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ID番号 09561
事件名 各地位確認等請求事件
いわゆる事件名 ケイ・エル・エム・ローヤルダツチエアーラインズ(雇止め)事件
争点 客室乗務員の雇止めに係るオランダ法適用の可否
事案概要 (1)本件は、オランダ王国(以下「オランダ」という。)の航空会社であるケイ・エル・エム・ローヤルダツチエアーラインズ(以下「被告」という。)との間で有期労働契約(契約内容は3年間という特定された期間、労働関係となり、その後、被告は契約を1度、2年間更新することがあるとするもの)を締結し、客室乗務員として勤務してきた日本人原告29人(以下「原告ら」という。)が、被告から雇止めを通知されたことを受けて、〈1〉当該労働契約の期間の定めが人種差別を理由とするもので無効であり、仮に有効であるとしても、当該有期労働契約が労働契約法(以下「労契法」という。)18条又はオランダ民法典668a条(以下「本件オランダ法条」という。)の規定により無期転換されているため終了していないこと、〈2〉当該雇止めが人種差別を理由とするもので、強行法規違反の不法行為に当たることを主張して、
被告に対し、①期間の定めのない労働契約上の権利を有する地位にあることの確認(以下「地位確認請求」という。)、②雇止め後の各月の賃金等の支払(以下「賃金請求」という。)、③不法行為に基づき、慰謝料各50万円等の支払(以下「慰謝料請求」という。)を請求する事案である。
(2)判決は、①本件各雇用契約は本件オランダ法条の適用により期限の定めのない契約となっているとして地位確認請求を認容し、②賃金請求については、令和3年5月17日、原告らが本件オランダ法条を適用すべき旨の意思表示をしたことによって初めて本件オランダ法条が適用され、原告らの期間の定めのない労働契約上の権利を有する地位が存することとなったとして、同月18日以降の賃金等の支払請求を認容し、③慰謝料請求は棄却した。
参照法条 日本国憲法14条
法の適用に関する通則法12条
労働契約法18条
労働契約法19条
労働基準法3条
体系項目 解雇 (民事)/ 14 短期労働契約の更新拒否 (雇止め)
裁判年月日 令和5年3月27日
裁判所名 東京地裁
裁判形式 判決
事件番号 平成30年(ワ)39761号 /平成31年(ワ)6365号 /令和1年(ワ)27800号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 判例タイムズ1525号155頁
労働判例1287号17頁
労働経済判例速報2534号3頁
審級関係 控訴
評釈論文 井川志郎・労働判例1287号5~16頁2023年7月15日
竹村和也・季刊労働者の権利351号120~127頁2023年7月
横溝大(渉外判例研究会)・ジュリスト1589号154~157頁2023年10月
柊木野一紀・労働経済判例速報2534号2頁2024年1月20日
梅木佳則・経営法曹220号95~100頁2024年6月
判決理由 〔解雇 (民事)/ 14 短期労働契約の更新拒否 (雇止め)〕
(1)日本人客室乗務員は、被告が、乗客の多数を日本語話者が占める、日本発着路線を運航する限りにおいて被告に必要とされているものということができるところ、感染症のまん延や経済状況等の要因により国際旅客航空業務の需要が大きく変動することは公知の事実であり、そのような需要減に見舞われた場合に、被告において、拠点であるスキポール空港を発着する路線とは異なり、日本の各空港を発着する路線の全部又は多くを運休又は廃止するという判断に至る可能性がないとはいえず、そのような場合には、上記のとおり、日本発着路線にのみ搭乗するという業務に限定して従事している日本人客室乗務員が余剰人員となってしまうことは避け難い。そうすると、被告と日本人客室乗務員との間の雇用契約における期間の定めは、以上のような状況に対応するために一定の合理性があるというべきであり、被告の主張する労働許可を取得する際に有期雇用契約である方が有利であることを認めるに足りる証拠はないことを踏まえても、日本人客室乗務員とオランダで採用されたオランダ人客室乗務員との間の雇用契約の期間の定めの有無についての取扱いの違いには、合理的な理由があるということができる。
 したがって、オランダで採用されたオランダ人の客室乗務員の雇用契約と異なり、本件各雇用契約に期間の定めが置かれていることは、憲法14条及び労基法3条、あるいはOECD多国籍企業行動指針第Ⅴ章1(e)に違反するものではなく、公序良俗に反しないというべきである。
(2)本件各雇用契約は、本件合意当時、本件更新書面による更新後の契約期間の満了時に、通算契約期間が5年間となって、当然に終了することが予定されている状況にあったものであり、原告らにおいて、本件各雇用契約が更に更新されると期待することについて合理的理由があったということはできない。ひいては、無期転換申込権が発生すると期待することについて合理的な理由があったということはできない。
(3)原告らは、被告に対し、令和3年5月17日、本件各雇用契約の無期転換について本件オランダ法条を適用すべき旨の意思表示をしたものであるところ、当該意思表示の対象たる「有期労働契約の無期転換」は、通則法12条1項の「労働契約の効力」に含まれるものと解される。
 本件各雇用契約においては、当事者の選択により、日本法が準拠法とされているところ、原告らは、本件オランダ法条を特定して、これを適用すべき旨の意思を使用者である被告に対し表示したもので、本件オランダ法条は、一定の期間を超えて継続した有期労働契約を無期契約とみなす旨を定める規定であり、当該無期転換を排除できるのは、平成27(2015)年7月1日発効の改正以前であっても、労働協約又は権限のある公的機関若しくはその代表による合意のみであると定められており、当事者が単に約定するのみでは排除することができないから、通則法12条1項における強行規定に当たるということができる。
(4)原告らは、日本の各空港とオランダ間の路線を飛行する航空機内で、客室乗務員としての業務に従事していたもので、労務提供地は、航空機が飛行する複数の法域にまたがっており、かつ、そのいずれについても主たる労務提供地であるとはいい難いことからすれば、本件雇用契約は、労務提供地を特定することができない場合に当たると認めるのが相当である。
 原告ら日本人客室乗務員については、人事管理における中核的な業務を被告のオランダ本社又はオランダに所在する担当部署が行っており、本件各雇用契約の内容に係る多くの事柄が、オランダにおいて決せられていたほか、日本の国内に原告らの業務と関係する物的な設備がないなどの事情がある。
 他方、原告らについては、賃金が日本支店から日本円で支払われており、日本の社会保険に加入していること、日本支店の企画するプロモーション活動に参加することがあったことなど、雇入事業所が日本支店であることを基礎付ける事情も存在する。しかし、上記オランダ本社による指揮命令及び雇用管理の内容及び密度と比較すれば、いずれも周辺的かつ間欠的な関わりに過ぎず、日本支店は、日本を常居所地とする日本人である原告らを被告が雇用することに伴う最低限度の機能しか果たしていないものというべきであって、その雇入事業所所在地はオランダであると認めるのが相当である。
 以上によれば、本件各雇用契約の最密接関係地法はオランダ法であるから、通則法12条1項により、本件各雇用契約の無期転換について、原告らが指定した強行規定である本件オランダ法条が適用されることとなる。
(5)本件オランダ法条1項(a)号では、無期転換の要件として、有期労働契約が3か月以内の休止期間を挟んで更新され、かつこの契約期間が休止期間を含めて36か月を超えることと規定されているところ、本件各雇用契約は、本件延長措置による雇用期間満了までに、いずれもこの要件を満たしている。
 もっとも、本件オランダ法条5項は、労働協約の場合には、労働者に不利な別段の定めをすることができる旨を定めている。この点について、被告は、日本人客室乗務員を含むローカル客室乗務員との契約は4年以下(その後「5年以下」とされた。)とすることを定めた被告が、オランダの労働組合であるVNCとの間で締結した「ローカル客室乗務員のフレームワーク」(以下「本件フレームワーク」という。)が、同項における労働協約に当たると主張して、日本の労働組合法を前提に、本件フレームワークが原告らに対して効力有する上記別段の定めに当たる旨主張する。
 しかし、本件オランダ法条は、オランダの法体系の下での有期雇用契約の取扱いについて定めた規定であることからすれば、同項における労働協約は、オランダ法の下で、労働協約としての効力を有する必要があり、他方、日本の労働組合法を前提とする本件フレームワークの原告らに対する効力については、検討する必要がないものと解される。
 本件オランダ法条5項に基づく本件フレームワークによる労働者に不利な定めが有効にされたものということはできず、同1項が本件各雇用契約に適用される結果、本件各雇用契約は、現時点で期限の定めのない契約となっている。