全 情 報

ID番号 09363
事件名 賃金等請求事件
いわゆる事件名 日成産業事件
争点 労働者の損害賠償
事案概要 (1) 本件は、被告(日成産業㈱)の従業員であった原告が、〈1〉 被告が原告に対してしたとされる懲戒解雇は存在せず、又は無効なものであるとして、懲戒解雇の不存在又は無効を前提とした未払賃金等の支払を求め(請求〈1〉)、〈2〉 懲戒解雇事由がないにもかかわらず被告が原告を懲戒解雇したかのように装うなどしたため、原告が支給を受けるべき退職金共済制度に基づく退職一時金が減額されたとして、不法行為に基づき、同減額相当額の損害賠償及び遅延損害金の支払を求め(請求〈2〉)、〈3〉上記〈2〉のように懲戒解雇したことを装い、上記退職一時金の受給を妨害し、不当な損害賠償請求をするなどして原告の人格権及び財産権を侵害したとして、不法行為に基づき、慰謝料等の損害賠償(100万円)及び遅延損害金の支払を求め(請求〈3〉)、〈4〉 被告が主張する原告が販売代金の支払のために受領した本件約束手形が不渡りになったことに対する損害賠償債務は存在しないとして、その不存在の確認を求める(請求〈4〉)事案である。
(2) 判決は、原告の請求〈1〉〈2〉〈4〉を全面的に認容したほか、請求〈3〉については慰謝料を50万円に減額した上で認容した。
参照法条 民法627条
体系項目 労働契約 (民事)/労働契約上の権利義務/ (22) 労働者の損害賠償義務
裁判年月日 令和2年5月26日
裁判所名 札幌地
裁判形式 判決
事件番号 平成29年(ワ)2238号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 労働判例1232号32頁
審級関係 確定
評釈論文
判決理由 〔労働契約 (民事)/労働契約上の権利義務/ (22) 労働者の損害賠償義務〕
(1)被告主張に係る本件懲戒解雇の事実を認めることはできず、むしろ、本件懲戒解雇は存在しなかったものと認められる。
 そして、原告は、複数回にわたってA会長らに対して退職の意向を示すなどしていたが、慰留を受けて退職を保留していたところ、最終的には、平成29年5月2日にA会長に対して同月20日をもって退職する意思を伝え、翻意することなく同会長との話合いを終えているから、同日をもって被告を退職している(民法627条)。すなわち、原告は、同月20日までの間、被告の従業員としての地位を有していたものと認められる。
(2)会社がその事業の執行についてされた従業員の加害行為によって損害を被った場合、会社は、その事業の性格、規模、従業員の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防又は損失の分散についての会社の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、従業員に対して損害賠償を請求することができる(最高裁昭和49年(オ)第1073号昭和51年7月8日第一小法廷判決・民集第30巻7号689頁参照)。
 そして、そもそも被告は道路工事用資材等の販売等を業とする会社であるところ、商品を販売する取引においては、代金の支払を目的物の引渡し後とする限り、取引先の経営悪化等による代金回収不能のリスクは常に存在するのであって、手形不渡りに伴う損害も(可及的に回避すべきではあるものの)通常想定されるものである。その意味で、原告が担当した取引について被告に手形不渡りによる損害が生じたとしても、それは営業担当という原告の業務の性質上、ある程度やむを得ないものというべきである。また、本件取引については、原告に重大な過失があったものとはいえない。
 これらの事情に鑑みれば、原告が担当した本件取引に基づいて被告が受領した本件約束手形が不渡りになり、その結果として被告に損害が生じたとしても、労働契約上の債務不履行として原告に損害賠償債務を負わせることは、損害の公平な分担という見地から相当ではない。すなわち、本件約束手形の不渡りに伴う被告の損害について、原告が被告に対して損害賠償をすべき義務はない。このことは、被告の就業規則や内規等に定めれられた労働者の損害賠償義務に関する規定の内容等に左右されるものではない。
(3)本件懲戒解雇は存在しないものであって、当然のことながら、被告も、そのような事実関係を認識していた。それにもかかわらず、被告は、原告から本件退職届が送付された後、本件懲戒解雇が存在するものであるかのように装い、懲戒解雇を理由に、原告に対する退職一時金(額)を不支給とする旨の書面等を共済センターに提出するなどし、原告の共済センターからの退職一時金の受給を妨害したものと認められ、これは原告に対する不法行為となるものというべきである。
(4)本件損害賠償請求の内容をみると、本件約束手形の不渡りに伴う損害のみならず、原告が被告の従業員としての地位を有していた間の本件経費についても、それが損害ではないことは明らかであるにもかかわらず損害賠償を求めていることなど、本件損害賠償請求及びそれに関する本件訴訟における被告の訴訟行為は、原告に対する不法行為となるものというべきである。
(5)被告は本件懲戒解雇を理由として原告の共済センターからの退職一時金の受給を妨害していたのであって、平成29年5月分の掛金を納付しなかったのも、上記妨害と同一の意図に基づいて故意にしたものであると認められ、原告に対する不法行為となるものといえる。
(6)一連の不法行為は、いずれも本件懲戒解雇を契機として、原告の権利を不当に侵害する目的で故意にされたものであるとみられる上、時期的にも近接してされたものであって、全体として一個の不法行為を構成するものと解するのが相当である(以下「本件不法行為」という。)。
 そして、本件不法行為によって原告が被った精神的損害に対する慰謝料としては、原告に支給されるべき退職一時金が相当金額に及ぶものであること、その受給が相当長期間にわたって妨害されていること、本件損害賠償請求の金額も多額であること、それに関して被告が本件訴訟において偽造した証拠まで提出していることなどの本件不法行為の内容、他方で、本判決(の確定)により、共済センターからの退職一時金の支給手続がされるものと考えられること、本件約束手形に係る損害賠償債務が存在しないことが確認されることなどを考慮し、50万円をもって相当と認める。
 また、被告が現時点においても平成29年5月分の掛金を納付することが可能であるか否かは明らかではないものの(原告本人)、本件訴訟を含めた本件紛争の経過に鑑みれば、今後被告が同月分の掛金を納付するものとは考えられない。そうすると、本件不法行為により、原告は、退職日を同年5月20日とする場合の退職一時金の支給額と同年4月20日とする場合の支給額との差額に相当する金額(1万4760円)の損害を被ったものといえる。
 このほか、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては、本件事案の内容、本件訴訟の経過、上記慰謝料額等を考慮し、10万円をもって相当と認める。