全 情 報

ID番号 09370
事件名 損害賠償請求控訴事件
いわゆる事件名 レジェンド元従業員事件
争点 競業避止義務
事案概要 (1) 本件は、保険代理業を主たる業務とする一審原告(株式会社レジェンド)の元従業員である一審被告が、〈1〉一審原告在職中に競業会社の使用人になったこと、〈2〉一審原告在職中に競業避止義務に違反したこと、〈3〉一審原告退職後の競業避止義務に違反したこと、〈4〉一審原告退職後の秘密保持義務に違反したことにより、一審原告在職中に被告が担当していた顧客の一部が、一審原告において保険契約を更新しなかったため、一審原告に損害が生じたと主張して、一審原告が被告に対し、債務不履行(前記〈1〉~〈4〉の債務不履行のうち少なくとも1つ)による損害賠償請求権に基づき、一審原告に生じた損害の一部(A病院(一審原告入社前からの一審被告の既存顧客)との保険契約が更新できていれば得られたであろう代理店手数料収入の部分。)の支払を求める事案である。
(2) 原審判決は、一審原告と一審被告との間の競業避止特約は、一審被告が、一審原告退職後、競業会社に就職又は競業会社を起業した場合に、少なくとも一審原告退職後2か月の間は、一審被告既存顧客を含む原告の顧客に対する一切の契約締結に向けた営業活動(顧客からの求めに応じた場合を含む。)をしてはならないことを合意する限度で有効であるとして、一審被告に対する損害賠償請求を認容した。これに対し、一審被告が控訴した。
(3)判決は、一審被告の行為は競業避止義務違反には当たらないとして、原審判決を取り消し、一審原告の請求は理由がないとしてその請求を棄却した。
参照法条 民法415条
体系項目 労働契約 (民事)/4 労働契約上の権利義務/ (18) 競業避止義務
裁判年月日 令和2年11月11日
裁判所名 福岡高
裁判形式 判決
事件番号 令和2年(ネ)438号
裁判結果 原判決取消
出典 労働判例1241号70頁
審級関係 上告、上告受理申立て
評釈論文
判決理由 〔労働契約 (民事)/4 労働契約上の権利義務/ (18) 競業避止義務〕
(1)本件競業避止特約は、その内容からして、一審原告がその顧客を維持する利益を確保することを目的とすると認められる。一審原告は、保険代理店業を営む会社であり、顧客の獲得や維持について費用や労力をかけていると認められるから、顧客を維持する利益は一定の保護に値するといえる。
 しかし、本件競業避止特約によって課されるような退職後の競業避止義務は、労働者の営業の自由を制限するものである。このような退職後の競業避止義務については、労働者と使用者との間で合意が成立していたとしても、その合意どおりの義務を労働者が負うと直ちに認めることはできず、労働者が負う競業避止義務による不利益の程度、使用者の利益の程度、競業避止義務が課される期間、労働者への代償措置の有無等の事情を考慮し、競業避止義務に関する合意が公序良俗に反して無効であると解される場合や、合意の内容を制限的に解釈して初めて有効と解される場合があるというべきである。
(2)一審被告既存顧客からの収益については、一審被告の貢献が大きいにもかかわらず、本件競業避止特約によって一審被告が負う競業避止義務では、一審被告が一審被告既存顧客に対して営業活動を行うことも禁じられており、他方で、一審被告が上記競業避止義務を負うことの代償措置は講じられておらず、一審被告が一審原告から受領していた賃金や報酬が実質的な代償措置であるということもできない。
 こうした事情の下では、本件競業避止特約により、一審被告が、一審原告退職後に、一審被告既存顧客を含む全ての一審原告の顧客に対して営業活動を行うことを禁止されたと解することは、公序良俗に反するものであって認められない。そして、本件競業避止特約の内容を限定的に解釈することにより、その限度では公序良俗に反しないものとして有効となると解する余地があるとしても、少なくとも、一審被告が一審被告既存顧客に対して行う営業活動のうち、当該顧客から引き合いを受けて行った営業活動であって、一審被告から一審被告既存顧客に連絡を取って勧誘をしたとは認められないものについては、本件競業避止特約に基づく競業避止義務の対象に含まれないと解するのが相当である。
(3)一審被告は一審原告退職後に一審原告の顧客であった本件病院に対して保険契約の提案をして、契約に至ったものであるが、本件病院は一審被告既存顧客であり、かつ、一審被告による本件病院に対する営業活動は、一審被告から保険の話を聴くことを希望した本件病院が一審被告に連絡したことを受けて行ったものであって、一審被告から一審被告既存顧客に連絡を取って勧誘をしたとは認められない。
 したがって、一審被告が一審原告退職後に本件病院に対して行った営業活動が、本件競業避止特約によって一審被告が負った競業避止義務に違反したと認めることはできない。