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ID番号 09358
事件名 賃金支払請求事件
いわゆる事件名 国際自動車(第2次上告審)事件
争点 割増賃金の支払い
事案概要 (1) 一審原告Xらは、タクシー事業等を営む一審被告国際自動車株式会社(以下「Y社」という。)と労働契約を締結し、タクシー乗務員として勤務していた。Y社の就業規則の一部である賃金規則によると、タクシー乗務員の「歩合給(1)」は、揚高をもとに計算した対象額Aから割増金(残業手当、深夜手当、公出手当の合計)および交通費を控除したものとして計算されており、時間外労働等に対応する割増金(残業手当等)に相当する金額が歩合給の計算から控除されるため、時間外労働等が行われてもその時間数に対応する賃金の増額はないものとされていた。なお、「歩合給(1)」の算定にあたり、対象額Aから割増金と交通費を控除した金額がマイナスになる場合には、「歩合給(1)」の支給額を0円とする取扱いをしており、実際に、対象額Aが上記の控除額を下回り、Xらへの「歩合給(1)」の支給額が0円とされたこともあった。
 Xらは、「歩合給(1)」の計算にあたり残業手当等に相当する金額を控除する旨の賃金規則の定めは無効であり、控除された残業手当等に相当する賃金等の支払を求めて、訴えを提起した。
(2)第1次上告審(H29.2.28最3小判)は、売上高等の一定割合に相当する金額から割増賃金相当額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする旨の労働契約上の定めが、労基法37条の趣旨に当然反するものとして公序に反し無効であると解することはできないとした上で、同原審(第1次控訴審)では、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができるか否か等の審理判断がなされていないとして、原審に差し戻した。
(3)本件原審(第2次控訴審)は、本件賃金規則においては、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とが明確に区分されて定められており、本件賃金規則において割増賃金として支払われた金額(割増金の額)は、労基法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の金額を下回らないから、Xらに支払われるべき未払賃金があるとは認められないとして、Xらの請求をいずれも棄却すべきものとした。これに対し、Xらが上告した。
(4)本判決は、Y社のXらに対する割増金の支払により、労働基準法37条の定める割増賃金が支払われたということはできないとして、原判決を破棄し、事件を原審に差し戻した。
参照法条 労働基準法37条
体系項目 賃金 (民事)/割増賃金/ (3) 割増賃金の算定方法
裁判年月日 令和2年3月30日
裁判所名 最高一小
裁判形式 判決
事件番号 令和1年(受)1922号
裁判結果 破棄差戻し
出典 労働判例1220号19頁
労働経済判例速報2414号3頁
労働法律旬報1966号60頁
D1-Law.com判例体系
審級関係
評釈論文 伊藤博・季刊労働者の権利336号19~21頁2020年7月
中村優介・季刊労働者の権利336号31~37頁2020年7月
判決理由 〔賃金 (民事)/割増賃金/ (3) 割増賃金の算定方法〕
(1)使用者が労働者に対して労基法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労基法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ、その前提として、労働契約における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である。そして、使用者が、労働契約に基づく特定の手当を支払うことにより労基法37条の定める割増賃金を支払ったと主張している場合において、上記の判別をすることができるというためには、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要するところ、当該手当がそのような趣旨で支払われるものとされているか否かは、当該労働契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべきであり(日本ケミカル事件・最二小判平成30年7月19日参照)、その判断に際しては、当該手当の名称や算定方法だけでなく、同条の趣旨を踏まえ、当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならないというべきである。
(2)Y社は、本件賃金規則に基づく割増金(残業手当、深夜手当、公出手当)を、労基法37条の割増賃金として支払ったと主張する。この割増金は、時間外労働の時間数に応じて支払われる一方で、通常の労働時間の賃金である「歩合給(1)」の算定にあたり対象額Aから控除される額としても用いられ、時間外労働等の時間数が多くなれば、対象額Aから控除される金額が大きくなる結果として、「歩合給(1)」は0円となることもある。結局、本件賃金規則の定めるこのような仕組みは、その実質において、出来高払制の下で元来は「歩合給(1)」として支払うことが予定されている賃金を、時間外労働等がある場合には、その一部につき名目のみを割増金に置き換えて支払うこととするものというべきであり、本件賃金規則における割増金は、その一部に時間外労働等に対する対価として支払われるものが含まれているとしても、通常の労働時間の賃金である「歩合給(1)」として支払われるべき部分を相当程度含んでいるものと解さざるを得ない。そして、割増金として支払われる賃金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかは明らかでないから、本件賃金規則における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労基法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することはできないこととなる。したがって、Y社のXらに対する割増金の支払により、労働基準法37条の定める割増賃金が支払われたということはできない。
(3)本件においては、対象額Aから控除された割増金は、割増賃金に当たらず、通常の労働時間の賃金に当たるものとして、労働基準法37条等に定められた方法によりXらに支払われるべき割増賃金の額を算定すべきである。