全 情 報

ID番号 09319
事件名 時間外手当等請求事件
いわゆる事件名 神栄不動産ビジネス事件
争点 仮眠時間の労働時間性と固定残業代の有効性
事案概要 (1) 本件は、建物の総合管理業務等を業とする被告の正社員として、被告が業務委託を受けていたホテルの設備管理業務等に従事していた原告らが、被告に対し、仮眠時間が労働時間であること及び固定残業代の無効などを理由として時間外労働に係る賃金の支払い等を求める事案である。
(2) 判決は、仮眠時間の労働時間性及び固定残業代の無効を認め、原告らの訴えを認め時間外労働に対する賃金の支払いを命じた。
参照法条 労働基準法32条
労働基準法37条
体系項目
裁判年月日 令和1年7月24日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成29年(ワ)1565号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 労働経済判例速報2401号19頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働時間 (民事)/労働時間の概念/(17) 仮眠時間〕
〔賃金 (民事)/割増賃金/(6) 固定残業給〕
(1)原告らは、午前零時から午前6時までの間は、仮眠時間として本件ホテル内の仮眠室(中央監視室及び蓄電池室)において仮眠をとることとなっていたものの、中央監視室には、設備管理モニターが3台設置され、仮眠時間中でも設備に異常が発生すれば、警報音が鳴る仕組みになっていたこと等の点を含む仮眠室の状況、クレーム表や日報からうかがわれるBシフト勤務担当者の実作業の状況や頻度等に照らせば、原告らは被告と本件ホテルとの間の業務委託契約に基づき、被告従業員として、本件ホテルに対し、労働契約上、役務を提供することが義務付けられており、使用者である被告の指揮命令下に置かれていたものと評価するのが相当である。
(2)使用者が、労働者に対し、時間外労働等の対価として労働基準法37条所定の割増賃金を支払ったといえるためには、当該手当が割増賃金の支払の趣旨であるとの合意があることまたは基本給及び諸手当の中に割増賃金の支払を含むとの合意があること(以下「対価性」という。)を前提として、雇用契約における賃金の定めにつき、それが通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とに判別することができること(以下「明確区分性」という。)が必要である(最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決・裁判集民事240号121頁等参照)。本件についてみると、対価性については、被告の固定残業代制(いわゆる基本給組込型と解される。)に関する定めが、「調整給を含めた基本給」に「月45時間相当の時間外勤務割増賃金」を含む旨を定めていることからすれば、被告として、時間外労働等に対する対価の支払いのため、上記固定残業代制を位置付けていたことは一応うかがわれる。
 しかしながら、明確区分性について、同項は、あくまでも「調整給を含めた基本給」に「月45時間相当の時間外勤務割増賃金」を含む旨を定めているのみで、文言上も「調整給」が時間外割増賃金のみを指すのか、基本給部分にも時間外割増賃金が含まれるのかは明らかではなく、また、時間数の明示はあるものの、割増賃金の種類が示されておらず、通常の労働時間に対する賃金部分と割増賃金部分との比較対照が困難なものとなっている。そして、被告において、原告らを含む従業員に対して、労働基準法所定の割増賃金額以上の支払がされたか否かの判断を可能とするような計算式が周知されており、実際に、当該計算式に従って割増賃金が計算され、超過した割増賃金が支払われているような事情もうかがわれない。
 さらに、同項は「月45時間相当分の金額については個別に定めるものとする」と規定しているが、原告らについて当該金額を個別に定めたことの的確な立証はない。この点、当該個別の定めが「調整給」を指すのかどうかは不明であるところ、仮に「調整給」がそれに該当するとしても、原告らの雇用契約書(書証略)には、「調整給」として個別の金額の記載はあるものの(人証略)、いずれも被告が固定残業代制を導入する以前(原告らの入社時)に作成されたものであり、当該記載をもって個別に定めたといえないことは明らかである。
以上を踏まえると、結局、被告の主張する固定残業代制は、明確区分性及び対価性の要件をいずれも欠いていると言わざるを得ない。
 以上によれば、被告における固定残業代制は、労働基準法37条所定の割増賃金の支払として認めることはできない。