ID番号 | : | 09574 |
事件名 | : | 懲戒免職処分取消、退職手当支給制限処分取消請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 宮城県・県教育委委員会(県立高校教諭)事件 |
争点 | : | 飲酒運転による事故を理由とする懲戒免職、退職金不支給処分の有効性 |
事案概要 | : | (1)本件は、宮城県の県立高校の教諭であった被上告人が、平成29年4月28日午後6時20分頃から午後10時20分頃まで、2軒の飲食店において、グラスビールを1杯、日本酒を3合、ビール中ジョッキ1杯程度の飲酒をした上、帰宅するために自家用車の運転を開始して程なく、丁字路交差点手前で一時停止後に右折した際、優先道路から進入してきた右折車と衝突する物損事故を起こした非違行為(以下「本件非違行為」という。)を理由に、宮城県教育委員会(以下「県教委」という。)が被上告人に対してした平成29年5月17日付け懲戒免職処分(以下「本件懲戒免職処分」という。)及び一般の退職手当等の全部を支給しない旨の退職手当支給制限処分(以下「本件全部支給制限処分」といい、本件懲戒免職処分と併せて「本件各処分」という。)はいずれも裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用した違法なものであるなどと主張してその取消しを求める事案である。 (2)一審判決(仙台地裁)は、被上告人の請求は本件全部支給制限処分の取消しを求める限度で理由があり、その余は理由がないとして、退職手当支給制限処分を取り消し、その余の請求を棄却した。これに対し、被上告人は、原判決が懲戒免職処分の取消請求を棄却した部分を不服として控訴し、上告人は、原判決が退職手当支給制限処分を取り消した部分を不服として控訴した。 原判決(仙台高裁)は、原審同様、懲戒免職処分は、県教委の裁量権を逸脱した違法な処分ではないとし懲戒免職処分の取消請求を棄却したが、退職手当1724万6467円の全部を支給しないこととした退職手当支給制限処分は、裁量権を逸脱した違法な処分であるとして、退職手当の7割に相当する1207万2527円を支給しないこととする支給制限処分は適法であると認められるが、退職手当の3割に相当する517万3940円を支給しないこととする部分を取り消した。これを、不服として上告人が上告した。 (3)判決は、原判決を一部変更し、本件全部支給制限処分は社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとはいえないとして、本件全部支給制限処分を認容した。なお、原審の判断は是認することができるから、本件上告は棄却されるべきである旨の反対意見があった。 |
参照法条 | : | 地方公務員法 |
体系項目 | : | 懲戒・懲戒解雇/ 10 処分の量刑 |
裁判年月日 | : | 令和5年6月27日 |
裁判所名 | : | 最高裁三小 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 令和4年(行ヒ)274号 |
裁判結果 | : | 一部変更 |
出典 | : | 最高裁判所民事判例集77巻5号1049頁 判例時報2579号86頁 判例タイムズ1513号65頁 労働判例1297号78頁 労働経済判例速報2528号3頁 判例地方自治504号33頁 労働法律旬報2056号54頁 裁判所ウェブサイト掲載判例 D1-Law.com判例体系 |
審級関係 | : | 上告受理申立て |
評釈論文 | : | 河津博史・銀行法務2167巻9号70頁2023年8月 中原茂樹・月刊法学教室517号130頁2023年10月 小西康之・ジュリスト1590号4~5頁2023年11月 高仲幸雄・労働経済判例速報2528号2頁2023年11月10日 佐藤政達・ジュリスト1594号116~120頁2024年3月 佐藤政達・法曹時報76巻4号144~160頁2024年4月 早津裕貴・季刊労働法284号22~35頁2024年3月 鈴木蔵人・経営法曹220号30~34頁2024年6月 正木宏長・民商法雑誌160巻3号99~112頁2024年8月 西森利樹(労働判例研究会)・法律時報96巻11号141~144頁2024年10月 |
判決理由 | : | 〔懲戒・懲戒解雇/ 10 処分の量刑〕 (1)職員の退職手当に関する条例(昭和28年宮城県条例第70号。令和元年宮城県条例第51号による改正前のもの。以下「本件条例」という。)12条1項1号の規定(以下「本件規定」という。)により支給される一般の退職手当等は、勤続報償的な性格を中心としつつ、給与の後払的な性格や生活保障的な性格も有するものと解される。そして、本件規定は、個々の事案ごとに、退職者の功績の度合いや非違行為の内容及び程度等に関する諸般の事情を総合的に勘案し、給与の後払的な性格や生活保障的な性格を踏まえても、当該退職者の勤続の功を抹消し又は減殺するに足りる事情があったと評価することができる場合に、退職手当支給制限処分をすることができる旨を規定したものと解される。このような退職手当支給制限処分に係る判断については、平素から職員の職務等の実情に精通している者の裁量に委ねるのでなければ、適切な結果を期待することができない。 そうすると、本件規定は、懲戒免職処分を受けた退職者の一般の退職手当等につき、退職手当支給制限処分をするか否か、これをするとした場合にどの程度支給しないこととするかの判断を、退職手当管理機関の裁量に委ねているものと解すべきである。したがって、裁判所が退職手当支給制限処分の適否を審査するに当たっては、退職手当管理機関と同一の立場に立って、処分をすべきであったかどうか又はどの程度支給しないこととすべきであったかについて判断し、その結果と実際にされた処分とを比較してその軽重を論ずべきではなく、退職手当支給制限処分が退職手当管理機関の裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、当該処分に係る判断が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に違法であると判断すべきである。 そして、本件規定は、退職手当支給制限処分に係る判断に当たり勘案すべき事情を列挙するのみであり、そのうち公務に対する信頼に及ぼす影響の程度等、公務員に固有の事情を他の事情に比して重視すべきでないとする趣旨を含むものとは解されない。また、本件規定の内容に加え、本件規定と趣旨を同じくするものと解される国家公務員退職手当法(令和元年法律第37号による改正前のもの)12条1項1号等の規定の内容及びその立法経緯を踏まえても、本件規定からは、一般の退職手当等の全部を支給しないこととする場合を含め、退職手当支給制限処分をする場合を例外的なものに限定する趣旨を読み取ることはできない。 (2)以上を踏まえて、本件全部支給制限処分の適否について検討すると、被上告人は、自家用車で酒席に赴き、長時間にわたって相当量の飲酒をした直後に、同自家用車を運転して帰宅しようとしたものである。現に、被上告人が、運転開始から間もなく、過失により走行中の車両と衝突するという本件事故を起こしていることからも、本件非違行為の態様は重大な危険を伴う悪質なものであるといわざるを得ない。 しかも、被上告人は、公立学校の教諭の立場にありながら、酒気帯び運転という犯罪行為に及んだものであり、その生徒への影響も相応に大きかったものと考えられる。現に、本件高校は、本件非違行為の後、生徒やその保護者への説明のため、集会を開くなどの対応も余儀なくされたものである。このように、本件非違行為は、公立学校に係る公務に対する信頼やその遂行に重大な影響や支障を及ぼすものであったといえる。さらに、県教委が、本件非違行為の前年、教職員による飲酒運転が相次いでいたことを受けて、複数回にわたり服務規律の確保を求める旨の通知等を発出するなどし、飲酒運転に対する懲戒処分につきより厳格に対応するなどといった注意喚起をしていたとの事情は、非違行為の抑止を図るなどの観点からも軽視し難い。 以上によれば、本件全部支給制限処分に係る県教委の判断は、被上告人が管理職ではなく、本件懲戒免職処分を除き懲戒処分歴がないこと、約30年間にわたって誠実に勤務してきており、反省の情を示していること等を勘案しても、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとはいえない。 |