全 情 報

ID番号 09575
事件名 損害賠償請求控訴事件
いわゆる事件名 東海交通機械事件
争点 従業員のパワハラについての会社の責任
事案概要 (1)本件は、新幹線及び在来線鉄道車両の改良・メンテナンス等の車両関係業務、空調設備の設計・工事施工・メンテナンス等の機械関係業務等を請け負っている東海交通機械株式会社(以下「被控訴人会社」という。)の従業員である控訴人が、主任の先輩従業員であった被控訴人Yから、平成28年3月頃から同年12月29日までの間に、日常的に暴行、暴言、陰湿ないじめ行為などのパワハラを、平成29年2月頃から平成31年4月頃までの間に、威圧的な態度や嫌がらせを受け、被控訴人会社はこれを放置した上、控訴人の上司による控訴人に対する嫌がらせ行為をさせたため、控訴人は被控訴人Yの暴行(平成28年12月29日、E営業所において、控訴人の顔面を平手打ちし、控訴人に全治約3週間を要する左外傷性鼓膜損傷及び内耳損傷の傷害を負わせた。)による傷害の後遺症が残るとともに、適応障害及びパニック障害を発症したとして、被控訴人Yに対しては不法行為に基づき、被控訴人会社に対しては被控訴人Yの行為につき民法715条の使用者責任及び労働契約上の債務不履行責任に基づき、被控訴人会社の行為につき不法行為に基づき、損害賠償の支払を求める事案である。
 なお、所轄労働基準監督署は、精神障害専門部会の意見などを踏まえた上で、控訴人のパニック障害が、平成28年10月頃から同年12月29日までの間に被控訴人Yから受けた暴行により発症したもので業務起因性が認められるとして、控訴人による労災申請を認める決定をしている。
(2)原判決(名古屋地判)は、被控訴人Yによるパワハラ行為は、被控訴人会社の事業の執行と密接に関連して行われたと認められるから、被控訴人会社は、被控訴人Yのパワハラ行為について、民法715条の使用者責任を負うとして、被控訴人Y及び被控訴人会社に対し、連帯して167万6883円及び遅延利息の支払いを認容し、その余の請求を棄却したが、控訴人がこれを不服として控訴した。
 また、控訴人は、当審において、被控訴人会社が、控訴人の労働災害に関して労働基準監督署に対し虚偽の報告をしたなどと主張して、被控訴人会社に対し、不法行為に基づく損害賠償を求める請求を追加した。
(3)判決は、控訴人のパニック障害の発症と被控訴人Yによるパワハラ行為との間には相当因果関係があると認められること、被控訴人会社は、労働基準監督署の指摘を受けるまで、故意に本件傷害事件及び本件受傷に係る労働者死傷病報告書を提出しなかったと認めことは、控訴人が適切な時期に適切な内容の労災給付を受ける権利や控訴人の人格的利益を侵害する違法なものであるとして、被控訴人らに対し、連帯して224万6017円及び遅延利息の支払いを認容し、その余の請求を棄却した。
参照法条 民法623条
民法709条
民法710条
民法715条
体系項目 労働契約 (民事) /労働契約上の権利義務/ (16) 安全配慮 (保護) 義務・使用者の責任
労働契約 (民事) /労働契約上の権利義務/ (24) 職場環境調整義務
裁判年月日 令和5年8月3日
裁判所名 名古屋高裁
裁判形式 判決
事件番号 令和5年(ネ)第108号
裁判結果 原判決変更、控訴一部棄却
出典 D1-Law.com判例体系
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約 (民事) /労働契約上の権利義務/ (16) 安全配慮 (保護) 義務・使用者の責任 〕
〔労働契約 (民事) /労働契約上の権利義務/ (24) 職場環境調整義務〕
(1)控訴人は、被控訴人Yによる継続的なパワハラ行為によって適応障害を発症しているところ、控訴人は、被控訴人Yと接触しないための措置として平成29年2月1日付けでD営業所からG支店勤務に異動しているが、被控訴人Yは、業務上の必要から平成29年及び平成30年に年十数回、出張でG支店に来ており、控訴人の背後の席に座り、立ち上がるたびに被控訴人Yの椅子が控訴人の椅子に当たっており、このことにつき、控訴人は、D営業所で勤務していた当時の被控訴人Yによるパワハラ行為を思い出すとともに、再び被控訴人Yから嫌がらせを受けていると感じていたものである。
 こうした事情に加えて、本件傷害事件以前に、控訴人が適応障害等の精神疾患を発症して通院等していた事情はうかがわれないことを考慮すると、控訴人が、平成30年4月27日の時点でパニック障害と診断される症状を発症した原因は、被控訴人Yによるパワハラ行為によって発症した適応障害が寛解していない状況の下、被控訴人Yと接触することが年十数回に及んだためであると認めるのが相当であり、控訴人のパニック障害の発症と被控訴人Yによるパワハラ行為との間には、相当因果関係があると認めるのが相当である。
 控訴人が、H病院で適応障害と診断され、平成29年1月20日に同病院を受診した後、平成30年4月27日まで約1年3か月間、適応障害について同病院を受診していないことは、通院慰謝料の算定に当たって考慮すれば足りるのであり、上記認定を妨げるものではない。また、控訴人を適応障害と診断した同病院の医師が、一般的に暴力を受けたこととパニック障害、広場恐怖症に関連があるとはいえないとして、控訴人のパニック障害と被控訴人Yの暴行との因果関係を診断書に記載することを断っていることは、一般論としての医学的見地からの意見・判断であって、控訴人と被控訴人Yとの間のこれまでの経緯等を踏まえた上で、その因果関係を否定する判断を示したものではないから、この事実も上記認定を妨げるものではない。ほかに控訴人のパニック障害が被控訴人Yによるパワハラ行為に起因しているとの判断を覆すに足りる事情はない。
 したがって、控訴人のパニック障害の発症と被控訴人Yによるパワハラ行為との間には相当因果関係があると認められる。
(2)被控訴人会社は、遅くとも平成29年1月4日には本件傷害事件及び本件受傷がD営業所内で就業時間内に起きたことを認識していたものと認められ、被控訴人会社の規模からすると、被控訴人会社においては組織的な労務管理体制が相応に整えられているものと認められる。そのような体制下にある被控訴人会社が、労働基準監督署からの指導を受けるまで本件傷害事件及び本件受傷に係る労働者死傷病報告書を提出しなかったことは、あまりにも不自然であるし、同報告書の提出が遅れた理由についての説明内容も、不自然不合理なものといわざるを得ない。加えて、被控訴人会社が同報告書に記載した本件傷害事件の経緯や内容は、本訴訟における被控訴人Yの主張内容にほぼ沿うものであり、被控訴人Yの主張と大きく異なる控訴人の主張が全く反映されていないことも不自然であるというべきである。
 これらの事情に照らすと、被控訴人会社は、労働基準監督署の指摘を受けるまで、故意に本件傷害事件及び本件受傷に係る労働者死傷病報告書を提出しなかったと認めるのが相当であり、この認定に反する被控訴人会社の主張は採用できない(なお、上記のとおり、被控訴人会社が労働者死傷病報告書に記載した本件傷害事件の経緯や内容には、被控訴人Yの主張と大きく異なる控訴人の主張が全く反映されていないことが認められるものの、このことをもって被控訴人会社が故意に虚偽の内容を記載した労働者死傷病報告書を提出したとまでは認め難い。)。
 こうした被控訴人会社の行為は、控訴人が適切な時期に適切な内容の労災給付を受ける権利や控訴人の人格的利益を侵害する違法なものであり、被控訴人会社は、これにより控訴人が被った損害を賠償すべきである。