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ID番号 09544
事件名 賃金等請求控訴事件
いわゆる事件名 住友生命保険(費用負担)事件
争点 賃金控除の有効性
事案概要 (1)本件は、一審被告(住友生命保険相互会社)の営業職員である一審原告が、一審被告に対し、一審被告が一審原告の賃金から業務上の経費(「携帯端末使用料」、「会社斡旋物品代」(住生物産及び住生物産以外が提供者である物品について、営業職員が本件携帯端末を用いて各自で直接個別注文するか、又は、拠点事務担当者に代理で個別注文するよう依頼して注文することとなる物品購入にかかる費用)、「機関控除金」(会社斡旋物品代以外の会社斡旋物品の注文方法以外の方法により毎月支部単位で注文を取りまとめるものにかかる費用。「募集資料コピー用紙トナー代」を含む。)、:以下「本件費用」という。)を控除したことは労働基準法24条1項の賃金全額払の原則に反し許されないなどと主張して、当該金員の支払を求めるとともに、一審被告の業務のために携帯電話を使用したと主張して携帯電話料金の支払を求めた事案である。
(2)原判決(京都地裁)は、一審原告と一審被告との間で賃金控除の合意が存在するとは認められないなどとし労働基準法24条1項に反するとして、一審原告の請求の一部を認容した。
  これを不服として、一審原告、一審被告が控訴した。
(3)判決は、原判決を一部変更し、平成31年1月分以降の賃金について、一審被告が行った本件費用の控除は無効であるとして、一審原告の請求のうち、未払賃金19万9470円及び遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余の請求はいずれも理由がないとして棄却した。
参照法条 民法702条
民法703条
民法704条
改正前民法【平成29年6月2日法律第44号改正前】
労働基準法16条
労働基準法24条
労働基準法89条
体系項目 賃金 (民事) /賃金の支払い原則/ (3) 全額払・相殺
裁判年月日 令和5年5月16日
裁判所名 大阪高裁
裁判形式 判決
事件番号 令和5年(ネ)417号
裁判結果 原判決一部変更、控訴一部棄却
出典 労働判例1316号5頁
労働法律旬報2069号59頁
D1-Law.com判例体系
審級関係 上告、上告受理申立て
評釈論文 本久洋一・労働法律旬報2063号31~32頁2024年9月10日
判決理由 〔賃金 (民事) /賃金の支払い原則/ (3) 全額払・相殺〕
(1)本件雇用契約において本件費用を含む営業活動費を一審原告の負担とする旨の本件合意は、経費負担の合意に加えて、その合意を前提とする賃金控除の合意を含むものであると合理的に解される(一審原告は、研修で経費負担について説明を受けるとともに、営業職員として活動する際に必須となる本件費用に係る物品等の注文・精算方法についても説明を受けているはずである。)。
 そうしたところ、本件合意のうち賃金控除の合意については、一審原告の一審被告に対する賃金債権と一審被告の一審原告に対する本件費用に係る債権を相殺する旨の合意の性質を有するところ、賃金全額払いの原則の例外として許容されるためには、その合意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要であるというべきである(最高裁平成2年11月26日第二小法廷判決・民集44巻8号1085頁参照)。
 本件においては、本件合意によって一審原告の負担とすることとなった本件費用を賃金から控除するというものであるところ、本件費用は基本的に一審原告を含む営業職員が個別に注文申込みを行うことによって発生するものであり、営業職員があらかじめその負担を認識することが可能なものであって、相殺の金額も一審原告の給与に対して多くてもおおむね5%以下であることからすると、一審原告にとって賃金控除の影響が大きいとまではいえず、むしろ簡便な相殺処理が継続的にされる点で一審原告にとっても便宜であったとみられる。そして、一審原告は、平成5年3月1日から平成30年11月まで、賃金から控除されることを認識しつつ継続的に本件費用に係る物品等の注文申込みを続けていたものである。加えて、その間、一審原告の自由な意思に基づくことを疑わせるような事情は特に認められない。これらの事情に照らすと、本件合意のうちの賃金控除の合意について、上記期間の間は、一審原告の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在していたと認められる。
(2)募集資料コピー用紙トナー代については、注文行為がなく、営業職員に選択の余地がないものであるが、賃金や営業職員の負担する営業に関する経費の中で占める金額が些少であること、他方で、一審被告から営業職員に対して営業活動に関して一定の手当が支給されていること、上記代金は当該営業所に所属する営業職員が活動するために必要な共同の費用といえること等からすると、それらについて営業職員に選択の余地がないことをもってこれを営業職員に負担させることが無効であるとまではいえない。
 よって、一審原告に対して本件費用に係る物品等の使用が強制されていたとは認められず、このことにより本件合意が無効となるものではない。
(3) 一方、賃金控除(相殺)の合意の性質を有する合意が労働者の自由な意思に基づくものであることを要し、その自由な意思の認定判断は、厳格かつ慎重に行わなければならないことに鑑みると、一審原告が将来にわたる賃金控除を無限定に合意したとまで解するのは相当でなく、本件合意のうち賃金控除の合意部分については、一審原告の自由な意思が存在する限りにおいて効力を有するものというべきである。そうしたところ、一審原告は、平成30年11月27日、一審被告京都支社総務部長に対し、平成31年1月分の給与からの控除には同意できない旨通知しており、これは本件費用全般について給与からの控除に反対する意思を示したものと解することができる。そうすると、同月分以降の賃金控除については、一審原告の自由な意思に基づいたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとは認められないから、その効力を認めることはできないというべきである。