全 情 報

ID番号 09569
事件名 地位確認等請求控訴事件
いわゆる事件名 アメックス(降格等)事件
争点 育休復帰後の配置変更等の不利益取扱い該当性
事案概要 (1)本件は、クレジットカードを発行する外国会社である被控訴人(アメリカン・エキスプレス・インターナショナル・インコーポレイテッド)の個人営業部の東京のベニューセールスチームのチームリーダーとして勤務していた控訴人が、産前産後休業及び育児休業(以下、併せて「育児休業等」という。)の取得を理由に、チームリーダーの役職を解かれ、アカウントマネージャーに任命されるなどの措置【具体的には、①被控訴人は、平成27年7月に控訴人が産前休業に入った後、控訴人チームの仮のチームリーダーを選任し、組織変更により控訴人チームは消滅したこと(以下、「平成28年組織変更」又は「本件措置1-1」という。)、②平成28年8月1日、育児休業等から復帰した控訴人を平成28年組織変更により新設したアカウントセールス部門のマネージャー(アカウントマネージャー)(バンド35)に配置したこと(以下「本件措置1-2」といい、本件措置1-1と併せて「本件措置1」ということがある。)、③被控訴人は、平成29年1月、組織変更により、ベニューセールスチームを3チームから2チームに更に集約するとともに、アカウントセールスチームにリファーラルセールスを担うチームを併合して、リファーラル・アカウントセールスチームを新設し(以下「平成29年組織変更」という。)、そのチームリーダーとしてCを配置したこと(以下「本件措置2」という。)、④被控訴人は、平成29年3月、控訴人復帰後の最初の人事評価において、リーダーシップ項目の評価を最低評価の3としたこと(以下「本件措置3」という。)、また、被控訴人は、控訴人に対し、育児休業等からの復帰直後、個人営業部の共用スペースの席で執務するように指示し、平成28年9月から同年12月7日まで、他のフロアにある部屋で執務するように指示したこと(以下「本件措置4」という。)】を受けたことが、「雇用の分野における男女の均等な機会及ぶ待遇の確保等に関する法律」(以下「均等法」という。)9条3項及び「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」(以下「育介法」という。)10条、被控訴人の就業規則等又は公序良俗(民法90条)に違反し人事権の濫用であって違法・無効であるとして、〈1〉主位的に、上記措置がとられる前の被控訴人個人営業部の東京のベニューセールスチームのチームリーダー(バンド35)又はその相当職の地位にあることの確認を求め、〈2〉予備的に、被控訴人個人営業部のアカウントマネージャーとして勤務する労働契約上の義務が存在しないことの確認を求めるとともに、〈3〉不法行為又は雇用契約上の債務不履行に基づき、損害賠償金等の支払を求める事案である。
 原判決(東京地裁)は、控訴人の訴えのうち、〈1〉〈2〉の確認を求める部分については不適法であるとして却下し、その余の請求は理由がないとしていずれも棄却した。
 これを不服として、控訴人が〈3〉の訴えの棄却されたことについて控訴した。
(2)判決は、原判決を一部変更し、均等法、育介法に違反し、人事権を濫用するものであって、公序良俗にも反するとして損害賠償を認容した。
参照法条 民法415条
民法623条
民法709条
改正前民法415条
改正前民法623条
労働契約法5条
育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律10条
雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律9条
体系項目 労働契約 (民事)/ 人事権/ (1) 降格
裁判年月日 令和5年4月27日
裁判所名 東京高裁
裁判形式 判決
事件番号 令和1年(ネ)5013号
裁判結果 原判決一部変更
出典 判例タイムズ1523号129頁
労働判例1292号40頁
労働経済判例速報2522号3頁
労働法律旬報2037号64頁
D1-Law.com判例体系
審級関係 確定
評釈論文 本久洋一・労働法律旬報2037号40~41頁2023年8月10日
石田信平・法学セミナー68巻9号116~117頁2023年9月
水町勇一郎・ジュリスト1587号4~5頁2023年8月
野田進・季刊労働法282号179~189頁2023年9月
鈴木里士・労働経済判例速報2522号2頁2023年9月10日
植村和也・労働判例1292号96~97頁2023年10月15日
丸山亜子(労働判例研究会)・法律時報96巻6号123~126頁2024年6月
河津博史・銀行法務2168巻13号69頁2024年11月
判決理由 〔労働契約 (民事)/ 人事権/ (1) 降格〕
(1)本件措置1-1について
 被控訴人の業務上の必要に基づくものであり、控訴人の妊娠、出産、育児休業等を理由とするものとは認められない。また、この時点では控訴人に対して人事上の措置が行われたものではないから、人事権の濫用に当たることはなく、本件措置1-1が公序良俗に反することもない。
(2)本件措置1-2について
 被控訴人が復職した控訴人に一人の部下もつけないで上記業務をさせたのは、専ら、控訴人に育児休業等による長期間の業務上のブランクがあったことと、出産による育児の負担という事情を考慮したものというべきであって、本件措置1-2は、控訴人の妊娠、出産、育児休業等を理由とするものと認めるのが相当である。
控訴人が復職後に就いたアカウントマネージャーは、妊娠前のチームリーダーと比較すると、その業務の内容面において質が著しく低下し、給与面でも業績連動給が大きく減少するなどの不利益があったほか、何よりも妊娠前まで実績を積み重ねてきた控訴人のキャリア形成に配慮せず、これを損なうものであったといわざるを得ない。
 被控訴人が控訴人にこのような業務を担当させた背景には、控訴人の育児に対する被控訴人なりの配慮もあったことがうかがわれるが、控訴人がその後もチームリーダーに復帰していないことからすると、控訴人にとって不利な影響があったことは否定できない。控訴人は、短時間勤務制度は利用せず子供を保育園に預けて、妊娠前と同様にチームリーダーとして活躍し、会社の中でキャリアを高めていくことを望んでいたが、被控訴人と控訴人との間において、控訴人の将来のキャリア形成も踏まえた十分な話合いが行われておらず、復職前にE副社長から復職後の業務について半ば一方的に説明を受けたものであり、控訴人は、部下が付けられないことに戸惑い、渋々ながらこれを受け入れたにとどまるのであって、控訴人につき自由な意思に基づいて当該配置を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するということはできない。
 妊娠前には37人の部下を統率していた控訴人に対し、一人の部下も付けずに新規販路の開拓に関する業務を行わせ、その後間もなく優先業務として自ら電話営業をさせたことについては、業務上の必要性が高かったとはいい難く、控訴人が受けた不利益の内容及び程度も考え合わせると、当該措置につき均等法9条3項又は育介法10条の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するということもできない。
 以上の点を総合すると、本件措置1-2は、復職した控訴人に一人の部下も付けずに新規販路の開拓に関する業務を行わせ、その後間もなく専ら電話営業に従事させたという限度において、均等法9条3項及び育介法10条が禁止する「不利益な取扱い」に当たるほか、被控訴人の人事権を濫用するものであって、公序良俗にも反すると認めるのが相当である。
(3)本件措置2について
 被控訴人は、平成29年1月にアカウントセールス部門とリファーラルセールスチームを併合し、HのチームリーダーであるFに当該併合したチームのチームリーダーを兼務させており、控訴人を当該チームのチームリーダーにしていないところ、そのこと自体は、被控訴人の人事権の範囲内のことであって、違法であるということはできないものの、引き続き控訴人に部下を付けることなく電話営業等を行わせた限度において、前記(2)と同様、均等法9条3項及び育介法10条が禁止する「不利益な取扱い」に当たるほか、被控訴人の人事権を濫用するものであって、公序良俗にも反すると認めるのが相当である。
(4)本件措置3について
 リーダーシップの項目が最低評価とされたのは、復職した控訴人に一人の部下も付けずに新規販路の開拓に関する業務を行わせ、その後間もなく専ら電話営業に従事させた結果であるといわざるを得ず、前記(2)及び(3)のとおり、この点が均等法9条3項及び育介法10条が禁止する「不利益な取扱い」に当たる以上、本件措置3についても、これに当たるほか、被控訴人の人事権を濫用するものであって、公序良俗にも反すると認めるのが相当である。
(5)本件措置4について
 控訴人の妊娠、出産、育児休業等を理由とする不利益な取扱いに当たるとはいえず、人事権の濫用に当たることも、公序良俗に反することもないというべきである。
(6)控訴人は、被控訴人に雇用された後、個人客向けカードの営業部門において、業績を上げ昇進を重ねて、ベニューセールスチームのチームリーダーとなり、管理職として、37人の部下社員を擁する控訴人チームを統率していたものであるが、育児休業等を取得して復職したところ、一人の部下も付けられることなく業務に従事させられ、業務の中心を電話営業とされたこと、その後の人事評価において、リーダーシップの項目を最低の評価とされたことによって、少なからぬ精神的苦痛を被り、将来の会社内におけるキャリア形成に対する期待感を害されたというべきであるから、慰謝料として200万円の賠償を認めるのが相当である。