22年4月1日から平成22年10月28日までの間、別紙2「労働時間認定表」(証拠略)の「出勤時刻」欄の「認定」欄記載の時刻から労務提供を開始し、同一覧表の「休憩時間」欄記載の休憩時間を除き、同一覧表の「退勤時刻」欄の「認定」欄記載の時刻まで労務を提供したものと認められる。
Aの両親であるXらは、前記ア(略)の労務提供に基づくAのYに対する時間外割増賃金の請求権を各2分の1の割合で相続したものと認められるから、別紙1「時間外労働時間及びこれに対する賃金一覧表(認定)」(略)のとおり、結局、Xらはそれぞれ、Yに対し、時間外割増賃金21万0745円、及び、うち19万4486円に対するAの退職の日の翌日である平成22年10月30日から、うち1万6259円に対する支払期日の翌日である同年11月27日から各支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律所定の年14.6パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求めることができる。
Aらは、時間外割増賃金と同額の付加金の請求をしているところ、本件に顕れた一切の事情を考慮しても、Yに対し付加金を課すことが相当でない特段の事情は認めがたいから、前記の未払額と同額の付加金の支払を命じることが相当である。
争点2(Aの業務と本件死亡との相当因果関係の有無)について
本件死亡前6か月の時間外労働時間数を計算すると、別紙3「労働時間集計表」(略)のとおりであり、次のとおり、発症前2か月目及び3か月目に概ね45時間ではあるものの、発症前6か月を通じて45時間を下回っている。なお、別紙3「労働時間集計表」は、本件死亡の前日(平成22年10月28日)を起算日として、その日から1か月(30日間)毎に、1週間単位の総労働時間数から40時間を引いて、その週の時間外労働時間とし、各1か月の起算日から遡って29日目と30日目の2日間(以下「当該2日間」という。)については、①起算日から31日目~35日目の5日間に休日が2日以上ある場合は、当該2日間の総労働時間数から16時間を引いた時間数を当該2日間の時間外労働時間数とし、②起算日から31日目~35日目の5日間に休日が1日ある場合は、当該2日間の総労働時間数から8時間を引いた時間数を当該2日間の時間外労働時間数とし、③起算日から31日目~35日目の5日間に休日がない場合は、当該2日間の労働を休日労働として当該2日間の総労働時間数をそのまま時間外労働時間数とした(平成24年6月8日付け原告準備書面(1)8頁記載の別紙5の集計方法に同じ。)。
 時間外労働時間
 発症前1か月目 33時間32分
      2か月目 44時間57分
      3か月目 43時間55分
      4か月目 28時間32分
      5か月目 20時間21分
      6か月目 24時間04分
前記認定事実等のとおり、専門検討会の検討結果を踏まえた厚生労働省の脳・心臓疾患の認定基準は、発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は、業務と発症との関連性が弱いとしていることが認められ、前記のAの時間外労働時間数によれば、Aの業務が量的に過重な負荷であったものと認めることは困難である。