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ID番号 09562
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 東海旅客鉄道事件/JR東海(年休)事件
争点 年休取得申請に対する時季変更権行使の違法性
事案概要 (1)本件は、東海道新幹線を運行する東海旅客鉄道株式会社(以下「被告」という。)との間で労働契約を締結し、東海道新幹線の乗務員として勤務していた原告らが、平成27年4月1日から平成29年3月31日までの期間(以下「本件期間」という。)において、労働基準法(以下「労基法」という。)39条所定の有給休暇(年次有給休暇。以下単に「年休」という。)を申請したのに対して被告から同条5項ただし書所定の時季変更権を行使されて就労を命じられたことにつき、被告の時季変更権の行使は労働契約に反するものであり、これにより年休を取得できず、精神的苦痛を被ったと主張し、被告に対し、労働契約の債務不履行に基づく損害賠償請求として、それぞれ慰謝料等の支払を求める事案である。
(2)判決は、被告には、原告らの年休の取得に関して債務不履行が認められ、これにより原告らに対し、慰謝料等の支払義務を負うものと認めるのが相当であるとし、原告の請求の一部を認容した。
参照法条 労働基準法39条
体系項目 年休 (民事)/ 4 時季変更権
裁判年月日 令和5年3月27日
裁判所名 東京地裁
裁判形式 判決
事件番号 平成29年(ワ)40063号 /平成30年(ワ)1738号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 労働判例1288号18頁
労働経済判例速報2517号3頁
審級関係 控訴(令和6年2月28日東京高判:原判決一部取消、附帯控訴棄却)
評釈論文 岡芹健夫・労働経済判例速報2517号2頁2023年7月20日
木村一成・労働判例1296号100~101頁2023年12月15日
白石浩亮・経営法曹218号67~75頁2023年12月
淺野高宏(労働判例研究会)・法律時報96巻5号142~145頁2024年5月
高橋奈々(東京大学労働法研究会)・ジュリスト1598号143~146頁2024年6月
平木健太郎・民商法雑誌160巻2号63~74頁2024年6月
判決理由 〔年休 (民事)/ 4 時季変更権〕
(1)労基法が措定する年次有給休暇制度の趣旨及びその重要性並びに年休の時季指定をした労働者の休暇取得に対する合理的な期待の内容等を踏まえると、労働者が年休の時季指定をした場合、使用者において「請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合」に時季変更権を行使して他の時季に年休を付与できるものとされ(労基法39条5項ただし書)、その際、時季変更権の行使時期について労基法その他の関係法令に特段の規定が置かれていないことを考慮しても、使用者が事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間を超え、指定された時季の直近まで時季変更権の行使を行わないなどといった事情がある場合には、使用者による時季変更権の行使が労働者の円滑な年休取得を合理的な理由なく妨げるものとして権利濫用により無効になる余地があるものと解されるから、翻って、使用者は、労働者に対し、時季変更権を行使するに当たり、労働契約に付随する義務(債務)として、事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間内に、かつ、遅くとも労働者が時季指定した日の相当期間前までにこれを行使するなど労働者の円滑な年休取得を著しく妨げることのないように配慮すべき義務(債務)を負っているものと認められる。そして、前示の事理に照らせば、使用者が上記の債務を履行したか否かの判断は、当該時期に時季変更権を行使するに至ったことにやむを得ない客観的・合理的な理由が存せず、社会通念上相当でないものとして権利の濫用となるか否かという判断と軌を一にするものと解され、具体的には、労働者の担当業務、能力、経験及び職位等並びに使用者の規模、業種、業態、代替要員の確保可能性、使用者における時季変更権行使の実情及びその要否といった時季変更権の行使に至るまでの諸般の事情を総合考慮して判断するのが相当である。
(2)本件期間において、原告らが年休申込簿により年休使用日を届け出て年休の時季指定をしてから被告による時季変更権の行使が原告らに判明するまでに相当期間を要することがあり、その間、乗務員らについては、年休を取得し得るか否かが未確定のままとされ、また、当該年休使用日とは別の日に年休を取得させるという取扱いもされておらず、このような対応は、年休の申込みの後の臨時列車等の運行の可能性という専ら被告の経営上の必要性に基づくものであったものといえるから、東海道新幹線を種々の旅客需要に即して臨機応変に運行することに一定の社会経済上の要請があり、実際に臨時列車等の運行が柔軟にされることで利便性の向上や社会経済上の利益の実現が図られるという一面があることや被告において、適正な乗務員数を確保するため、前年の臨行路等の数と比較しながら適切な人員として想定し得る要員数を各運輸所に配置していたが、乗務員、殊に運転士については特別の資格が必要とされており、その養成は容易でなく、柔軟・迅速な人員の補充は類型的に困難であったこと及び乗務員の行路をいったん指定した後にこれを変更しようとすると、他の乗務員の勤務割について広範な変更を要することになり、勤務割の策定に困難を来し、また、乗務員の勤務体制や休暇の取得についても少なくない影響を与えることになったことのような事情が存したことを十分参酌しても、被告による時季変更権の行使は、事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間を超え、労働者の円滑な年休取得を著しく妨げないようにするという労働者の利益への配慮に悖るものといわざるを得ず、原告らとの関係でみれば、過失により労働契約上の義務(債務)を怠ったものと認めるのが相当である。
 被告は、原告らに対し、時季変更権を行使するに当たり、労働契約に付随する義務として事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間内に、かつ、遅くとも原告らが時季指定をした年休使用日の相当期間前までに時季変更権を行使する労働契約上の義務(債務)を負っていたにもかかわらずこれを怠り、一律に各日の5日前まで時季変更権を行使しなかったものであり、その態様に照らし、上記の対応をしたことにつき被告には過失があったと認められるから、被告の上記の所為は原告らとの関係で債務不履行を構成するものと認められる。
(3)労基法39条5項が年休の時季の決定を第一次的に労働者の意思にかからしめていること、同規定の文理に照らせば、使用者による時季変更権の行使は、他の時季に年休を与える可能性が存在していることが前提となっているものと解されることに照らせば、使用者が恒常的な要員不足状態に陥っており、常時、代替要員の確保が困難な状況にある場合には、たとえ労働者が年休を取得することにより事業の運営に支障が生じるとしても、それは労基法39条5項ただし書にいう「事業の正常な運営を妨げる場合」に当たらず、そのような使用者による時季変更権の行使は許されないものと解するのが相当である。そうすると、使用者である被告は、労働者である原告らとの関係でも、労働契約に付随する義務(債務)として、年休の時季指定をした乗務員に対して時季変更権を行使するに当たり、恒常的な要員不足の状態にあり、常時、代替要員の確保が困難である場合には、そのまま時季変更権を行使することを控える義務(債務)を負っているものと解するのが相当である。
(4)被告の乗務員が本件期間において恒常的に要員不足の状態にあったか否かは、原告らを含む乗務員の年休の取得のために講じられていた被告の施策等も考慮しながら、各年度において原告らが平均20日の年休を取得できる程度の要員がC1運輸所及びC2運輸所に確保ないし配置されていたといえるか否かといった観点から検討するのが相当である。
 平成28年度においては、C1運輸所及びC2運輸所には通年で基準人員に沿った要員数が確保されていたとはいえず、基準人員を下回る乗務員しか配置できない期間があったにもかかわらず、配置された乗務員数に見合うような列車本数の調整が行われた形跡もうかがわれないこと、C1運輸所及びC2運輸所に所属する乗務員は、年間で平均20日以上という目標値を大きく下回る平均16日未満の年休しか取得できなかったこと、被告は、平成28年度の当初に基準人員に従った人員の配置をしただけでは各運輸所の乗務員が年休を平均20日取得できる状況とはならないと見込まれることを認識し、かかる認識の下、不足する労働力を補って年休取得が可能な人員を増加させることを目的として計画的に休日勤務指定を行い、各運輸所の乗務員に対して休日の振替えや代休の付与もしないままに平均5.8日分(約2.9泊)の休日勤務を指定していたことが認められるなど、前記の判断枠組みに照らす限り、平成28年度のC1運輸所及びC2運輸所は恒常的な要員不足の状態に陥っていたものと認めざるを得ない。
 以上によれば、被告は、本件期間において、年休の時季指定をした原告らに対し、恒常的な要員不足の状態のまま時季変更権を行使していたものといえるから、原告らとの関係でみれば、過失により労働契約上の義務(債務)を怠ったものと認めるのが相当である。
(5)原告A4は、年休申込簿に希望する年休使用日を記載して適式に届け出ており、年休順位制度によれば、同日には原告A4に対しては年休が付与されることになっていたところ、被告勤務作成担当者が過失により上記の届出がない(年休の時季指定がない)ものとして扱ったために同日について時季変更権が行使されて就労義務のある日とされたものといえるから、被告が原告A4に対して平成29年2月20日に年休を取得させなかった所為は、原告A4との関係で労働契約上の債務不履行を構成するものと認められる。