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ID番号 09563
事件名 辞職承認処分取消等請求事件
いわゆる事件名 栃木県・県知事(土木事務所職員)事件
争点 自由な意思ではない退職願に基づく辞職承認処分取消請求
事案概要 (1)本件は、被告(栃木県・同県知事)の職員であった原告が、双極性感情障害により令和元年10月1日から傷病休暇を取得中に、同月16日にA次長、B・TL(人事チームリーダー)と面談を行った結果、退職しようとする日を「令和元年10月31日」と記載した同月18日付け退職願(以下「本件退職願」という。)を提出し、これに基づき処分行政庁である栃木県知事が原告に対し令和元年10月31日付け辞職承認処分(以下「本件処分」という。)をした。このことについて、原告が、被告に対し、〈1〉本件退職願に係る辞職の意思表示は錯誤により無効であり、又は、詐欺を理由として取り消され、そうでなくとも、原告の自由な意思に基づかないものであるから、これを前提としてなされた本件処分は違法であると主張して、その取消しを求めるとともに、〈2〉被告の職員が原告に対し違法に退職を強要したと主張して、国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づき、損害賠償金等の支払いを求めた事案である。
(2)判決は、本件退職願を前提としてなされた本件処分は違法であるから取り消されるべきであるとし〈1〉の請求を認容し、国賠法上の違法性は認められないとし〈2〉の請求を棄却した。
参照法条 国賠法1条1項
体系項目 退職/退職願/ (2) 退職願と錯誤
裁判年月日 令和5年3月29日
裁判所名 宇都宮地裁
裁判形式 判決
事件番号 令和3年(行ウ)7号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 労働判例1293号23頁
審級関係 控訴
評釈論文 岡田俊宏、小倉崇徳・季刊労働者の権利355号91~99頁2024年4月
西田玲子(東京大学労働法研究会)・ジュリスト1600号143~146頁2024年8月
判決理由 〔退職/退職願/ (2) 退職願と錯誤〕
(1)本件面談及び本件退職願の作成・提出はいずれも、原告が双極性感情障害のため傷病休暇を取得して約半月が経過し、なお傷病休暇中であった最中に行われたものである。すなわち、原告は、令和元年9月頃からうつ状態が悪化し年次休暇を取得していたが、同年10月1日から傷病休暇を取得して療養中であり、本件面談当時においても、その症状の改善は見られず、本件面談の冒頭で、常時耳鳴りやめまいがすること、前夜から当日朝にかけては監理課との面談が控えていることもあり夢見が悪くうつらうつらしていたこと、頭の回転が落ちていること、本来の自分と比べて30%程度の状態であることなどをB・TLらに説明しており、さらには、もともと台風や低気圧により症状が悪化する傾向があったところ、令和元年台風第19号の通過から本件面談日まで数日しか経過しておらず、体調の悪い時期にあったものと認められる。よって、28年余にわたる公務員としての身分を失うという人生の重要局面における決断を、熟慮の上でなし得るような病状であったとはいい難い。
(2)原告は、B・TLらとの本件面談に一人で臨んでおり、産業医の同席はなく、原告の立場で複数の選択肢を示すなどのアドバイスをする者もおらず、本件面談で退職という選択肢を示された後、主治医や家族を含め誰にも相談することなく、わずか2日後に本件退職願の作成、提出に至っており、上記(1)のような精神状態にかかわらず熟慮し得る環境にあったとはいえない。
(3)本件面談の際のB・TLらの発言は、原告の復職に高いハードルがあり容易ではないことを示し、原告が休むことで他の職員に迷惑を掛け県民の理解も得られないなどと消極的な評価を述べるものであり、退職願の様式もその場で交付していることから、原告において退職しか選択肢がないかのように受け取ったとしても仕方がない側面がある。
(4)原告が本件面談時にはあくまで復職を希望していたことや上記経過からすると、退職は原告の意に反するものであったといえ、本件面談当時の健康状態及び本件面談におけるB・TLらの説明が相互作用したことにより、熟慮することができないまま退職の選択肢しかないという思考に陥った結果、本件退職願を提出するに至ったものと認められる。そうすると、本件退職願は自由な意思に基づくものとはいえず、退職が原告の意に反しないものであったとは認められない。
 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、本件退職願を前提としてなされた本件処分は違法であるから、取り消されるべきである。
(5)B・TLらが原告に対し、明確に「退職しなさい。」と退職を求め、あるいは、退職願の提出を強要したとの事実までは認められず、その場で原告に退職の結論を求めてはいない。また、原告に関する消極的評価は述べられているものの、明らかに虚偽又は誤った評価といえるような発言はなく、原告の身体を心配する発言もあったことからすれば、その手段方法につき、社会通念上、相当と認められる範囲を超えた違法な態様であったとは認められない。
 よって、B・TLらの行為につき、国賠法1条1項所定の違法性は認められないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の損害賠償請求は理由がない。