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ID番号 09555
事件名 未払賃金等請求控訴、同附帯控訴事件
いわゆる事件名 させぼバス事件
争点 バス乗務員の待機時間の労働時間性
事案概要 (1)本件は、バス乗務員として路線バスを運行する株式会社であり、E市交通局の完全子会社であるさせぼバス株式会社(以下「控訴人」という。)に路線バスの乗務員として雇用されていた被控訴人らが、控訴人に対し、〈1〉割増賃金の基礎賃金に、特殊勤務手当、休日勤務手当、夜間勤務手当が含まれていないこと、〈2〉①待機時間のうち、控訴人が休憩時間として取り扱っていた時間(以下「係争時間1」という。)②60分休憩及び貸切運転休憩のうち、休憩開始直後の5分間と休憩終了直前の5分間(以下「係争時間2」という。)、③運転表上(中休みが設定されているものを除く)、60分休憩の時間が60分以上ある場合の60分を超える時間(以下「係争時間3」という。)を労働時間に当たらないとして賃金を支払っていないことを理由に、時間外割増賃金の一部が未払であると主張して、未払割増賃金等並びに労働基準法(以下「労基法」という。)114条所定の付加金の支払を求めるとともに、控訴人には、13時間を超えて被控訴人らを拘束しないようにシフトを構築する義務を怠った過失があると主張して、不法行為に基づき損害金の支払を求める事案である。
 原判決(長崎地裁佐世保支部)は、請求の一部(特殊勤務手当が割増賃金の基礎に含まれていないこと、係争時間1、2の一部労働時間について賃金を支払っていないこと、付加金の支払)を認容した。
 これに対し、控訴人は、敗訴部分を不服として控訴をした。被控訴人らは、敗訴部分を不服として各附帯控訴をした。
(2)判決は、原判決は相当であり、本件控訴及び各附帯控訴はいずれも理由がないとして棄却した。
参照法条 労働基準法32条
労働基準法37条
労働基準法114条
体系項目 労働時間 (民事) /労働時間の概念/ (6) 手待時間・不活動時間
裁判年月日 令和5年3月9日
裁判所名 福岡高裁
裁判形式 判決
事件番号 令和4年(ネ)383号 /令和4年(ネ)620号
裁判結果 控訴棄却、附帯控訴棄却
出典 労働判例1300号5頁
D1-Law.com判例体系
審級関係 上告、上告受理申立て(令和5年9月1日 上告棄却、上告不受理)
評釈論文
判決理由 〔労働時間 (民事) /労働時間の概念/ (6) 手待時間・不活動時間〕
(1)係争時間1について
 控訴人は、始発バス停で待機する折り返し待機場所では、乗客対応の現実的可能性が低い待機時間では、乗務員は十分労働から解放されているし、折り返し待機時間中、折り返し調整時間を控除した残りの時間が10分以上ある場合、その10分以上の時間については、労働からの解放が保障されていることが合理的に推認される旨主張する。
 しかし、控訴人のバス乗務員は、始発バス停で待機する場合、待機時間中に、ドアを開けた状態でバスを停車させ、乗客が来れば、バスに乗車させていた。乗客からの積み増し依頼があれば対応するよう指示も受けていた。統計上の平均値からすると、少ない場所でも10回のうち1回以上の割合で乗客対応に従事する必要があった。そうすると、始発バス停で待機する場合の乗務員は、乗客対応が比較的少ない待機場所であっても、労働から解放されていたとはいえない。控訴人と本件労働組合の間で、「折り返し待機時間中、折り返し調整時間を控除した残りの時間が10分以上ある場合に限って、当該10分以上の時間を休憩時間とする」との合意が形成されていたとしても、上記の乗務の実態を反映したものとはいえず、上記10分以上の時間について、労働からの解放が保障されていたとはいえない。
(2) 係争時間2について
ア 中休みがない場合
 控訴人は、E営業所、F営業所、G営業所の令和4年5月時の乗務員の作業内容をみると、60分休憩前後の作業に要する時間はせいぜい3分程度である旨主張する。
 これにつき、控訴人は、当審において、上記作業に係るドライブレコーダー映像を提出する。しかし、これらは原判決後に作成されたものであり、被控訴人らを含む乗務員らの上記作業についての平均的な所要時間を示したものとも認められない。上記映像は、中休みがない場合の60分休憩の開始直後及び終了直前において乗務員がすべき作業の一部についてのものにすぎず、被控訴人らが同作業をするのに合計10分を要し、これを労働時間とすべき旨の判断を左右するものではない。
イ 中休みがある場合
 控訴人は、中休み勤務の前半業務が終了した後の作業は5分あれば足り、後半業務開始前の作業は12分あれば足り、これらは長年の労働組合との協議により計上されている旨主張する。
 しかし、中休みがある場合の60分休憩の開始直後及び終了直前にすべき作業内容に照らせば、これらを実施するために、開始直後に10分、終了直前に出庫調整に要する時間を含め17分を要したと認められる。控訴人と本件労働組合との間で本件労働条件としてこれと異なる取決めがされているものの、被控訴人らは、かかる取決めが被控訴人らの業務の実態や意向を顧みることなく定められたものである旨主張している。また、控訴人は、平成28年には、労働基準監督署から、休憩時間とは判断できないものが同時間として扱われていると考えられるとして指導等を受けている。上記取決めがされるに至った経緯は明らかではなく、上記作業内容に係る認定に照らせば、被控訴人らを含む乗務員らの業務の実情が適切に反映されているとは認められないから、本件労働条件に係る取決めによっても、労働時間についての上記認定は左右されない。
(3) 付加金について
 控訴人は、本件係争時間に関し、労働組合との間で真摯に協議を重ね、労働組合の意見を踏まえて就業のルールを作り、本訴提起前から、折り返し待機時間の取扱いを変更していることなどからすれば、付加金の支払を命ずるべき事情はない旨主張する。
 しかし、係争時間1及び同2についての認定・判断に照らせば、控訴人と本件労働組合との協議により定められた本件労働条件は、少なくとも被控訴人らの業務の実態や意向を踏まえたものであったとは認められない。控訴人は、労働基準監督署から平成28年に割増賃金に関する是正勧告及び乗務員(自動車運転者)の待機時間に関し労働時間とされるべきものが含まれていることについての指導を受けながら、十分な改善がされなかった部分があるといわざるを得ない。原判決別紙「認容額一覧表」の各「付加金」記載の額に相当する待機時間の時間外労働手当の未払額をみても、被控訴人らが受けた不利益は、軽視できない。
 これらの事情に照らせば、控訴人の主張を考慮しても、控訴人は、被控訴人らに対し、それぞれ上記各「付加金」記載の額のとおりの付加金を支払うこととするのが相当である。