全 情 報

ID番号 09550
事件名 割増賃金等請求事件
いわゆる事件名 医療法人社団誠馨会事件
争点 医師のオンコールの労働時間性
事案概要 (1)本件は、被告(医療法人社団誠馨会)が開設する病院(本件病院)において後期研修医として勤務していた原告が、被告に対し、(1) 雇用契約又は労働基準法37条1項及び同条4項に基づき、本件病院外でのオンコール待機時間等に係る未払の割増賃金等の支払、(2) 労働基準法114条に基づく付加金等の支払、加えて、(3) 長時間労働や上級医によるパワーハラスメントのために適応障害を発症し退職を余儀なくされ損害を被ったと主張して、安全配慮義務の違反による損害賠償金等の支払を求めた事案である。
(2)判決は、原告の時間外労働に係る割増賃金約503万円、付加金約322万円及び安全配慮義務違反による損害賠償金約233万円を認容した。
参照法条 労働基準法32条
労働基準法37条
体系項目 労働時間 (民事)/ 労働時間の概念/ (6) 手待時間・不活動時間
裁判年月日 令和5年2月22日
裁判所名 千葉地裁
裁判形式 判決
事件番号 令和2年(ワ)433号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 労働判例1295号24頁
審級関係 確定
評釈論文
判決理由 〔労働時間 (民事)/ 労働時間の概念/ (6) 手待時間・不活動時間〕
(1)原告が本件病院外でのオンコール当番中に実際に電話対応をした時間及びび本件病院に出勤して勤務した時間が労働時間に該当することは当事者間に争いがない。
ア オンコール当番としての対応
 形成外科のオンコール当番は、形成外科所属医師以外の医師が外科の当直をしている際、形成外科の専門性が高い変化が患者に生じた場合に、当直医等から問合せを受けて、その処置の方法等を説明し、場合によっては出勤して処置等を行い、あるいは切断指ホットラインに対応するといった、緊急性の比較的高い対応のみが求められていた。
イ オンコール当番中の電話対応及びこれに要する時間
 当直医からの問合せは、電話により方法を説明できる程度の処置の内容を説明するものであり、切断指ホットラインは、切断指患者の基本情報等についての救急隊の応答を踏まえて、本件病院から遠方又は外傷が軽微な場合は本件病院での受入れは拒否し、それ以外の場合は上級医に相談した上で救急隊に受け入れる旨の回答をするなどにとどまるから、いずれも長時間の対応を要するものではない。そうすると、原告がオンコール当番中の電話対応の所要時間は、相当に短時間であったと認められる。
ウ 電話対応や出勤が求められた回数等
 本件病院外におけるオンコール待機中の架電は、原告の場合、平日のオンコール当番4回のうち架電がないことが1回程度あり、それ以外は当番1回につき1回以上の架電があり、日曜・祝日のオンコール当番時は、本件病院外で毎度複数回、架電があるにとどまるから、オンコール当番時間の長さに比して電話対応の回数が多いとはいえない。また、当直医には、形成外科系の代表的な疾患に係る初期対応の指針を記載した文書が交付されており、当該書面に記載されていない事象が生じたなどの限定的な場合のみオンコール対応が求められていたこともうかがわれる。切断指ホットラインも、切断指症例自体が比較的珍しく、切断指患者が本件病院のある千葉県以外の隣接都県からも搬送されることを考慮しても、原告の退勤後から翌日の出勤までの間に切断指患者の受入れ如何を判断しなければならない事態が頻繁に生じていたとは考え難い。そうすると、原告が、私生活上の自由時間が阻害されるような電話対応を余儀なくされていたということはできない。
エ 場所的拘束、オンコール待機時間中の行動等
 オンコール当番医が処置等のために出勤することがあり得ることからすれば、本件病院から遠方に滞在することができないという事実上の制約があったとは認められるものの、それ以上に、本件病院外でのオンコール待機時間中の所在に制約があったとは認められず、被告がオンコール当番医の本件病院外での待機場所を逐一把握していたとも認められない。
 また、被告は、本件病院外での待機中の行動等について原告に特段の指示をしていたわけではなく、原告は、本件病院外で、食事や入浴、睡眠を取ることもできた。
 これらに加え、上記イ及びウで認定したオンコール対応時間や頻度も考慮すれば、本件病院外でのオンコール待機時間中の原告の生活状況は、オンコール当番日でない本件病院外での私生活上の自由時間の過ごし方と大きく異なるものであったとは認められない。
オ 以上のとおり、オンコール当番医は、本件病院外においては、緊急性の比較的高い業務に限り短時間の対応が求められていたに過ぎないものであり、原告については、これを求められた頻度もさほど多くないものと認められる。そうすると、本件病院外でのオンコール待機時間は、いつ着信があるかわからない点等において精神的な緊張を与えるほか、待機場所がある程度制約されていたとはいえるものの、労働からの解放が保障されていなかったとまで評価することはできない。
 したがって、原告は本件病院外でのオンコール待機時間中は、被告の指揮命令下に置かれていたとはいえず、当該時間は労働時間に該当しない。
(2) 原告が、本件病院外でのオンコール待機時間中に本件病院からの電話連絡に対応した時間を正確に認定するに足る的確な証拠はない。
 しかしながら、前記のとおりオンコール当番医として要請される電話対応がいずれも短時間で終えることができるものであったこと、平日のオンコール当番を4回担当すると本件病院外で3回程度、日曜・祝日のオンコール当番時は、本件病院外で毎度複数回、着信があったこと、電話連絡の時間に目立った傾向が見られなかったこと、平日のオンコール当番の際には、オンコールに応じた出勤の実績がなく、電話対応が中心であったとうかがわれる一方、日曜・祝日のオンコール当番の際は、出勤要請の電話等の短時間の連絡も含まれていたことからすれば、電話連絡対応に要した労働時間を、以下のとおりと認めるのが相当である。
a 平日にオンコール当番を担当した場合(オンコール当番日が当直勤務と重複している場合は除く。)
 オンコール当番毎に、翌日の日勤時間の始業時刻前に10分間の労働をしたものとする。
b 日曜・祝日にオンコール当番を担当した場合
 毎回、当直勤務及びオンコール当番に応じて本件病院で勤務した時間と重複していないオンコール当番時間に20分間の電話対応をしたものとし算定する。
(3) 原告も、本件病院に出勤してから退勤するまで、時間を問わず、看護師からのPHSによる連絡を受け医師としての一定の対応をすることが要求されており、またそのような対応を実際にしていたと推認できる。これらのことに鑑みれば、原告は、本件病院に出勤してから退勤するまでの間、常に、本件病院内で医師としての業務をすることを余儀なくされていたものといえるから、雇用契約で定められた1時間の休憩時間も労働時間に該当するというべきである。
(4) 原告は、医師として、毎月100時間以上の時間外労働をしたことが認められる。
 時間外労働時間はそれ自体相当長時間であり、これが4か月にわたり継続したこと、医師業務は他人の生命・身体を扱うものであり精神的な緊張を伴うものであることなどからすれば、原告は、心身の健康を害するような強度の心理的負荷を与える長時間の時間外労働に従事していたと評価できる。そして、長時間にわたる労働が継続して、疲労や心理的負荷が過度に蓄積すると、これを原因として労働者の心身の健康を損なう危険があるところ、上記のような長時間にわたる原告の時間外労働は、原告の適応障害発症の原因となったと認められる。