全 情 報

ID番号 09514
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 日本郵便事件
争点 上司の暴行による職場環境配慮義務
事案概要 (1)本件は、日本郵便株式会社(以下「被告会社」という。)のD郵便局において、期間雇用社員として勤務していた原告(女性)が、被告会社の社員であり上司であった被告YからD郵便局内において原告の背後からその口付近にガムテープを貼って剥がす行為(以下「本件行為」という。)を受けて下口唇の皮がまばらに剥がれ下口唇全体が赤く腫れ上がるなどの傷害を負い、その後の被告会社の不適切な対応も相まって、精神疾患が発症又は悪化したなどとして、被告Yに対しては、不法行為に基づき、被告会社に対しては、使用者責任又は安全配慮義務違反若しくは職場環境配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づき、1712万2277円及びこれに対する不法行為日から支払済みまで遅延損害金の連帯支払を求める事案である。
(2)判決は、被告会社の職場環境配慮義務違反を認めた上で、過失相殺を4割として、原告に対し被告会社と被告Yが連帯して約195万円の支払を命じた。
参照法条 労働契約法5条
民法722条
体系項目 労働契約 (民事)/ 労働契約上の権利義務/ (24) 職場環境調整義務
裁判年月日 令和4年6月29日
裁判所名 熊本地裁玉名支部
裁判形式 判決
事件番号 平成30年(ワ)74号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 D1-Law.com判例体系
審級関係 控訴
評釈論文
判決理由 〔 労働契約 (民事)/ 労働契約上の権利義務/ (24) 職場環境調整義務 〕
(1) 被用者が、使用者の事業の執行行為を契機とし、これと密接な関連を有すると認められる行為によって加えた損害は、「事業の執行について」(民法715条1項)加えられた損害に当たる(最高裁判所昭和44年11月18日第三小法廷判決・民集23巻11号2079頁参照)。本件行為は、原告及び被告Yの職場である郵便局内において、原告の作業中に、梱包用の資材のガムテープを用いて行われたものであるが、被告Yが業務と関連して行ったものとは認められず、被告会社の事業と関係性のある行為とはいえないから、被告会社の事業の執行と密接な関連を有するということはできない。したがって、本件行為による損害は、被告会社の「事業の執行について」加えられた損害に当たらない。
(2) 被告会社は、ハラスメント相談窓口を設けて社員に周知していたほか、コンプライアンス・ハンドブックを社員に配布するなどしてハラスメント防止の啓発活動を行っており、職場におけるハラスメント防止のための一般的な防止策をとっていたということができる。G局長は、被告Yを含む局員全員に対して、業務時間中は互いの呼び方にけじめをつけるように指導していたところ、原告や他の社員が被告会社に被告Yのハラスメント行為等を申告した事実はなく、原告と被告Yは他の社員から仲が良いと認識されるような状況であったことからすると、被告会社において、被告Yが何らかのハラスメント行為をすることを予見し、これを防止するための具体的な注意指導を行うべき義務があったとは認められない。したがって、本件行為の予防について、被告会社が安全配慮義務に違反したとは認められない。
(3) G局長は、本件行為があった当日の夜、原告から、上司である被告Yからガムテープを口に貼られて剥がされ、唇が腫れている旨の訴えを受けたのであるから、被告会社は、原告との労働契約に付随する職場環境配慮義務として、本件行為が被告会社の事業の執行について行われたものではなかったとしても、原告が職場復帰できるよう、事実関係を調査し、その調査結果に基づき、被告Yに対する注意指導や配置換え等を含む人事管理上の適切な措置を講じるべき義務を負うと解するのが相当である。
 G局長は、原告からの体調の報告や送付された写真の内容を適切に考慮せず、被告Yやアルバイト従業員Lの説明を基に、本件行為が軽微な行為であったと判断し、本件の事実調査について、原告に対して面談を求めるのみで、診断書の提出を求めるなどしなかったのであって、使用者として行うべき必要な事実調査を怠ったものといわざるを得ない。
 また、G局長は、原告から本件行為についての訴えを聞いた際、原告の体調を気遣いつつも、「かわいくてちょっかい出しただけ。」などと言ったほか、後日、原告に対して、再度、同旨の発言をした上、被告Yへの注意指導について、「女の子だからしちゃ駄目よときつく言っておいたから。」などと説明しており、これらの発言は、原告に対して、被告会社が本件を軽く受け止め、職場復帰に向けて真剣に調整することを期待できないという印象を抱かせるものであり、原告の職場復帰を阻害する不適切な発言であった。
 さらに、G局長は、被告Yが平成27年12月にD郵便局に配置されないよう調整しているところ、これは原告にとって職場復帰の意向を判断するための重要な情報であり、しかも原告にメールで容易に伝えることができたにもかかわらず、これを原告に伝えていないのであり、この点においても、原告の職場復帰に向けた調整における対応が不十分であった。
 これらの事情からすると、本件行為が被告会社の事業の執行について行われたものでなく、その予防について被告会社の安全配慮義務違反もないことや、原告がG局長との面談を拒んでいたことなどの事情を踏まえても、被告会社は、使用者として本件行為について適切な事実調査や原告の職場復帰に向けた調整等を行うべき職場環境配慮義務を怠ったものと認められる。
(4)原告の精神症状の発症時期、内容及び経過をみると、本件行為による心理的負荷が相当程度強いものであったことや、G局長の対応が原告の精神状態の悪化に寄与していることを踏まえても、原告の精神症状の内容及び程度は、本件行為及び被告会社の義務違反によって通常発生する程度・範囲を超えているものと認められる。
 以上の諸事情を考慮すると、損害の公平な分担という見地から、民法722条の類推適用により、損害額について4割を減額するのが相当である。