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ID番号 09552
事件名 損害賠償請求控訴事件
いわゆる事件名 そらふね元代表取締役事件
争点 代表取締役の賃金支払義務の懈怠
事案概要 (1)本件は、株式会社そらふね(以下「本件会社」という。)に介護支援専門員(ケアマネジャー)として雇用され、令和2年3月31日に退職した控訴人が、本件会社の代表取締役であった被控訴人の任務懈怠により勤務先会社から労働審判において認められた残業代等の支払を受けられていないと主張して、被控訴人に対し、会社法429条1項(役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。)に基づき、上記残業代等相当額を含む231万2053円の損害賠償等の支払を求めた事案である。
 なお、本件会社の株主である被控訴人は、令和2年6月30日、本件会社を解散する旨、株主総会決議をしている。
 また、控訴人は、令和2年6月19日に本件会社を相手方として、平成30年1月5日から令和2年2月28日までの未払残業代等の支払等を求める労働審判を金沢地方裁判所に申し立て(以下、この労働審判申立事件や告知された労働審判を「本件労働審判」という。)、金沢地方裁判所の労働審判委員会は、本件会社が控訴人に対し未払残業代等の支払義務があることを認め、これを本件労働審判確定後速やかに支払うなどとする労働審判を告知し、この労働審判は同年10月2日の経過により確定している。
 原判決(金沢地裁)は、未払残業代等の理由については被控訴人の任務懈怠が原因とはいえないとして控訴人の請求を棄却したが、これを不服として控訴人が控訴した。 (2)判決は、原判決を取り消し、控訴人の請求を認容した。
参照法条 会社法429条1項
労働基準法37条
労働基準法41条2号
体系項目 賃金 (民事) /割増賃金/ (4) 支払い義務
裁判年月日 令和5年2月22日
裁判所名 名古屋高裁金沢支部
裁判形式 判決
事件番号 令和4年(ネ)48号
裁判結果 原判決取消自判
出典 労働判例1294号39頁
審級関係 確定
評釈論文 徳田隆裕・季刊労働者の権利355号87~90頁2024年4月
判決理由 〔賃金 (民事) /割増賃金/ (4) 支払い義務〕
(1)原判決を補正の上引用して説示したとおり、控訴人は本件会社の管理監督者に当たらないから、本件会社は控訴人に対し、残業代を支払う義務を負う。
 本件会社が控訴人に残業代を支払うことは、本件会社に対する労働基準法37条に基づく義務であるところ、被控訴人は、本件会社の代表取締役として、平成31年3月以降、控訴人を管理監督者と扱って残業代を支払わないことを決めたものであるから、本件会社が、平成31年3月以降、被控訴人の残業代を支払わないことは、本件会社の代表取締役である被控訴人の任務懈怠に当たる。
 顧問社会保険労務士に相談していたなどの理由により被控訴人が控訴人を管理監督者として扱ったことは適切であるという控訴人の主張は、後の悪意又は重過失の有無において考慮すべきものである。
(2)他方、本件会社が控訴人を管理監督者として扱う以前の平成31年2月以前に残業代の未払があるとしても、この未払は控訴人が管理監督者に当たることを理由とするものではなく、勤務時間の計算違いなどの可能性が否定できない。
 被控訴人は給料の振込みなどの支払手続を担当していたものの、給料の計算は社会保険労務士が行い、その確認は別の従業員がしていたというもので、被控訴人が勤務時間などの確認をしていたものではなく、勤務時間の確認業務が代表取締役よりも下位の従業員に分掌されている場合に、代表取締役が個々の従業員の勤務時間の正確性の確認を逐一していないとしても不当とはいえないことからすれば、平成31年2月以前に残業代の未払があったとしても、本件会社の代表取締役である被控訴人の任務懈怠には当たらない。
(3)被控訴人は、控訴人から給料を上げることを要望され、社会保険労務士と相談して控訴人を管理監督者にすれば残業代を支払わなくてもよいと言われたことから、管理監督者とはどのような立場のものか、控訴人の業務が本件会社の管理監督者にふさわしいかについて社会保険労務士に相談することなく、残業代の支払義務を免れるために管理監督者という制度を利用したにすぎないといわざるを得ない。そうすると、控訴人を管理監督者として扱ったことについては、重大な過失があると認めるのが相当である。
 確かに、被控訴人が主張するとおり、管理監督者該当性の判断基準への当てはめは容易に判断することができず、当てはめを誤ったことが、直ちに重過失とされるものではない。 しかし、本件において、被控訴人は、社会保険労務士に相談するなどして控訴人の業務を自分なりに管理監督者の判断基準に当てはめた上で控訴人を管理監督者にしたものではなく、残業代を支払わない方法として管理監督者という制度を利用したものであるから、本件を、被控訴人において管理監督者該当性の判断基準への当てはめを誤った事案と評価することはできない。
(4)原審は、控訴人が労働審判によって認められた残業代等の支払を受けられなかったのは本件会社の事業継続が困難な状況となったことが原因であるとして、被控訴人の任務懈怠と控訴人の損害との因果関係を否定した。
 しかし、控訴人が超過勤務をしたことによる残業代は月々発生するものであるから、控訴人が残業代の支払を受けられなかったことによる損害も月々発生するものである。そして、本件会社において、さほど多額とはいえない控訴人の各月の残業代を支払うことすらできなかった経営状態であったことを認めるに足りる証拠はないことからすれば、被控訴人の任務懈怠と控訴人の損害との因果関係があると認められる。
 そもそも、被控訴人が残業代を支払わなかったのは、控訴人を管理監督者として扱っていたことによるものであって、経営状態を理由とするものではないことからも、上記の結論が裏付けられるというべきである。