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ID番号 09054
事件名 地位確認等請求反訴事件
いわゆる事件名 学校法人専修大学事件
争点 労働基準法81条所定の打切補償の支払による解雇制限の除外事由を定める同法19条1項ただし書の適用の有無が問われた事案(労働者勝訴)
事案概要 (1) 本件は、業務上の疾病により休業し労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく療養補償給付及び休業補償給付を受けている、学校法人である上告人Yに勤務していた被上告人Xが、Yから打切補償として平均賃金の1200日分相当額の支払を受けた上でされた解雇につき、Xは労働基準法81条にいう同法75条の規定によって補償を受ける労働者に該当せず、上記解雇は同法19条1項ただし書所定の場合に該当するものではなく同項に違反し無効であるなどと主張して、Yを相手に、労働契約上の地位の確認等を求め提訴したもの。
(2) 東京地裁はXの地位確認請求を認容し、損害賠償等の請求を棄却したため、Yが控訴したところ、東京高裁は、本件解雇は労働基準法19条1項に違反し無効であるとして、Xの労働契約上の地位の確認を求める請求を認容すべきものとしたため、Yが上告したところ、最高裁は、Yは労働基準法81条の規定による打切補償を行ったものとして、同法19条1項ただし書の規定により本件について同項本文の解雇制限の適用はなく、本件解雇は同項に違反するものではないというべきであるとして、原判決を破棄し、原審に差し戻した。
参照法条 労働基準法19条
労働基準法75条
労働基準法81条
労働者災害補償保険法12条の8
体系項目 解雇(民事)/解雇制限(労基法19条)/解雇制限と業務上・外
裁判年月日 2015年6月8日
裁判所名 最高裁第二小法廷
裁判形式 判決
事件番号 平成25年(受)2430号
裁判結果 破棄差戻
出典 最高裁判所民事判例集69巻4号1047頁
裁判所時報1629号15頁
判例時報2271号142頁
判例タイムズ1416号56頁
労働判例1118号18頁
労働経済判例速報2253号3頁
労働法律旬報1847号46頁
審級関係 控訴審 平成25年7月10日/東京高等裁判所/第20民事部/判決/平成24年(ネ)7172号
一審 平成24年9月28日/東京地方裁判所/民事第19部/判決/平成24年(ワ)5958号
差戻し
評釈論文 夏井高人・判例地方自治395号86~89頁2015年7月
浅井弘章・銀行法務2159巻8号66頁2015年7月
根本到・法学セミナー60巻8号123頁2015年8月
水町勇一郎・ジュリスト1483号4~5頁2015年8月
柳澤旭・労働法律旬報1847号34~41頁2015年9月10日
今津幸子、山中健児、五三智仁、吉田肇、和田一郎、斉藤芳朗・経営法曹186号29~78頁2015年9月
中窪裕也・月刊法学教室422号56~61頁2015年11月
中山慈夫・労働法令通信2397号27~29頁2015年10月8日
山添拓・季刊労働者の権利312号138~141頁2015年10月
中村新・LIBRA15巻11号40~41頁2015年11月
原昌登・成蹊法学83号164~153頁2015年12月
梶川敦子・論究ジュリスト16号86~92頁2016年2月
岩出誠・ジュリスト1489号122~125頁2016年2月
佐々木達也・労働法学研究会報66巻24号26~31頁2015年12月15日
小部正治、山添拓・法学セミナー61巻3号19~23頁2016年3月
須賀康太郎・ジュリスト1491号90~93頁2016年4月
田中四郎・調停時報193号84~89頁2016年3月
須賀康太郎・法曹時報68巻8号177~195頁2016年8月
桑村裕美子・判例評論690号(判例時報2296)168~172頁2016年8月1日
判決理由 〔解雇(民事)-解雇制限(労基法19条)-解雇制限と業務上・外〕
4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 労災保険法は、業務上の疾病などの業務災害に対し迅速かつ公正な保護をするための労働者災害補償保険制度(以下「労災保険制度」という。)の創設等を目的として制定され、業務上の疾病などに対する使用者の補償義務を定める労働基準法と同日に公布、施行されている。業務災害に対する補償及び労災保険制度については、労働基準法第8章が使用者の災害補償義務を規定する一方、労災保険法12条の8第1項が同法に基づく保険給付を規定しており、これらの関係につき、同条2項が、療養補償給付を始めとする同条1項1号から5号までに定める各保険給付は労働基準法75条から77条まで、79条及び80条において使用者が災害補償を行うべきものとされている事由が生じた場合に行われるものである旨を規定し、同法84条1項が、労災保険法に基づいて上記各保険給付が行われるべき場合には使用者はその給付の範囲内において災害補償の義務を免れる旨を規定するなどしている。また、労災保険法12条の8第1項1号から5号までに定める上記各保険給付の内容は、労働基準法75条から77条まで、79条及び80条の各規定に定められた使用者による災害補償の内容にそれぞれ対応するものとなっている。
 上記のような労災保険法の制定の目的並びに業務災害に対する補償に係る労働基準法及び労災保険法の規定の内容等に鑑みると、業務災害に関する労災保険制度は、労働基準法により使用者が負う災害補償義務の存在を前提として、その補償負担の緩和を図りつつ被災した労働者の迅速かつ公正な保護を確保するため、使用者による災害補償に代わる保険給付を行う制度であるということができ、このような労災保険法に基づく保険給付の実質は、使用者の労働基準法上の災害補償義務を政府が保険給付の形式で行うものであると解するのが相当である(最高裁昭和50年(オ)第621号同52年10月25日第三小法廷判決・民集31巻6号836頁参照)。このように、労災保険法12条の8第1項1号から5号までに定める各保険給付は、これらに対応する労働基準法上の災害補償に代わるものということができる。
(2) 労働基準法81条の定める打切補償の制度は、使用者において、相当額の補償を行うことにより、以後の災害補償を打ち切ることができるものとするとともに、同法19条1項ただし書においてこれを同項本文の解雇制限の除外事由とし、当該労働者の療養が長期間に及ぶことにより生ずる負担を免れることができるものとする制度であるといえるところ、上記(1)のような労災保険法に基づく保険給付の実質及び労働基準法上の災害補償との関係等によれば、同法において使用者の義務とされている災害補償は、これに代わるものとしての労災保険法に基づく保険給付が行われている場合にはそれによって実質的に行われているものといえるので、使用者自らの負担により災害補償が行われている場合とこれに代わるものとしての同法に基づく保険給付が行われている場合とで、同項ただし書の適用の有無につき取扱いを異にすべきものとはいい難い。また、後者の場合には打切補償として相当額の支払がされても傷害又は疾病が治るまでの間は労災保険法に基づき必要な療養補償給付がされることなども勘案すれば、これらの場合につき同項ただし書の適用の有無につき異なる取扱いがされなければ労働者の利益につきその保護を欠くことになるものともいい難い。
 そうすると、労災保険法12条の8第1項1号の療養補償給付を受ける労働者は、解雇制限に関する労働基準法19条1項の適用に関しては、同項ただし書が打切補償の根拠規定として掲げる同法81条にいう同法75条の規定によって補償を受ける労働者に含まれるものとみるのが相当である。
(3) したがって、労災保険法12条の8第1項1号の療養補償給付を受ける労働者が、療養開始後3年を経過しても疾病等が治らない場合には、労働基準法75条による療養補償を受ける労働者が上記の状況にある場合と同様に、使用者は、当該労働者につき、同法81条の規定による打切補償の支払をすることにより、解雇制限の除外事由を定める同法19条1項ただし書の適用を受けることができるものと解するのが相当である。
5 これを本件についてみると、Yは、労災保険法12条の8第1項1号の療養補償給付を受けているXが療養開始後3年を経過してもその疾病が治らないことから、平均賃金の1200日分相当額の支払をしたものであり、労働基準法81条にいう同法75条の規定によって補償を受ける労働者に含まれる者に対して同法81条の規定による打切補償を行ったものとして、同法19条1項ただし書の規定により本件について同項本文の解雇制限の適用はなく、本件解雇は同項に違反するものではないというべきである。