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ID番号 09366
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 アクサ生命保険事件
争点 長時間労働、パワーハラスメントに係る不法行為責任
事案概要 (1) 本件は、被告(アクサ生命保険㈱)の従業員であり、子の養育のため短時間勤務制度(勤務時間を6時間に短縮するもの)の事実上の適用を受けて育成部長として勤務していた原告が、被告に対し、〈1〉原告が育成社員に対しパワーハラスメントに該当する行為をしたとして受けた懲戒戒告処分は無効であるとして、不法行為責任に基づく慰謝料等(請求1)、〈2〉原告が上司から受けたパワーハラスメントや長時間労働について、被告が使用者として適切な対応を怠った等として、使用者責任ないし安全配慮義務違反・職場環境配慮義務違反による債務不履行責任に基づく慰謝料等(請求2)の各支払を求める事案である。
(2) 判決は、請求1については、被告の懲戒戒告処分は有効であり不法行為の成立は認められないとして棄却し、請求2については、原告の長時間労働を放置したとして被告の安全配慮義務違反による債務不履行責任に基づく慰謝料10万円を認容した。
参照法条 民法415条
民法623条
体系項目 懲戒・懲戒解雇/3 懲戒権の濫用
労働契約 (民事)/労働契約上の権利義務/ (16) 安全配慮 (保護) 義務・使用者の責任
裁判年月日 令和2年6月10日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成29年(ワ)38309号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 労働判例1230号71頁
労働経済判例速報2432号3頁
審級関係 確定
評釈論文 岡正俊・労働経済判例速報2432号2頁2021年1月20日
経営法曹研究会報102号1~77頁2021年7月
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇/3 懲戒権の濫用〕
(1)本件懲戒処分の対象となった事実関係については、原告自身も認めているところ、育成社員Hは、育児を理由として、被告において午後4時までの短時間勤務を認められていた者であったが、その在職中、帰宅後の午後7時や午後8時を過ぎてから、遅いときには午後11時頃になってから、原告から電話等により業務報告を求められることが頻繁にあったというのである。その態様や頻度に照らしても、このような行為は、業務の適正な範囲を超えたものであると言わざるを得ず、また、育成部長の立場にあった原告が、育成社員であったHに対し、その職務上の地位の優位性を背景に精神的・身体的苦痛を与える、又は職場環境を悪化させる言動を行ったと評価できるものであって、パワーハラスメントに該当し、懲戒事由となるものである。
〔労働契約 (民事)/労働契約上の権利義務/ (16) 安全配慮 (保護) 義務・使用者の責任〕
(2)G支社長によるパワーハラスメントを認めるに足りる証拠はないものの、原告が平成27年1月に育成部長に昇任して以降、G支社長は原告が所定労働時間を超えて就労していること、実際の退社時刻が午後7時ないし8時であったことを認識しており、F営業所長も、原告が短時間勤務の適用を事実上受けていたことについては当初から知っていたものの、原告の退社時刻はおおむね午後6時から8時頃であったとの認識を述べていること、平成28年11月24日の時点で、被告の営業社員労働組合が、各地区の「営業管理職オルグ」において、多くの営業管理職から深刻な長時間労働の実態について苦情が出されている状況を踏まえ、営業管理職の勤務状況等に関するアンケートを実施していること、原告は、G支社長に対し、遅くとも平成29年3月頃には、長時間労働について相談し、その改善を求めたこと、原告は、平成29年5月11日、L統括部長に対し、Hに対する原告のパワーハラスメントに関する事情聴取を受けた際、帰宅時間が20時ないし22時になってしまうこともあったこと、育児を理由とする短時間勤務制度があるから入社したが同制度の利用を認めてもらえないこと、G支社長及びF営業所長から、営業管理職は休日活動の振替休日を取らなくてよいと指導されたこと、育成部長になってから当初の一年間は全く休暇を取れなかったこと等を伝えたこと、平成29年10月30日、A1営業所が立川労働基準監督署から「営業社員に関して、週40時間を超え労働させているにもかかわらず、法定の率以上の割増賃金を支払っていないこと」「育成部長職の者に対して、法定の率以上の割増賃金を支払っていないこと」等を理由とする是正勧告を受けたこと(なお、同監督署からの勧告は、長時間労働の是正を直接促すものではないが、週40時間を超えて労働させていることの指摘を含んでおり、安全配慮義務違反を根拠付ける一事情として評価するのが相当である。)、被告が組合との間で時間外労働及び休日労働に関する労使協定を締結したのは平成30年5月18日であること等の事情が認められるのであり、これらを踏まえると、被告は、遅くとも平成29年3月から5月頃までには、三六協定を締結することもなく、原告を時間外労働に従事させていたことの認識可能性があったというべきである。しかしながら、被告が本件期間中、原告の労働状況について注意を払い、事実関係を調査し、改善指導を行う等の措置を講じたことを認めるに足りる主張立証はない(G支社長が、平成27年12月8日に、営業所長に提出すべきリストの作成業務について、時間外には行わないようにとのメールを原告に送信していること等の事情は上記認定を左右するものとはいえない。)。したがって、被告には、平成29年3月から5月頃以降、原告の長時間労働を放置したという安全配慮義務違反が認められる。