全 情 報

ID番号 09061
事件名 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 ピジョン事件
争点 退職の意思表示につき動機の錯誤の有無等が争われた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 (1) 育児・マタニティ・女性ケア・ホームヘルスケア・介護用品等の製造,販売及び輸出入並びに保育事業を営む会社である被告Yとの間で労働契約を締結していた原告Xが,平成23年8月30日にした退職の意思表示につき,動機の錯誤により無効であるとして,Yに対し,上記労働契約に基づき,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに(請求1),賃金(請求2,3)の支払を求め、また,YがXに対して行った配転命令等が安全配慮義務違反に当たるとして,債務不履行責任に基づき,慰謝料300万円(請求4)の支払を求め提訴したもの。
(2) 東京地裁は、Xの退職の意思表示は錯誤により無効であるとして、Xの請求を一部認容した。
参照法条 民法95条
民法536条2項
体系項目 配転・出向・転籍・派遣/配転命令権の濫用/配転命令権の濫用
退職/退職願/退職願と錯誤
賃金/賃金請求権の発生/賃金請求権の発生
労働契約/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 2015年7月15日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成24年(ワ)第28734号
裁判結果 一部認容、一部却下
出典
審級関係
評釈論文
判決理由 〔配転・出向・転籍・派遣/配転命令権の濫用/配転命令権の濫用〕
〔退職/退職願/退職願と錯誤〕
 本件配転命令は,精神疾患に罹患していたXとの関係では,業務上の必要性が認められないか,あったとしても非常に弱いものであり,環境変化や通勤時間の大幅な長時間化等がXの心身や疾患に悪影響を与えるおそれも否定できないものであって,その負担,不利益も大きいといえることから,Yがその権限を濫用した無効なものと解するのが相当である。(中略)
 しかし,本件配転命令は,Xが本件退職の意思表示をした2年も前のことであって,本件配転命令自体が退職の動機になったとは解し難い。(中略)
 Xは,本件退職の意思表示をした当時,流通加工センターで勤務できる程度にまで病状が回復した診断書を提出するまでもなく,g店等における復職が認められるべきであったところ,本件退職願をYに送付した当日も,fから,上記の趣旨の診断書が提出されない限り、Xの復職は認められず,Xが要望する主治医との面談も行わないと言われたため(前記2(22)),その旨誤信して本件退職願を提出して本件退職の意思表示をしたものであるから,上記錯誤が存するものと認められる。そして,Xは,上記のとおり,本件退職願を郵送する前,fとの電話の中で,これまで提出した診断書とは別に新たな診断書を提出しなければ復職は認められないのか改めて尋ね,fから上記のとおり回答を受け,そうであればYを退職する旨伝えたものであるから(前記2(22)),新たな診断書,すなわち流通加工センターで勤務できる程度にまで病状が回復した診断書を提出しなければ復職が認められず,これを提出することができないことがYを退職する動機である旨表示したものといえるから,本件退職の意思表示は上記錯誤により無効というべきである。
〔賃金/賃金請求権の発生/賃金請求権の発生〕
 Xは,民法536条2項に基づいて合意退職が成立したとされる平成23年9月1日以後の賃金を請求する。そして,前記3で判示したとおり,本件退職の意思表示は錯誤により無効であるから,退職の効果は発生していないところ,Yは,同月13日にXから上記意思表示が無効である旨主張され,就労の意思を表明された後も,合意退職によりXY間の雇用契約が終了したとして,これを拒否しているのであるから,民法536条2項により,同日以降の賃金債権が発生する。(中略)
 本件退職の意思表示がされるに至った理由は,Yが,Xにおいて流通加工センターで就労できる程度にまで病状が回復した旨の診断書を提出しない限り復職を認めないとの方針を堅持し,これをXにも明らかにしたためであって,Xが前記錯誤に陥ったのにはYによる一定の関与があったためである。そして,Yの上記方針・対応は,本件配転命令を前提とするものであるところ,本件配転命令は,配転命令権の濫用といえるのみならず(前記3(1)),後記6(2)のとおり,安全配慮義務違反にも当たるものと解されることからすれば,上記方針・対応には少なくとも過失があり,これによりXの就労を拒否したのであるから,債権者たるYの「責めに帰すべき事由」により,就労不能に至らしめたものというべきである。
〔労働契約/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 本件配転命令は,精神疾患を含む疾患による欠勤から明けて職務に復帰したばかりのXに対し,主治医等の専門医の意見を全く聞かないままされたもので,安全配慮義務に違反したものと認められる。
 そして,前記2(6)で認定したとおり,Xは,本件配転命令の内示を受けた直後に再度体調を崩し,少なくとも結果的には反応性抑うつ状態等を悪化させたことにより再度欠勤,休職に陥ったことが認められるのであって,これらの事実に照らせば,前記5で認定,判示した賃金債権の発生を踏まえてもなお慰謝されない精神的苦痛が存するものと認められ,これに対する慰謝料は30万円と認めるのが相当である。