ID番号 | : | 09536 |
事件名 | : | 地位確認等請求事件(20153号)、退職金請求事件(31095号) |
いわゆる事件名 | : | 伊藤忠商事ほか事件 |
争点 | : | データの不正アップロードに係る懲戒解雇の有効性 |
事案概要 | : | (1)本件は、伊藤忠商事株式会社(以下「被告会社」という。)との間で雇用契約を締結して勤務し、被告会社に対して自主退職をする旨の意思表示をした後、予定されていた退職日までの間に、有用性及び非公知性があって、機密情報に当たる情報をも含む、被告社内システムの仮想デスクトップ上領域に保存されていた合計3325個、容量合計2.4GBのファイルを内包したフォルダ及びクラウドストレージである「O」に保存されていたExcelファイルを、社外のクラウドストレージの自己のアカウント領域にアップロードして、被告会社の管理が及ばない領域に移転させたことを理由として懲戒解雇された原告が、当該懲戒解雇は懲戒権及び解雇権の濫用に当たり、労働契約法15条及び16条に反し、違法かつ無効であって、原告は、予定されていた退職日に自主退職したものであると主張して、〈1〉被告会社に対し、退職をする旨の意思表示をした後に被告会社から支給に関する説明を受けた、変動給(夏期賞与)の按分支払分等の支払(第1事件)を求めるとともに、〈2〉被告会社の企業年金基金である伊藤忠商事企業年金基金(以下「被告基金」という。)に対し、退職金210万2400円等の支払(第2事件)を求める事案である。 (2)判決は、本件懲戒解雇は有効であり、被告会社は変動給の支払い義務は負わず、被告基金は、脱退一時金の給付の全部又は一部を行わないことができるなどとして、原告の請求を棄却した。 |
参照法条 | : | 労働契約法15条 労働契約法16条 確定給付企業年金法54条 不正競争防止法2条 不正競争防止法21条 |
体系項目 | : | 懲戒・懲戒解雇/懲戒事由/ (3) 職務上の不正行為 |
裁判年月日 | : | 令和4年12月26日 |
裁判所名 | : | 東京地裁 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 令和2年(ワ)20153号 /令和3年(ワ)31095号 |
裁判結果 | : | 棄却 |
出典 | : | 労働経済判例速報2513号3頁 D1-Law.com判例体系 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | 末啓一郎・労働経済判例速報2513号2頁2023年6月10日 古賀修平・労働法律旬報2038号29~30頁2023年8月25日 熊谷善昭・経営法曹218号83~89頁2023年12月 植田達(東京大学労働法研究会)・ジュリスト1596号136~139頁2024年5月 松井博昭・季刊労働法285号206~207頁2024年6月 佐藤蒼依、土田道夫(×同志社大学労働法研究会)・同志社法学76巻1号165~204頁2024年4月 |
判決理由 | : | 〔懲戒・懲戒解雇/懲戒事由/ (3) 職務上の不正行為〕 (1) 本件データファイル等は営業秘密を含むものではないから、その余の点について判断するまでもなく、本件アップロード行為が不正競争防止法21条3号ロに違反する行為に当たるということはできない。 本件アップロード行為は、不正競争防止法違反行為には当たらず、「職務に関し、法令に違反する」(被告会社就業規則28条1号)行為であったということはできない。 (2) 原告は、これは後任者であるDへの引継ぎのためにしたものであると主張するが、対象となった本件データファイル等の量のほか、その中に含まれる本件詳細主張ファイル群の内容からして、本件データファイル等の大部分は引継ぎには必要ない情報であったと推認される上に、原告が、以前の転職先から被告会社に持ち込んでいた情報についても、同様に原告のアカウント領域にアップロードを試みていることからすれば、本件アップロード行為が引継業務の目的でされたものではなかったことは明らかであるというべきである。この点に関する原告の主張は採用することができない。 本件アップロード行為は、原告自身又は被告会社以外の第三者のために退職後に利用することを目的としたものであったことを合理的に推認することができる。 したがって、本件アップロード行為は、被告会社就業規則28条6号において禁止される、職務上知り得た被告会社及び取引関係先の機密情報を「不正に目的外に利用する」行為(同号イ)及び会社の文書、帳簿(電子データ等を含む。)等を「不正に目的外に利用する」行為(同号ロ)に該当する。 他方、本件アップロード行為から本件データファイル等が削除されるまでの経緯からすれば、本件アップロード行為後に本件データファイル等が原告の支配領域から出たことを認めることはできず、本件アップロード行為は、被告会社就業規則28条6号ハの定める「漏洩」行為には当たらないというべきである。 (3) 本件アップロード行為は、原告自身又は被告会社以外の第三者のために退職後に利用することを目的として、被告社内システム及びOに保存されていた有用性及び非公知性のある情報を含む極めて大量の情報を、被告会社の管理が及ばない領域に移転する行為であり、他に何らかの正当な目的があることもうかがわれない。したがって、本件アップロード行為は、被告会社就業規則28条4号によって禁止される、「職務上の任務に背き、本人の利益を図」る行為(同号ニ)に該当する。 (4) 原告は、本件アップロード行為を行ったことにより、「服務規律に違反」し(被告会社就業規則66条1号)、「その他会社の諸規程又は諸規則に関する違反があった」(同条8号)という懲戒事由に該当したものと認めることができる。 (5) 本件データファイル等ないし本件詳細主張ファイル群が被告会社にとって重要であり、本件アップロード行為が悪質であって、事後的な救済は実効性に欠けるという非違行為としての特殊性を前提とすれば、被告会社の利益を守り、社内秩序を維持する上では、原告が、被告会社を退職し、他社へ転職する直前の時期に行った本件アップロード行為に対し、被告会社に金銭的損害が生じたことを認めることができず、また、原告に被告会社での懲戒処分歴及び非違行為歴がないことを考慮しても、懲戒解雇処分をもって臨むのもやむを得ないというべきであり、本件懲戒解雇は社会通念上相当なものと認めることができ、権利濫用には当たらないというべきである。 (6) 原告による職務上知り得た被告会社及び取引先の機密情報並びに会社の文書、帳簿の不正な目的外使用、公私混同行為を理由とする本件懲戒解雇は有効であり、被告基金は、被告会社退職年金規程7条、被告基金規約52条3項2号、3号の定めにより、脱退一時金の給付の全部又は一部を行わないことができる。 |