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ID番号 09558
事件名 未払賃金等請求控訴事件
いわゆる事件名 熊本総合運輸事件
争点 賃金総額から基本給等を控除した額を割増賃金とする給与体系の適法性
事案概要 (1)本件は、一般貨物自動車運送事業等を営む株式会社熊本総合運輸(以下「一審被告」という。)に運転手従業員として雇用されていた一審原告が、平成二七年一二月以降の割増賃金の基礎賃金は、宿泊日当(旅費)、残業手当、深夜割増手当、休日割増手当及び調整手当を含めた額として算定すべきであるなどとし、その就労期間中に時間外割増賃金の不払いがあった旨主張して、一審被告に対し、雇用契約に基づき、時間外割増賃金等及び労働基準法114条に基づく付加金等の支払を求める事案である。
 なお、一審被告は、平成二七年一二月からデジタコを用いた時間管理に基づく時間外手当(残業手当、深夜割増手当及び休日割増手当)の支給を行い、それらの時間及び支給額を給与明細にも記載するようになったが、平成二七年就業規則の施行後も旧給与体系と同様に運行内容(出発、輸送、積込、帰庫)等に応じて賃金の総額を決定した後、その総額から定額の基本給と上記時間外手当(残業手当、深夜割増手当及び休日割増手当)を差し引き、残額を調整手当として従業員に支給していた。
 原判決(熊本地裁)は、宿泊日当(旅費)、残業手当、深夜割増手当及び休日割増手当は割増賃金の基礎賃金に含まれないが、調整手当は割増賃金の基礎賃金に含まれるべきであるなどとして、割増賃金等とそれに対応した付加金等の支払を認容した。
 これを不服として、一審原告及び一審被告が控訴した。
(2)判決は、一審被告は、令和三年八月六日、一審原告に対し、原判決主文第1項の定める割増賃金未払額及びその遅延損害金等として、二二四万七〇一三円を支払ったことから、賃金の未払はなくなったなどとして、一審原告の請求を棄却した。
参照法条 労働基準法 37条
体系項目 賃金 (民事)/ 割増賃金/ (2) 割増賃金の算定基礎・各種手当
裁判年月日 令和4年1月21日
裁判所名 福岡高裁
裁判形式 判決
事件番号 令和3年(ネ)604号
裁判結果 原判決一部取消、控訴一部棄却
出典 労働判例1284号23頁
労働経済判例速報2516号8頁
労働法律旬報2032号50頁
審級関係 上告受理申立て
評釈論文
判決理由 〔賃金 (民事)/ 割増賃金/ (2) 割増賃金の算定基礎・各種手当〕〕
(1)一審原告は、宿泊手当は基礎賃金に含まれる旨主張する。
 しかしながら、前記認定によれば、宿泊手当は、形式的には平成二七年就業規則上賃金とは別途福利厚生・教育訓練の章に位置付けられているだけでなく、実質的にも宿泊の有無によって一律支給されており、労働時間とは無関係にされる性質のものであることが認められるから、所定労働時間を労働した場合に支払われることが想定されているものとはいえない。
(2)一審原告は、残業手当、深夜割増手当及び休日割増手当は明確区分性や対価性を満たさないと指摘し、各手当を基礎賃金に含まれないとした原審の判断を批難する。
 しかしながら、一審被告における給与の支給方法は原判決のとおりであるところ、これによれば、各手当は基本給に組み込まない形で、基本給とは別途支給されており、金額を計算すること自体は可能であるから、明確区分性の要件は満たすものといえる。
 また、一審被告から一審原告を含む従業員に対して、個別に、各手当や割増賃金について一応の説明があったと考えられること、その他、本件に顕れた事情を総合考慮すると、対価性を認めた原審の判断に不合理な点は見当たらない。
 一審原告は、残業手当、深夜割増手当及び休日割増手当は割増賃金の既払額に該当しないと主張する。しかしながら、上記各手当について明確区分性及び対価性に欠けるところはないことは、前記のとおりであるから、一審原告の上記主張は採用できない。
(3)一審被告は、調整手当についても明確区分性及び対価性が認められるから、基礎賃金に含まれない旨主張する。
 この点、前記認定によれば、運行内容等に応じて賃金の総額を決定した後、その総額から定額の基本給と時間外手当を差し引き、残額を調整手当として支給することとなる。この計算過程に照らすと、調整手当については、その金額自体を算出することはできるものの、あえて調整手当という形式的な名称を付してこれらを技巧的に区分しているのみで、本来的・実質的な意味で基本給と区別されたものとはいい難いのであって、そもそも明確区分性があるとはいえない