全 情 報

ID番号 09369
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 レジェンド元従業員事件
争点 競業避止義務
事案概要 (1) 本件は、保険代理業を主たる業務とする原告(株式会社レジェンド)の元従業員である被告が、〈1〉原告在職中に競業会社の使用人になったこと、〈2〉原告在職中に競業避止義務に違反したこと、〈3〉原告退職後の競業避止義務に違反したこと、〈4〉原告退職後の秘密保持義務に違反したことにより、原告在職中に被告が担当していた顧客の一部が、原告において保険契約を更新しなかったため、原告に損害が生じたと原告が主張して、原告が被告に対し、債務不履行(前記〈1〉~〈4〉の債務不履行のうち少なくとも1つ)による損害賠償請求権に基づき、原告に生じた損害の一部(A病院(原告に入社前からの被告の既存顧客)との保険契約が更新できていれば得られたであろう代理店手数料収入の部分。)の支払を求める事案である。
(2)判決は、原告と被告との間の競業避止特約は、被告が、原告退職後、競業会社に就職又は競業会社を起業した場合に、少なくとも原告退職後2か月の間は、被告既存顧客を含む原告の顧客に対する一切の契約締結に向けた営業活動(顧客からの求めに応じた場合を含む。)をしてはならないことを合意する限度で有効であるとして、原告の被告に対する損害賠償請求を認容した。
参照法条 民法415条
体系項目 労働契約 (民事)/4 労働契約上の権利義務/ (18) 競業避止義務
裁判年月日 令和2年6月17日
裁判所名 福岡地小倉支
裁判形式 判決
事件番号 平成29年(ワ)972号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 労働判例1241号79頁
審級関係 控訴
評釈論文
判決理由 〔労働契約 (民事)/4 労働契約上の権利義務/ (18) 競業避止義務〕
(1)何人にも営業の自由が保障されていること(憲法22条1項)からすれば、雇用契約上の使用者と被用者との間における、雇用契約終了後の被用者の競業を避止すべき義務を定める合意については、それが、使用者の正当な利益の保護を目的とするものであるとしても、被用者の契約期間中の地位、競業が禁止される業務・期間・地域の範囲、使用者による代償措置の有無等の諸事情を考慮し、その合意が合理性を欠き、被用者の上記自由を不当に害するものである場合には、公序良俗に反するものとして無効となると解することが相当である。
(2)本件競業避止特約は、原告の顧客の維持を目的とするものであるところ、原告の顧客が、引き続き原告において保険契約を更新するかどうかは、顧客が自由に選択できるものであるが、〈1〉特に本件病院のような大口の保険契約を新規に獲得することは、その契約を更新することに比べると相当に困難であり、既存顧客は、保険代理店である原告の経営を安定化させるための重要な財産であること、〈2〉原告のような訪問型の保険代理店の場合、各顧客の担当者が基本的な窓口として顧客に対応していることから、担当者個人と顧客との関係性が強固になりがちなため、担当者が競業会社に転職するなどした後に、当該顧客を勧誘することを許せば、比較的容易に契約を奪われる可能性があること、〈3〉本件競業避止特約によって、顧客の選択の自由も制限されるものの、制限される対象は、被告が関与する取引に限られるため、その制限の程度は比較的小さいことなどからすると、本件競業避止特約によって、原告が顧客の維持を図る必要性は高く、被告の競業を制限することについて一応の合理性が認められる。
(3)しかしながら、新規に保険契約を獲得することが、契約を更新することに比べて相当に困難であるとしても、原告の関わりなく被告が獲得した顧客(被告既存顧客)に関しては、原告が当該顧客を維持する必要性は低い一方で、被告の営業の自由を保護すべき必要性はより高いものといえる。
 この点、被告既存顧客についても、被告が原告に在職している期間は、原告の関与の下で契約が維持(更新)されていたものであるが、契約を維持するために必要な労力(投下した資本等)は、新規顧客獲得時の労力と比べると、それほど大きいものとは考えられない一方で、原告は、契約が維持されることによる報酬を一定程度得ていたものであるから、原告が当該顧客を維持する必要性は低いものといえる。
 そうすると、本件競業避止特約は、被告既存顧客か否かを問わず、一律に、期限の定めも、何らの代償措置もなく、被告が営業活動をすることを禁止するものであるから、不当に、原告の営業の自由及び顧客の選択の自由を奪うものであり、その全てを有効と解することは、公序良俗に反して許されないものと認める。
(4)ただし、被告は、原告在職中、原告の従業員として、原告のために職務を行うべき義務を負うものであるから、近い時期に競業会社に転職等する予定があったとしても、原告在職中は、被告既存顧客であるか否かを問わず、原告において保険契約が締結されるように努めなければならないところ、転職後まもない時期に、競業会社において、原告の顧客に対し営業活動をすることは、在職中の職務懈怠を強く推認させるものであるから、競業会社に転職後まもない時期の、原告の顧客に対する営業活動を制限することは、その相手が被告既存顧客であり、かつ、代償措置がないとしても、必要かつ合理的な制限であるといえる。
 そして、その制限すべき期間については、被告が原告在職中、2カ月先までの契約を更新するように指示されていたことも踏まえると、少なくとも2か月間とするのが相当である。