全 情 報

ID番号 10003
事件名 労働基準法違反被告事件
いわゆる事件名 御国ハイヤー事件
争点
事案概要  当初、労働者の承諾のもとに口座振込みがなされていたところ、労働者が賃金の現金払いを申入れたのに対し拒否したことが労基法二四条に違反するとして起訴された事例。
参照法条 労働基準法24条1項
労働基準法120条1号
体系項目 賃金(刑事) / 賃金の支払い方法 / 直接払い・口座払い
裁判年月日 1981年3月18日
裁判所名 高知簡
裁判形式 判決
事件番号 昭和55年 (ろ) 74 
裁判結果 有罪(罰金60,000円)
出典 労働判例365号91頁/労経速報1092号3頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-賃金の支払い方法-直接払い・口座払い〕
 そもそも労働者にとって賃金は、自己とその家族を支える重要な財源であって、日常必要とするものであるから、これを強制通用力をもつ貨幣で、確実かつ直接に労働者の手に渡らせることによって、その生活に不安のないようにすることが、労働政策上から極めて必要なことであり、労働基準法二四条一項が、賃金は同項但書の場合を除き、通貨で、直接に労働者に支払われなければならない旨規定しているのは、まさに右に述べた趣旨をその法意とするものというべきである。とすると、同項の規定するいわゆる通貨払の原則は、現金による賃金の支払を義務づけることによって、弊害の多い現物給与を禁止するのはもちろんであるが、それのみにとどまらず、労働者にとってもっとも確実、容易、迅速かつ安全な支払方法(現金払の効用は、それが支払われたときから、換金する必要もなく、ただちに、自由に、額面金額どおりに使用することができることにある。)を、賃金の形態じたいによって確保することを目的としているものと解するのを相当とする。
 右のとおりであるとすると、口座払の方法による賃金の支払は、現金が労働者本人に安全・確実にわたるという点では問題ないけれども、本来使用者の行うべき賃金の支払に対し、労働者に若干の不便と一定の協力行為(銀行の営業時間からくる引出時間の限定、口座をもっていない労働者に対してはわざわざ口座を設けさせること、預金引出のため銀行まで出向く労力を負わせること等)を義務化する点で、これをただちに通貨による直接払と同一視することはできず、一般的には通貨払の原則に違反し許されないものといわなければならない。
 もっとも、現在、銀行業務の拡大に伴って、一般家庭でも月賦販売の代金とか電気・ガス・水道等の各種料金の支払について銀行口座を利用することが増加していることから、銀行口座への振込が現金払と同等に、あるいはそれ以上に便利であるとして、これを希望するかあるいはこれに同意する労働者があるとすれば、その支払方法によったとしても、かかる場合はその労働者に不利益が生ずるとはいえないから、口座払を現金による支払と同一視して法の許容するところと考えても差し支えない。また、最近になって賃金の口座払を行う企業が増加し、相当程度普及するに至っていることも公知の事実である。しかしながら、現段階において、この支払方法が通貨払と同一視できるほど便利なものかどうかは、金融機関の発達という条件もあるが、もっぱら個々の労働者の主観的な事情によるのであって、一般的にそうと断言できるものではなく、また現在行われている口座振込も、労働者一般が、これを現金払と同等あるいはそれ以上に生活上有利であり便利なものであると考え、積極的にこれを希望し、そのためにこの支払方法が慣行化しつつあるというものでもない。それよりもむしろ、企業の経理事務の合理化、省力化の一環として、あるいは企業自体の金融政策上の便宜等から、もっぱら企業側の要請に応じて普及するに至っているものである。(このことは本件における各労働者及び被告人らの供述によっても裏付けられる。)
 以上のような観点からして、通貨払の原則は現物給与の禁止のみを目的としているものと解して、口座払を一般的、無条件に許容されるとする見解はとることができず、口座払の方法によることが労働者の自由な意思に基づいており、しかも、労働者に特別の不利益をもたらさないような方法が講じられた場合、すなわち、労働者が指定する本人名義の預金または貯金の口座に振り込まれること、振り込まれた賃金の全額が所定の賃金支払日に払い出しうる状況にあること、以上の条件をみたした場合にのみ許容されるが、労働者の同意がないのにこの方法によることは、労働基準法二四条一項に違反するものと解するのを相当とする。
 そして、前記趣旨から、労働者の申出または同意により口座振込を開始したものであっても、その後労働者から現金払の請求があった場合には、使用者は直ちにこれを中止して現金払に切り替えるべきであって、その請求に応じないで口座払の方法を継続するときは、労働者の意思に基づかない場合として、同条項に違反するものと解すべきは当然である。