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ID番号 09543
事件名 賃金等請求事件
いわゆる事件名 住友生命保険(費用負担)事件
争点 賃金控除の有効性
事案概要 (1)本件は、被告(住友生命保険相互会社)の営業職員である原告が、被告に対し、被告が原告の賃金から業務上の経費(「携帯端末使用料」、「会社斡旋物品代」(住生物産及び住生物産以外が提供者である物品について、営業職員が本件携帯端末を用いて各自で直接個別注文するか、又は、拠点事務担当者に代理で個別注文するよう依頼して注文することとなる物品購入にかかる費用)、「機関控除金」(会社斡旋物品代以外の会社斡旋物品の注文方法以外の方法により毎月支部単位で注文を取りまとめるものにかかる費用。「募集資料コピー用紙トナー代」を含む。)、:以下「本件費用」という。)を控除したことは労働基準法24条1項の賃金全額払の原則に反し許されないなどと主張して、当該金員の支払を求めるとともに、被告の業務のために携帯電話を使用したと主張して携帯電話料金の支払を求めた事案である。
(2)判決は、原告と被告との間で賃金控除の合意が存在するとは認められないなどとし労働基準法24条1項に反するとして、原告の請求の一部を認容した。
参照法条 民法702条
民法703条
民法704条
改正前民法【平成29年6月2日法律第44号改正前】
労働基準法16条
労働基準法24条
労働基準法89条
体系項目 賃金 (民事) /賃金の支払い原則/ (3) 全額払・相殺
裁判年月日 令和5年1月26日
裁判所名 京都地裁
裁判形式 判決
事件番号 令和1年(ワ)3008号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 労働判例1282号19頁
労働法律旬報2037号44頁
D1-Law.com判例体系
審級関係 控訴
評釈論文 渡辺輝人・季刊労働者の権利350号107~111頁2023年4月
橋本陽子・ジュリスト1585号4~5頁2023年6月
藤木貴史・労働判例1282号5~18頁2023年5月1日
三笘裕/監修/金田裕己・ビジネス法務23巻9号14頁2023年9月
岩崎友就・経営法曹218号44~59頁2023年12月
石田信平・法学セミナー69巻3号116~117頁2024年3月
井村真己・速報判例解説〔33〕―新・判例解説Watch〔2023年10月〕(法学セミナー増刊)303~306頁2023年10月
判決理由 〔賃金 (民事) /賃金の支払い原則/ (3) 全額払・相殺〕
(1)賃金は、直接労働者に、その全額を支払わなければならず(賃金全額払の原則。労働基準法24条1項本文)、使用者が賃金支払の際に適法に控除を行うためには、書面による協定が必要である(同項ただし書)。賃金全額払の原則の趣旨とするところは、使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し、もって労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の経済生活を脅かすことのないようにしてその保護を図ろうとするものである。
 同項ただし書については、購買代金、社宅、寮その他の福利、厚生施設の費用、社内預金、組合費等、事理明白なものについてのみ、労使協定によって賃金から控除することを認める趣旨であるとされ、少なくとも〈1〉控除の対象となる具体的な項目、〈2〉各項目別に定める控除を行う賃金支払日が記載される必要があると考えられている(昭和27年9月20日基発675号、平成11年3月31日基発168号。甲20)。
 以上を踏まえると、事理明白なものとは、労働者が当然に支払うべきことが明らかなものであり、控除の対象となることが労働者にとって識別可能な程度に特定されているものでなければならないが、労働者がその自由な意思に基づいて控除することに同意したものであれば、労働者が当然に支払うべきことが明らかなものに該当すると認めることができ、上記規定に違反するものとはいえないと解するのが相当である。
(2) 本件についてみるに、控除の対象となることが労働者にとって識別可能な程度には特定されているものと認められ、また、控除される賃金支払日も「毎月24日」と定められている。そうすると、控除対象項目が、労働者がその自由な意思に基づいて同意したものであれば、労働者が当然に支払うべきことが明らかなものとして、労基法に違反するものではないといえる。
 したがって、被告と組合との間の「賃金控除に関する協定」(以下「本件協定」という。)は、労働者がその自由な意思に基づいて同意したものに適用する限りにおいては、事理明白なものであり、有効であると認められる。
(3) 本件協定は、労働基準法24条1項ただし書の協定として、同項本文の原則違反を免れさせるものであるが、労働契約上、賃金からの控除を適法なものとして認めるためには、別途、労働協約又は就業規則に控除の根拠規定を設けるか、対象労働者の同意を得ることが必要である。
(4) 原告の請求期間(平成29年5月分~令和2年3月分)のうち、平成30年12月分までについては、本件協定が存在し、かつ、原告と被告との間で有効な個別合意が成立していると認められるから、原告の賃金から募集資料コピー用紙トナー代を除く本件費用を控除したことは適法である。
 一方で、原告の請求期間のうち、平成31年1月分以降については、本件協定が存在するものの、原告が平成30年11月27日、一審被告京都支社総務部長に対し、平成31年1月分の給与からの控除には同意できない旨通知していることから、原告と被告との間で本件合意及び個別合意がいずれも存在するとは認められず、新就業規則の適用があるともいえない以上、原告の賃金から本件費用を控除したことは、労働基準法24条1項に反し許されない。
 また、募集資料コピー用紙トナー代は、物品等の費用とは異なり、各営業職員がその判断に応じて注文するものではなく、印刷量の多寡にかかわらず、休職中などでない限りは、全営業職員に一律に定額で課される負担金であるといえる。このような負担金について、原告と被告との間で個別合意があったことを認めるに足りる証拠はなく、また、前記の賃金全額払の原則の趣旨からすれば、その有効性を認めることも困難であるといわざるを得ない。
(5) 原告が、原告スマホとは別に、業務専用の携帯電話を契約して使用することが必要不可欠であったとまでは認められず、また、本件携帯電話が被告の業務のためにのみ使用されたと認めることもできないから、原告主張の本件携帯電話の料金について、被告のための有益な費用として、その償還をすべきと認めることはできない。