全 情 報

ID番号 09005
事件名 地位確認及び賃金支払並びに損害賠償請求事件
いわゆる事件名 日産自動車ほか(派遣社員ら雇止め等)事件
争点 更新を繰り返してきた派遣社員の派遣先との雇用関係と派遣元の雇止めの有効性等が争われた事案(労働者敗訴)
事案概要 (1) 原告(X1、X2)は被告日産自動車(株)(Y1)を派遣先、被告テンプスタッフ・テクノロジー(株)(Y2)を派遣元とする派遣労働者として勤務していた者であるが、Y1との間で労働契約が成立しているとして、労働者たる地位確認等を求め提訴したもの。
原告(X3、X4)は被告日産車体(株)(Y3)に期間労働者として就労していたところ、Y3の雇止めは無効であるとして労働者たる地位確認等を求め提訴したもの。
原告(X5)は、被告プレミアライン(株)(Y4)を派遣元として、当初Y1を、その後はY3を派遣先として就労していたところ、Y1との間で労働契約が成立しているとして賃金支払等求め提訴したもの。
(2) 横浜地裁は、派遣先との労働契約の成立を否定し、雇止めについても客観的合理性及び社会通念上の相当性を欠くものということはできないとした。
参照法条 民法90条
民法96条
民法623条
民事訴訟法135条
労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律40条の2
労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律40条の4
労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律40条の5
労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律42条
職業安定法44条
労働契約法16条
労働基準法6条
体系項目 配転・出向・転籍・派遣/派遣
解雇(民事)/短期労働契約の更新拒否(雇止め)
労基法の基本原則(民事)/労働者/派遣労働者・社外工
労基法の基本原則(民事)/使用者/派遣先会社
裁判年月日 2014年3月25日
裁判所名 横浜地
裁判形式 判決
事件番号 平成21年(ワ)2214号
裁判結果 一部却下、一部棄却
出典 労働判例1097号5頁
審級関係 控訴
評釈論文 萬井隆令・労働法律旬報1825号26~40頁2014年10月10日
近藤圭介・LIBRA15巻6号36~37頁2015年6月
判決理由 X1及びX2について
黙示の労働契約の成立が認められるためには、明示の意思表示を欠いていることが前提であるから、X1及びX2とY1との間に、それぞれ労働契約を成立させる意思の合致があったことを推認させるに足りる事情があることが必要である。
X1及びX2において、同人らの雇用主がY2であり、Y1とは直接の雇用関係がないことを明確に認識していたことを示す事情であり、また、Y1がX1及びX2の雇用主であるとは認識していなかったことを示す事情であるといえる。
そうすると、X1及びX2において、上記のとおりY1との間に雇用契約が存在していないことを明確に認識していたことを示す事情及びY1においてX1及びX2の雇用主ではないことを認識していたことを示す事情が存在するにもかかわらず、派遣就労時の各当事者の認識に反して、X1及びX2とY1との間に黙示の労働契約が成立していることを認定するのはそもそも困難であるといわざるを得ない。
派遣労働者と派遣先との間に黙示の労働契約が成立するか否かについては、上記説示した派遣労働者及び派遣先企業の就労当時の認識を前提として、派遣元に企業体としての独自性があるかどうか、派遣労働者と派遣先との間の事実上の使用従属関係、労務提供関係、賃金支払関係の実情を検討すべきである。例えば、労働者が派遣元との派遣労働契約に基づき派遣元から派遣先に派遣された場合であっても、派遣元が形式的・名目的な存在にすぎず、派遣労働者の労務管理を何ら行っていないのに対して、派遣先が実質的に派遣労働者の採用、賃金額その他の労働条件を決定し、配置、懲戒等を行うなどして、派遣労働者を派遣先の従業員と同一視することができるような特段の事情がある場合には、派遣先と派遣労働者との間において、黙示の労働契約が成立していると認める余地が生じるというべきである。以下、本件の事実関係に則して検討する。
派遣先における就労条件を決定していたことが認められるから、Y2が名目的、形式的な存在であったということはできない。
Y1からの派遣料金の増額幅とX1及びX2がY2から受け取る賃金の増額幅とが一致しているとはいえないから、Y1から受領する派遣料金の増減によってX1及びX2の賃金額が自動的に決定されていたものということはできず、Y2において独自にX1及びX2の賃金を決定していたということができる。
Y2においてX1及びX2の労働時間の管理を行っていたものといえる。
また、前記認定事実のとおり、Y2は、X1及びX2に対し同社の就業規則やタイムシートの書き方を記載した冊子を交付して周知を図っていたことが認められるから、この点からも労務管理を行っていたものといえる。
Y2は、X1及びX2との派遣労働契約の更新手続を、Y1とは関わりなく、独自に行っていたものといえる。
(以上) の各事実に照らせば、X1及びX2とY2との派遣労働契約は、形式的、名目的なものとはいえず、労働契約としての実質を伴ったものであったということができる。
Y2における多数の派遣登録者の中から、X1及びX2をY1における派遣就労の候補者として選定したのはY2であって、Y1はY2が選定した候補者を派遣従業員として受け入れることが可能か否かを判断したにとどまるから、上記面談行為があったとしても、Y1において、X1及びX2の採用行為を行ったとまではいうことができない。
X1及びX2がY2から支払を受ける賃金額について、Y2がY1から支払を受ける派遣料金の増額幅と連動しているとはいえないことは別紙6(略)のとおりであって、Y2が利益率を増減させるなどの独自の判断でX1及びX2の賃金を決定していたといえるから、Y1の意向でX1及びX2の賃金が決定されていたものということはできない。
X1の行っていた業務は、派遣受入期間の制限が及ばない専門26業務の一つである「事務用機器操作の業務」(旧政令4条1項5号、現政令4条1項3号)の範囲に含まれるといえる。
X2の行っていた業務は、派遣受入期間の制限が及ばない専門26業務の一つである「事務用機器操作の業務」の範囲に含まれるといえる(旧政令4条1項5号、現政令4条1項3号)。
労働者派遣法において派遣期間制限が及ばないとされている専門26業務は、いわゆる専門的業務であり、業務を迅速かつ的確に遂行するために専門的な知識・技術又は経験を必要とする業務であると解される。
X1及びX2の行っていた業務は、専門26業務である事務用機器操作に含まれるものといえる。
具体的な業務指示を受けるデザイナーの所在に合わせてX2の机の場所が変更されたとしても、X2がZXA(プロダクトデザイン部)に配属され、ZXAと関連する業務を担当することが変更されたものではないから、このことによってY1がX2の人事上の配置を決定したものとみることはできない。
Y1は、テクニカルセンターの一部門であるZXAにおける派遣労働者(対象者はX1及びX2)の受入れを派遣期間満了により終了させることを決定し、これをY2に伝えたこと、Y2は、Y1からの連絡を踏まえて、X1及びX2との派遣労働契約を更新しないことを伝えたことが認められる。
上記認定事実によれば、Y1は、テクニカルセンターの一部門であるZXAにおける派遣労働者の受入れを派遣期間満了により終了させることを決定したものであり、その対象者がX1及びX2であったにすぎないから、Y1が、他の派遣労働者の中から、X1及びX2を選別して派遣労働受入れの終了を決定したものとはいえず、また、Y1の決定をもって、X1及びX2が事実上Y1から解雇あるいは雇止めを受けたものと評価することもできない。
(以上) 検討した事情に照らせば、Y1がX1及びX2の採用行為を行ったとも、X1及びX2の賃金を決定したとも、またX1及びX2の配遣、更新及び雇止めを決定したともいうことはできない。
X1及びX2とY1との間において黙示の労働契約が成立していたことを基礎付けるに足りる事情があるということはできない。
職業安定法44条で禁止されている労働者供給事業は、①供給元と労働者との間に雇用関係がなく、供給先と労働者との間には指揮命令関係又は雇用関係の生ずるもの、及び、②供給元と労働者との間に雇用関係があるが、供給先に労働者を雇用させることを約して行われるものに限られるものと解される。そして、Y1とX1及びX2との間に労働契約は締結されていないから、Y1とX1及びX2、Y2との関係は労働者派遣に該当するものであり、これを労働者供給であると解することはできない。したがって、Y2とY1との間の労働者派遣契約が職業安定法44条に違反するということはできない。
Y2は厚生労働大臣の許可を受けて労働者派遣事業を営む会社であるから、Y2が労働者派遣事業の一環として行った行為は、労働基準法6条の「法律に基いて許される場合」に含まれ、同条において禁じられる中間搾取には該当しない。
X1及びX2は、既に説示したとおり、派遣期間の制限を受けない専門26業務を行う派遣従業員として就労していた者らであるから、労働者派遣法40条の2の派遣期間の制限に違反せず、派遣先に労働者派遣法40条の5に基づく労働契約の申込義務も発生していないから、X1及びX2の主張はその前提を欠くものである。
他に、Y2とY1との間の労働者派遣契約を無効と解すべき事情は見当たらない。
労働者派遣法の趣旨及びその取締法規としての性質、さらには派遣労働者を保護する必要性等にかんがみれば、仮に労働者派遣法に違反する労働者派遣が行われた場合においても、特段の事情のない限り、そのことだけによっては派遣労働者と派遣元との間の雇用関係が無効になることはないものと解される(最高裁判所平成21年12月18日第二小法廷判決・民集63巻10号2754頁「松下PDP最高裁判決」参照)。
本件においてY1にX1及びX2に対する労働契約の申込義務が発生していると認められないことは既に説示したとおりであるから、同Xらの主張はその前提を欠くものである。また、禁反言の原則は、自己のこれまでの言動と矛盾する主張を排除する法理であるところ、本件全証拠をもってしても、Y1において、本件訴訟に至るまでY1とX1及びX2との間に労働契約が存在することを前提にしていた事実は認められず、むしろ、Y1は、一貫してY1とX1及びX2との間には労働契約が存在しない旨主張してきたことが認められることからすれば、Y1がX1及びX2に対して労働契約上の義務を負わない旨の主張をすることが禁反言の原則に違反するものとは認められないし、それによって労働契約の成立が認定されるものともいえない。
以上のとおり、X1及びX2とY1との間に労働契約が成立していたとは認められないから、Y1のX1及びX2に対する雇止めの有効性について判断するまでもなく、X1及びX2の地位確認請求及び賃金支払等の請求は理由がない。
労働者派遣契約の終了に伴って派遣労働契約が更新されないことは当然に予定されているものといわざるを得ず、Y2がX1及びX2との間の派遣労働契約を終了させたことが違法であるとも認められない。他に、Y1及びY2のX1及びX2に対する対応について、不法行為を構成するに足りる違法性があった事実は認められない。
そうすると、Y1及びY2が、X1及びX2に対して、共同して不法行為を行ったとするX1及びX2の主張は、理由がない。
以上のとおりであるから、X1及びX2のY1及びY2に対する請求は、いずれも理由がない。
X3及びX4について
X3に対する雇止めについては、Y3において人員削減の必要性があったこと、上記のとおり、雇止めを回避するための相応の措直が講じられていたこと、期間従業員を雇止めした人選が合理的なものであるといえること、雇止めに際しての手続が不十分であったとはいえないことを踏まえれば、客観的合理性及び社会通念上の相当性を欠くものということはできない。
X4については、期間従業員としての雇用継続に合理的期待を有していたということはいえるが、Y3においてX3を雇止めとしたことには客観的合理性があり、社会通念上の相当性を欠くものということはできないから、Y3のX3に対する雇止めが無効であるとはいえない。
X4については、そもそも雇用継続に合理的期待を有していたと認めることはできないから、解雇権濫用法理の類推適用について検討するまでもなく、Y3のX4に対する雇止めが無効であるとはいえない。
X3及びX4が雇止めを受けたのは、平成21年1月13日に行われたY3の経営会議で期間従業員の雇止めが決定されたことによるものであり、Y1がその決定に関与していたことを認めるに足りる証拠はない。
また、Y3がX3及びX4に対して行った雇止めが無効とはいえないことは前記のとおりであり、雇止めそのものについても違法性があるとはいえない。そうすると、Y1及びY4がX3及びX4に対して不法行為を行ったものということはできない。
以上のとおりであるから、X3及びX4のY3及びY1に対する請求はいずれも理由がない。
X5について
(理由はX1、X2の事案と重複するので省略し、結論のみ表示する。)
検討したところによれば、Y1とY4との間の労働者派遣契約及びX5とY4との間の派遣労働契約を無効とすべき特段の事情は見当たらず、また、X5とY1との間の黙示の労働契約の成立を認めるに足りる事情もないものといわざるを得ない。
契約当事者間の意思の合致がなくとも、規範的・合理的意思解釈によって労働契約の成立が認められるとするX5の主張は独自の解釈というほかなく、採用することができない。
X5の派遣就労当時、Y1において、X5をY1の従業員として取り扱っていたものとはいえないのであり、本件訴訟において、Y1が、X5とY4との間の労働契約の有効性を主張することが信義則上許されないような事情があるものとは認められないものといわざるを得ない。
よって、この点についてのX5の主張は理由がない。
Y1について不法行為が成立するとのX5の主張は理由がない。
Y4について不法行為が成立するとのX5の主張は理由がない。
Y3について不法行為が成立するとのX5の主張は理由がない。
以上のとおりであるから、X5のY1、Y4及びY3に対する請求はいずれも理由がない。