全 情 報

ID番号 09320
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 社会福祉法人北海道社会事業協会事件
争点 HIV感染を理由とする採用内定取消
事案概要 (1) 本件は、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)に感染している原告が、被告(社会福祉法人北海道社会事業協会)が経営する病院(以下「被告病院」という。)の社会福祉士の求人に応募し採用内定を得たものの、その後被告から内定を取り消されたことをめぐり、〈1〉この内定取消しは違法である、〈2〉被告が上記病院の保有していた原告に関する医療情報を目的外利用したことはプライバシー侵害に当たると主張して、不法行為に基づき、330万円の損害賠償及びこれに対する不法行為日である平成30年2月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
(2) 判決は、内定取消し及び原告の医療情報の目的外利用によって原告に生じた精神的苦痛の慰謝料として150万円の支払いなどを命じた。
参照法条 民法709条
体系項目 労働契約 (民事)/採用内定/(2) 取消し
裁判年月日 令和1年9月17日
裁判所名 札幌地
裁判形式 判決
事件番号 平成30年(ワ)1352号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 労働判例1214号18頁
裁判所ウェブサイト掲載判例
審級関係 確定
評釈論文 小西康之・ジュリスト1538号4~5頁2019年11月
佐々木達也・労働法学研究会報71巻2号18~23頁2020年1月15日
加藤丈晴・季刊労働者の権利334号106~109頁2020年1月
河野奈月(東京大学労働法研究会)・ジュリスト1549号116~119頁2020年9月
判決理由 〔労働契約 (民事)/採用内定/(2) 取消し〕
(1)原告についてみても、前記前提事実(7)によれば、原告のHIVは抗ウイルス薬により検出感度以下となっており、免疫機能も良好に維持されていると認められるのであって、主治医も、就労に問題はなく、職場での他者への感染の心配はないとの所見を示している。加えて、被告病院においては、原告が社会福祉士として稼働することが予定されていたところ、社会福祉士は患者等に対して相談援助を行う事務職であるから、そもそも原告が被告病院における通常の勤務において業務上血液等に接触する危険性すら乏しいことは明らかである。現に、原告は、現在は、自らがHIV感染者であることを上司等に告げた上で、精神科病院において精神保健福祉士として稼働しているのである。そうすると、原告が被告病院で稼働することにより他者へHIVが感染する危険性は、無視できるほど小さいものであったというべきである。以上の事情を総合考慮すると、原告が被告に対しHIV感染の事実を告げる義務があったということはできないから、原告が本件面接において持病の有無を問われた際に上記事実を告げなかったとしても、これをもって内定を取り消すことは許されないというべきである。
以上によれば、原告が本件不告知等に及んだことは事実ではあるものの、これをもって、本件内定取消しについて、客観的に合理的な理由が存在し社会通念上相当として是認することができる場合に当たるということはできない。したがって、本件内定取消しは、違法であって、原告に対する不法行為を構成するというべきである。
(2)被告病院は、総務課職員が保管されていた原告の過去の受診歴に基づく医療記録を確認したところ、原告がHIVに感染しているとの情報が記載されていたことから、原告に対し、HIV感染の有無を確認する趣旨の質問を行った上で、本件内定取消しを行ったものである。このように、被告病院は、本来原告の診療など健康管理に必要な範囲で用いることが想定されていた原告の医療情報について、その範囲を超えて採用活動に利用したものである(本件利用)。本件利用については、原告の同意を得たものではないし、個人情報保護法16条3項各号所定の除外事由も認められない。
そうすると、本件利用は、個人情報である原告の医療情報の目的外利用として個人情報保護法16条1項に違反する違法行為であるというべきである。そして、本件利用により、本来原告の診察や治療に携わる者のみが知ることのできた原告の医療情報が、採用担当者等にも正当な理由なく拡散されたのであるから、これにより原告のプライバシーが侵害されたものであって、本件利用は原告に対する不法行為を構成するというべきである。