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ID番号 09530
事件名 未払賞与請求事件
いわゆる事件名 医療法人佐藤循環器科内科事件
争点 死亡労働者に係る賞与の支給日在職要件の有効性
事案概要 (1)本件は、原告の子である亡Aが、診療所や有料老人ホーム等を運営する医療法人である被告(医療法人佐藤循環器科内科)に正職員として雇用され、被告の運営する有料老人ホーム等で勤務していたところ、令和元年の夏季賞与の支給日の20日前に病死し被告を退職したため、被告は亡Aが本件夏季賞与の支給日に在籍していなかった以上、賞与の支給日在籍要件を定める就業規則の適用により、賞与支払請求権は具体的権利として発生していないなどとして、当該夏季賞与の支払がされなかったことに関し、亡Aの相続人である原告が、被告に対し、未払夏季賞与として28万2305円及び遅延損害金の支払を求める事案である。
(2)判決は、賞与に係る支給日在籍要件の適用は、民法90条(平成29年法律第44号による改正前のもの)により排除されるべきであるとして、原告の請求を認容した。
参照法条 民法90条
労働基準法11条
労働基準法24条
体系項目 賃金 (民事)/ 賞与・ボーナス・一時金/ (3) 支給日在籍制度
裁判年月日 令和4年11月2日
裁判所名 松山地裁
裁判形式 判決
事件番号 令和3年(ワ)94号
裁判結果 認容
出典 判例時報2583号79頁
労働判例1294号53頁
審級関係 確定
評釈論文 水町勇一郎(東京大学労働法研究会)・ジュリスト1585号131~134頁2023年6月
判決理由 〔 賃金 (民事)/ 賞与・ボーナス・一時金/ (3) 支給日在籍制度 〕
(1)被告における賞与は、査定の過程を経て、被告の経営状況等を含む諸般の事情を踏まえて支給の可否及びその額が確定されるものであって、一般に賞与が有するとされる複合的な性格、すなわち、賃金の後払いとしての性格に加えて、功労報償的な意味合いや、将来の貢献を期待する勤労奨励的な性格も併せ持つものであると解される。
(2)賃金規程によれば、被告理事長の査定を経て賞与の支給の可否や支給額が定まる建前にはなっているものの、被告において、夏季賞与額は、原則として、その支給される年の基本給1か月分の額に1.5を乗じた額にて算定される取扱いが定着しており、このように算定された夏季賞与の支給見込み額は、前年の12月に従業員に被告理事長名にて通知される運用とされ、考課対象期間に産休や育休などで長期欠勤していた等の事情で当該通知額と実際の支給額とに差異が生じることはあったものの、業績を原因としてその金額が変動したことはなかったと認められる。
 また、考課対象期間満了後、賞与の支給前に予定されている被告理事長の支給決定手続は、考課対象期間中における当該従業員の勤務実績や人事考課等に関する評価といった実質を伴うものではなく、むしろ支払のための形式的な事務手続としての側面が大きかったものと考えるのが合理的である。
 これらによれば、考課対象期間中に被告に在籍し、かつその期間中、長期欠勤などの夏季賞与の支給額が上記通知額を下回るような事情の存しない従業員の夏季賞与の支給額は、当該考課対象期間満了日の経過をもって、具体的に確定したと評価されるものと認められる。
(3)賞与の支給日在籍要件によって、賞与の支給要件が明確な基準で定められることにより、労働者は、自らが予定ないし企図する退職時期と賞与の支給予定日とを比較対照することで、自らが賞与の支給対象となるか否かを予測することができ、労働者に不測の損害が生じることを避けることができるという利点があることも考慮すれば、支給日在籍要件には合理性が認められ、この点について当事者に争いはない。
 もっとも、本件のような病死による退職は、整理解雇のように使用者側の事情による退職ではないものの、定年退職や任意退職とは異なり、労働者は、その退職時期を事前に予測したり、自己の意思で選択したりすることはできない。このような場合にも支給日在籍要件を機械的に適用すれば、労働者に不測の損害が生じ得ることになる。また、病死による退職は、懲戒解雇などとは異なり、功労報償の必要性を減じられてもやむを得ないような労働者の責めに帰すべき理由による退職ではないから、上記のような不測の損害を労働者に甘受させることは相当ではない。そして、賞与の有する賃金の後払いとしての性格や功労報償的な意味合いを踏まえると、労働者が考課対象期間の満了後に病死で退職するに至った場合、労働者は、一般に、考課対象期間満了前に病死した場合に比して、賞与の支給を受けることに対する強い期待を有しているものと考えるのが相当である。
(4)本件においては、亡Aが、本件夏季賞与に係る考課対象期間中、長期欠勤等なく稼働していたことによって、本件夏季賞与の支給額は、上記考課対象期間満了日の経過をもって既に具体的に確定していたものと評価される状態にあったのであるから、亡Aの本件夏季賞与の支給を受けることに対する期待は、単なる主観的な期待感の類いのものではなく、法的な保護に値し得るだけの高い具体性を備えたものであったといえる。
 また、亡Aが病死により被告を退職したのが本件夏季賞与の支給日の20日前であったという事情も考慮すれば、本件夏季賞与について、本件支給日在籍要件を機械的に適用して、本件夏季賞与に係る賞与支払請求権の発生を否定することは、亡Aにとって、あまりに酷であるといわざるを得ない。
 以上のことを考慮すると、亡Aに対する本件夏季賞与についての本件支給日在籍要件の適用は、民法90条により排除されるべきであり、亡Aが本件夏季賞与の支給日において被告に在籍していなかったことは、本件夏季賞与に係る賞与支払請求権の発生を妨げるものではないと認められる。