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ID番号 09328
事件名 行政措置要求判定取消請求事件、国家賠償請求事件
いわゆる事件名 国・人事院(経済産業省職員)事件
争点 性同一性障害である職員に対するトイレ使用制限等の違法性が問われた事案
事案概要 (1) トランスジェンダー(Male to Female)であり、国家公務員である原告が、その所属する経済産業省(以下「経産省」という。)において女性用トイレの使用に関する制限を設けないこと等、人事院に対して勤務条件に関する行政措置を要求したが、いずれの要求も認められないとの判定を受けたことから、本件判定がいずれも違法であるとして、本件判定に係る処分の取消しを求めるとともに(第一事件)、女性用トイレの使用制限を受けていること等に関し、経産省の職員らがその職務上尽くすべき注意義務を怠ったことにより損害を被ったものと主張して、国に対し、慰謝料等の支払を求めた(第二事件)事案である。
(2) 東京地裁は、経産省が原告に対して女性用トイレの使用を認めない処遇(以下「本件トイレに係る処遇」という。)を継続したこと及び経産省の職員らによる原告に対する発言等の一部について、国家賠償法上、違法の評価を免れないと判示して、原告の損害賠償請求のうち慰謝料の支払いを命じた。
参照法条 国家公務員法86条
国家公務員法87条
国家公務員法88条
国家賠償法1条
体系項目 労基法の基本原則 (民事)/国に対する損害賠償請求
労基法の基本原則(民事)/均等待遇/セクシャル・ハラスメント
裁判年月日 令和元年12月12日
裁判所名 東京地裁
裁判形式 判決
事件番号 平成27年(行ウ)667号/平成27年(ワ)32189号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 労働判例1223号52頁
労働経済判例速報2410号3頁
判例タイムズ1479号121頁
裁判所ウェブサイト掲載判例
審級関係 控訴
評釈論文 ハラスメント判例研究会・法律のひろば73巻6号53~61頁2020年6月
延増拓郎・経営法曹205号7~20頁2020年9月
友成実・LIBRA20巻10号32~33頁2020年10月
白〓麻子・季刊公務員関係最新判決と実務問答22号2~13頁2020年9月
判決理由 〔労基法の基本原則 (民事)/国に対する損害賠償請求〕
〔労基法の基本原則(民事)/均等待遇/セクシャル・ハラスメント〕
1 争点(4)(第一事件―原告の要求事項に対する人事院の本件判定の違法性の有無)
「国家公務員法は、職員の勤務条件に関する行政措置の要求の制度を設け、人事院がその審査及び判定等をすることを定めているところ(同法第86条から第88条まで)、これは、職員の勤務条件の内容が広範にわたり、かつ、専門的であることに鑑み、人事行政及び職員の勤務条件に精通し、専門的な知見を有するとともに、これらについて広範な権限を有する人事院が、一般国民及び関係者に公平なように、かつ、職員の能率を発揮し、及び増進する見地において事案の判定に当たることが職員の利益を保護するために適切であることを考慮したものであると解することができる。
 そうすると、職員による行政措置の要求に対して人事院がいかなる判定を行うかはその合目的的な裁量に委ねられているというべきであるから、行政措置の要求に対する判定の取消訴訟において当該判定の違法性の有無を判断するに当たっては、当該判定を導いた審査の手続に違法があった場合や、認定及び判断の内容が法令に違反するものであったり、考慮した前提事実に重大な事実の誤認があるなど重大な瑕疵があると認められる場合、又は考慮すべき事項を考慮しておらず、若しくは考慮した事項の評価が合理性を欠いており、その結果、当該判定が社会観念上著しく妥当を欠く場合に限って、その裁量権の範囲を逸脱し、又はその濫用があったものとして、当該判定を違法と判断するのが相当である。」
 要求事項のうち、〈a〉「申請者が女性トイレを使用するためには性同一性障害者である旨を女性職員に告知して理解を求める必要があるとの経産省当局による条件を撤廃し、申請者に職場の女性トイレを自由に使用させること」について、「本件トイレに係る処遇については、遅くとも平成26年4月7日の時点において原告の性自認に即した社会生活を送るといった重要な法的利益等に対する制約として正当化することができない状態に至っていた」「しかしながら、本件判定は、本件トイレに係る処遇によって制約を受ける原告の法的利益等の重要性のほか、上記〔中略〕において取り上げた諸事情について、考慮すべき事項を考慮しておらず、又は考慮した事項の評価が合理性を欠いており、その結果、社会観念上著しく妥当を欠くものであったと認めることができる。」
「したがって、本件判定のうち要求事項〈a〉を認めないとした部分は、その余の原告の主張についての検討を経るまでもなく、その裁量権の範囲を逸脱し、又はその濫用があったものとして、違法であるから、取消しを免れない。」
2 争点(1)-①(第二事件―本件トイレに係る処遇の違法性の有無)
「トイレを設置し、管理する者に対して当該トイレを使用する者をしてその身体的性別又は戸籍上の性別と同じ性別のトイレを使用させることを義務付けたり、トイレを使用する者がその身体的性別又は戸籍上の性別と異なる性別のトイレを使用することを直接的に規制する法令等の規定は、見当たらない。そうすると、本件トイレに係る処遇については、専ら経産省(経済産業大臣)が有するその庁舎管理権の行使としてその判断の下に行われているものと解することができる。」
 「本件トイレに係る処遇の内容に照らすと、原告は、本件トイレに係る処遇によって、戊●階から●階までの女性用トイレを使用することができないという制限を受けているということができる。」
「ところで、性別は、社会生活や人間関係における個人の属性の一つとして取り扱われており、個人の人格的な生存と密接かつ不可分のものということができるのであって、個人がその真に自認する性別に即した社会生活を送ることができることは、重要な法的利益として、国家賠償法上も保護されるものというべきである。このことは、性同一性障害者特例法が、心理的な性別と法的な性別の不一致によって性同一性障害者が被る社会的な不利益の解消を目的の一つとして制定されたことなどからも見て取ることができる。そして、トイレが人の生理的作用に伴って日常的に必ず使用しなければならない施設であって、現代においては人が通常の衛生的な社会生活を送るに当たって不可欠のものであることに鑑みると、個人が社会生活を送る上で、男女別のトイレを設置し、管理する者から、その真に自認する性別に対応するトイレを使用することを制限されることは、当該個人が有する上記の重要な法的利益の制約に当たると考えられる。そうすると、〔中略〕原告が専門医から性同一性障害との診断を受けている者であり、その自認する性別が女性なのであるから、本件トイレに係る処遇は、原告がその真に自認する性別に即した社会生活を送ることができることという重要な法的利益を制約するものであるということになる。」
 「加えて、被告は、〔中略〕本件トイレに係る処遇を行っている理由について、原告の身体的性別又は戸籍上の性別が男性であることに伴って女性職員との間で生ずるおそれがあるトラブルを避けるためである旨を主張しているところ、当該主張を前提とすると、原告が経産省の庁舎内において女性用トイレを制限なく使用するためには、その意思にかかわらず、性別適合手術を受けるほかないこととなり、そのことが原告の意思に反して身体への侵襲を受けない自由を制約することになるという一面も有していることは否定することができない。」
「生物学的な区別を前提として男女別施設を利用している職員に対して求められる具体的な配慮の必要性や方法も、一定又は不変のものと考えるのは相当ではなく、性同一性障害である職員に係る個々の具体的な事情や社会的な状況の変化等に応じて、変わり得るものである。したがって、被告の指摘に係る上記のような状況を前提としても、そのことから直ちに上記のような性同一性障害である職員に対して自認する性別のトイレの使用を制限することが許容されるものということはできず、さらに、当該性同一性障害である職員に係る個々の具体的な事情や社会的な状況の変化等を踏まえて、その当否の判断を行うことが必要である。」
 そこで、本件についてみると、原告は、「性同一性障害の専門家であるe医師が適切な手順を経て性同一性障害と診断した者であって、〔中略〕経産省においても、女性ホルモンの投与によって原告が遅くとも平成22年3月頃までには女性に対して性的な危害を加える可能性が客観的にも低い状態に至っていたことを把握していたものということができる。」「庁舎内の女性用トイレの構造〔中略〕に照らせば、当該女性用トイレにおいては、利用者が他の利用者に見えるような態様で性器等を露出するような事態が生ずるとは考えにくいところである。」「原告については、私的な時間や職場において社会生活を送るに当たって、行動様式や振る舞い、外見の点を含め、女性として認識される度合いが高いものであったということができる。「これらの事情に照らせば、〔中略〕原告の主張に係る平成26年4月7日の時点において、〔中略〕被告の主張に係るトラブルが生ずる可能性は、せいぜい抽象的なものにとどまるものであり、経産省においてもこのことを認識することができたというべきである。」
 「以上に加え、原告が平成26年3月7日付けで本件措置要求に係る要求事項を補正して女性用トイレの使用について制限を設けないことを求めていたこと〔中略〕に照らすと、遅くとも〔中略〕同年4月7日の時点においては、原告の法的利益等に対する上記の制約を正当化することはできない状態に至っていたというべきである。」
 「経産省(経済産業大臣)による庁舎管理権の行使に一定の裁量が認められることを考慮しても、経産省が同日以降も本件トイレに係る処遇を継続したことは、庁舎管理権の行使に当たって尽くすべき注意義務を怠ったものとして、国家賠償法上、違法の評価を免れない。」
3 争点(1)-⑪(第二事件―人事面談における職員bの発言の違法性の有無)
 bの「なかなか手術を受けないんだったら、もう男に戻ってはどうか」との発言は、「性別によって異なる様式の衣服を着用するという社会的文化が長年にわたり続いている我が国の実情に照らしても、この性別に即した衣服を着用するということ自体が、性自認に即した社会生活を送る上で基本的な事柄であり、性自認と密接不可分なものであることは明らかであり、bの発言がたとえ原告の服装に関するものであったとしても、客観的に原告の性自認を否定する内容のものであったというべきであって、〔中略〕個人がその自認する性別に即した社会生活を送ることができることの法的利益としての重要性に鑑みれば、bの当該発言は、原告との関係で法的に許容される限度を超えたものというべきである。」 「したがって、bによる上記の発言は、原告に対する業務上の指導等を行うに当たって尽くすべき注意義務を怠ったものとして、国家賠償法上、違法の評価を免れない。」