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ID番号 09272
事件名 割増賃金等支払請求控訴事件
いわゆる事件名 結婚式場運営会社A事件
争点 定額残業代の有効性
事案概要 (1) 本件は、一審被告(結婚式場運営会社A)の従業員であった一審原告が、被告に対し、職能手当が定額残業代であるとする特約は無効などとして法内残業代、時間外割増賃金等の支払を求める事案である。
(2) 原判決は、特約は公序良俗に反し無効であるとして、法内残業代、時間外割増賃金等を命じたのに対し、一審原告及び一審被告が、同判決を不服として控訴した。
判決は、原判決を変更し、定額残業代の定めの有効性を認め、各月に支払うべき割増賃金額から職能手当を控除して不足する割増賃金の支払いを命じた。
参照法条 労働基準法37条
体系項目 賃金 (民事)/割増賃金/(6) 固定残業給
裁判年月日 平成31年3月28日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 平成29年(ネ)2423号
裁判結果 原判決変更、控訴棄却
出典 判例時報2434号77頁
労働判例1204号31頁
審級関係 確定
評釈論文 三上安雄(東京大学労働法研究会)・ジュリスト1543号126~129頁2020年4月
國武英生・季刊労働法268号202~213頁2020年3月
所浩代(労働判例研究会)・法律時報92巻8号132~135頁2020年7月
判決理由 〔賃金 (民事)/割増賃金/(6) 固定残業給〕
(1)①使用者の労働時間管理の有無によって定額残業代の効力が左右されるものとはいえないこと、②本件特約によれば、職能手当は、時間外・休日・深夜割増賃金として支給されるものであって、基本給と明確に区分されており、その割増賃金に適用される基礎賃金の1時間当たりの金額(残業単価)を具体的に算定することも可能であるから、明確性の要件に欠けることはないこと、③本件雇用契約書及び本件特約によれば、職能手当相当額と労働基準法所定の割増賃金との差額精算の合意は存在している上、支給が合意された定額残業代の額を超える時間外労働等が行われた場合に、その超過分について割増賃金が別途支払われることは労働基準法上当然に求められるから、差額の精算合意を定額残業代の定めの有効要件とする必要はないこと。
(2)定額残業代の合意が有効となるためには、通常の労働時間の合意に当たる部分と時間外・休日・深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することができるものであることを要するところ、上記認定した給与規程は、その要件を満たすものである。
 以上によれば、本件特約は、定額残業代の定めとして有効であって、基礎賃金には、職能手当は含まないと解するのが相当である。
(3)職能手当は、約87時間分の時間外労働等の対価相当額となる。月約87時間は、平成10年12月28日労働省告示第154号所定の月45時間を超えるものであるが、雇用契約に対して強行的補充的効力を有するものではない上、本件特約は、時間外労働等があった場合に発生する時間外割増賃金等として支払う額を合意したものであって、約87時間分の法定時間外労働を義務づけるものではない。職能手当が約87時間分の時間外労働等に相当することをもって、給与規程及び雇用契約書において明確に定額残業代と定められた職能手当につき、時間外労働等の対価ではなく、あるいはそれに加えて、通常の労働時間内の労務に対する対価の性質を有すると解釈する余地があるというには足りない。
(4)他方、一審被告は、実際に行われた時間外労働等の時間に基づいて計算した割増賃金の額が、職能手当で定めた定額割増賃金の額に満たない月があったとして、一審原告に対し、その差額を請求する権利があることを前提に相殺の主張をするが、一般に、定額残業代に関する合意がされた場合についての当事者の合理的意思解釈としては、実際に行われた時間外労働等の時間に基づいて計算した割増賃金の額があらかじめ定められた定額割増賃金の額に満たない場合であっても、満額支払われると解するのが相当である。一審原告と一審被告との間の本件雇用契約においても同様であって、差額を請求しない旨の合意があったと解するのが相当であるから、一審被告の差額請求及びその存在を前提とする相殺の主張は認められない。