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ID番号 09559
事件名 未払賃金等請求事件
いわゆる事件名 熊本総合運輸事件
争点 賃金総額から基本給等を控除した額を割増賃金とする給与体系の適法性
事案概要 (1)本件は、一般貨物自動車運送事業等を営む株式会社熊本総合運輸(以下「被上告人」という。)に運転手従業員として雇用されていた上告人が、平成二七年一二月以降の割増賃金の基礎賃金は、宿泊日当(旅費)、残業手当、深夜割増手当、休日割増手当及び調整手当を含めた額として算定すべきであるなどとし、その就労期間中に時間外割増賃金の不払いがあった旨主張して、被上告人に対し、雇用契約に基づき、時間外割増賃金等及び労働基準法114条に基づく付加金等の支払を求める事案である。
 なお、被上告人は、平成二七年一二月からデジタコを用いた時間管理に基づく時間外手当(残業手当、深夜割増手当及び休日割増手当)の支給を行い、それらの時間及び支給額を給与明細にも記載するようになったが、平成二七年就業規則の施行後も旧給与体系と同様に運行内容(出発、輸送、積込、帰庫)等に応じて賃金の総額を決定した後、その総額から定額の基本給と上記時間外手当(残業手当、深夜割増手当及び休日割増手当)を差し引き、残額を調整手当として従業員に支給していた。
(2)一審判決(熊本地裁)は、宿泊日当(旅費)、残業手当、深夜割増手当及び休日割増手当は割増賃金の基礎賃金に含まれないが、調整手当は割増賃金の基礎賃金に含まれるべきであるなどとして、割増賃金等とそれに対応した付加金等の支払を認容した。
 これを不服として、上告人及び被上告人が控訴した。
(3)原判決(福岡高裁)は、被上告人が、上告人に対し原判決主文第1項の定める割増賃金未払額及びその遅延損害金等を支払ったことから、賃金の未払はなくなったなどとして、上告人の請求を棄却した。
 これを不服として、上告人が上告した。
(4)判決は、原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、原判決中、不服申立ての範囲である本判決主文第1項記載の部分は破棄を免れないとし、上告人に支払われるべき賃金の額、付加金の支払を命ずることの当否及びその額等について更に審理を尽くさせるため、上記部分につき、原審に差し戻すとした。
参照法条 労働基準法 37条
体系項目 賃金 (民事)/ 割増賃金/ (2) 割増賃金の算定基礎・各種手当
裁判年月日 令和5年3月10日
裁判所名 最高裁第二小
裁判形式 判決
事件番号 令和4年(受)1019号
裁判結果 破棄差戻し
出典 最高裁判所裁判集民事270号77頁
判例時報2571号95頁
判例タイムズ1510号150頁
労働判例1284号5頁
労働経済判例速報2516号3頁
労働法律旬報2032号45頁
裁判所ウェブサイト掲載判例
審級関係
評釈論文 河津博史・銀行法務2167巻6号71頁2023年5月
石田信平・労働法律旬報2032号27~28頁2023年5月25日
橋本陽子・労働法律旬報2033号6~14頁2023年6月10日
竹内(奥野)寿・ジュリスト1584号4~5頁2023年5月
池田悠・ジュリスト1588号74~80頁2023年9月
岡正俊・労働経済判例速報2516号2頁2023年7月10日
鈴木蔵人・労働判例1287号80~81頁2023年7月15日
淺野高宏(労働判例研究会)・法律時報95巻12号125~128頁2023年11月
冨岡俊介・経営法曹218号28~35頁2023年12月
野川忍(東京大学労働法研究会)・ジュリスト1594号137~140頁2024年3月
松永博彬・ビジネス法務24巻5号96~97頁2024年5月
藤本真理・速報判例解説〔33〕――新・判例解説Watch〔2023年10月〕(法学セミナー増刊)299~302頁2023年10月
稲谷信行・民商法雑誌160巻3号143~149頁2024年8月
判決理由 〔賃金 (民事)/ 割増賃金/ (2) 割増賃金の算定基礎・各種手当〕〕
 原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1)前記事実関係等によれば、新給与体系の下においては、時間外労働等の有無やその多寡と直接関係なく決定される本件割増賃金の総額のうち、基本給等を通常の労働時間の賃金として労働基準法37条等に定められた方法により算定された額が本件時間外手当の額となり、その余の額が調整手当の額となるから、本件時間外手当と調整手当とは、前者の額が定まることにより当然に後者の額が定まるという関係にあり、両者が区別されていることについては、本件割増賃金の内訳として計算上区別された数額に、それぞれ名称が付されているという以上の意味を見いだすことができない。
 そうすると、本件時間外手当の支払により労働基準法37条の割増賃金が支払われたものといえるか否かを検討するに当たっては、本件時間外手当と調整手当から成る本件割増賃金が、全体として時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かを問題とすべきこととなる。
(2)前記事実関係等によれば、被上告人は、労働基準監督署から適正な労働時間の管理を行うよう指導を受けたことを契機として新給与体系を導入するに当たり、賃金総額の算定については従前の取扱いを継続する一方で、旧給与体系の下において自身が通常の労働時間の賃金と位置付けていた基本歩合給の相当部分を新たに調整手当として支給するものとしたということができる。そうすると、旧給与体系の下においては、基本給及び基本歩合給のみが通常の労働時間の賃金であったとしても、上告人に係る通常の労働時間の賃金の額は、新給与体系の下における基本給等及び調整手当の合計に相当する額と大きく変わらない水準、具体的には1時間当たり平均1300~1400円程度であったことがうかがわれる。一方、上記のような調整手当の導入の結果、新給与体系の下においては、基本給等のみが通常の労働時間の賃金であり本件割増賃金は時間外労働等に対する対価として支払われるものと仮定すると、上告人に係る通常の労働時間の賃金の額は、19か月間を通じ、1時間当たり平均約840円となり、旧給与体系の下における水準から大きく減少することとなる。
 また、上告人については、19か月間を通じ、1か月当たりの時間外労働等は平均80時間弱であるところ、これを前提として算定される本件時間外手当をも上回る水準の調整手当が支払われていることからすれば、本件割増賃金が時間外労働等に対する対価として支払われるものと仮定すると、実際の勤務状況に照らして想定し難い程度の長時間の時間外労働等を見込んだ過大な割増賃金が支払われる賃金体系が導入されたこととなる。
 しかるところ、新給与体系の導入に当たり、被上告人から上告人を含む労働者に対しては、基本給の増額や調整手当の導入等に関する一応の説明がされたにとどまり、基本歩合給の相当部分を調整手当として支給するものとされたことに伴い上記のような変化が生ずることについて、十分な説明がされたともうかがわれない。
(3)以上によれば、新給与体系は、その実質において、時間外労働等の有無やその多寡と直接関係なく決定される賃金総額を超えて労働基準法37条の割増賃金が生じないようにすべく、旧給与体系の下においては通常の労働時間の賃金に当たる基本歩合給として支払われていた賃金の一部につき、名目のみを本件割増賃金に置き換えて支払うことを内容とする賃金体系であるというべきである。そうすると、本件割増賃金は、その一部に時間外労働等に対する対価として支払われているものを含むとしても、通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分をも相当程度含んでいるものと解さざるを得ない。
 そして、前記事実関係等を総合しても、本件割増賃金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかが明確になっているといった事情もうかがわれない以上、本件割増賃金につき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないこととなるから、被上告人の上告人に対する本件割増賃金の支払により、同条の割増賃金が支払われたものということはできない。
 したがって、被上告人の上告人に対する本件時間外手当の支払により労働基準法37条の割増賃金が支払われたものとした原審の判断には、割増賃金に関する法令の解釈適用を誤った違法がある。
(4)以上のとおり、原審の上記判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決中、不服申立ての範囲である本判決主文第1項記載の部分は破棄を免れない。そして、上告人に支払われるべき賃金の額、付加金の支払を命ずることの当否及びその額等について更に審理を尽くさせるため、上記部分につき、本件を原審に差し戻すこととする。