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ID番号 09565
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 弁護士法人S法律事務所事件
争点 性的被害による自死と両親による損害賠償等請求
事案概要 (1)本件は、被告事務所に弁護士として勤務していたC(以下「C」という。)が、被告事務所の代表社員弁護士であった被告Y2から意に反する性的行為等を受けたことにより自死したとして、Cの相続人(父母)である原告らが、被告Y2に対しては不法行為に基づき、被告事務所に対しては弁護士法30条の30が準用する会社法600条の規定に基づき、連帯して、損害各8549万0698円(Cの損害1億4943万7632円(慰謝料3000万円、逸失利益1億1793万7632円及び葬儀費用150万円の合計)の相続分2分の1である7471万8816円、原告ら固有の慰謝料である各300万円及び弁護士費用各777万1882円の合計)及び遅延損害金の支払をそれぞれ求める事案である。
(2)判決は、原告らに対する各6420万7640円の損害賠償を認容した。
参照法条 民法709条
民法711条
弁護士法30条の30第1項
会社法600条
体系項目 労基法の基本原則 (民事) /均等待遇/ (11) セクシャル・ハラスメント アカデミック・ハラスメント
裁判年月日 令和5年4月21日
裁判所名 大分地裁
裁判形式 判決
事件番号 令和2年(ワ)79号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 D1-Law.com判例体系
審級関係 控訴(令和6年1月25日福岡高判:控訴棄却)
評釈論文
判決理由 〔労基法の基本原則 (民事) /均等待遇/ (11) セクシャル・ハラスメント アカデミック・ハラスメント〕
(1)Cが本件自死に至った直接的なきっかけが業務処理の遅滞の発覚であったことは否定し難いものの、本件においては、被告Y2による性交ないしは性的行為がそれまでに男性経験のなかったCにとって苛烈で耐え難い出来事であり、Cが受けた精神的負荷の程度も計り知れないほど重いものであったこと、その後も少なくとも平成29年2月24日頃まで、被告Y2によって、Cの意に沿わない形で性交を含めた複数回の性的行為が継続され、更には当該性的行為を前提として、二次被害というべき言動が続けられていたこと、これによりCが被告Y2に対して、苦痛を超えて恐怖心を抱くにまで至り、その過程で自己嫌悪感及び喪失感を募らせ、苦悩し、精神的に不安定な状況に陥り、業務処理を遅滞させていたことが認められるのである。そして、その中で、恐怖の対象であった被告Y2に業務処理の遅滞を知られる事態が迫り、そのような極限的な状況の下で被告Y2と接するほかなくなったことを受け、自死を決意し、本件自死に至ったものである。
 そうすると、本件各不法行為がなければ、Cの本件自死はなかったといえる関係にあり、両者の間には条件関係が優に認められるというべきものである。業務遅滞の発生とその発覚は本件各不法行為に起因する重畳的な事由であり、条件関係を切断するようなものではないと解される。
(2)本件各不法行為がCにとって苛烈なものであり、これがCにもたらした精神的負荷の程度は計り知れないほど重く、そのような精神的負荷を受けた状態の中で、Cは、その後も、引き続き、被告Y2と日々顔を合わせなければならないばかりか、二次被害というべき状況に置かれていたものである。Cがそのような状況から逃れるためには、被告事務所を退所するしかなかったが、退所に当たり代わりの弁護士を見つけてこなければならない状況に置かれ、C自身が事務所宛て遺書に記載していたように、もはや後任の者を探す気力すらなく、本件自死を選択するほか方途がないほどに追い詰められた精神状態にあったものである。
 被告事務所のような規模と勤務条件の事務所において、その上司であり、代表者である者から、性的被害を受け、退所を含め、他に方途を見いだせない状況の下で、自死を選択せざるを得なかったという経過は、通常人において想定し得るものといえるのであって、本件自死に伴う損害も通常生ずべき損害というべきものであるから、本件各不法行為と本件自死及びこれにより発生した損害との間には優に相当因果関係が認められるというべきである。
(3)弁護士法30条の30第1項が準用する会社法600条の「職務を行うについて」された行為は、職務の執行行為そのものには属さないとしても、職務の執行行為を契機とし、これと密接な関連を有する行為も含まれると解するのが相当である。また、同条の「第三者」には、会社以外の一切の者を含むと解するのが相当である。
 被告Y2の本件各不法行為は、被告事務所の代表社員としての職務執行行為そのものには属さないが、その当時被告事務所の代表社員であり、前記「第三者」であるCに対し優越的な立場にあった被告Y2が、その立場に乗じて、被告事務所の主たる事務所である本件事務所の本件各執務室又は本件事務所と外階段で接続する本件事務所上階において、Cの勤務時間内に行ったものであることからすると、被告Y2の本件各不法行為は、職務の執行行為を契機とし、これと密接な関連を有する行為というべきであり、「職務を行うについて」されたものと認められる。