全 情 報

ID番号 10509
事件名 労働基準法違反被告事件
いわゆる事件名 藤野金属工業事件
争点
事案概要  使用者が社内技能訓練を実施し、その費用につき、合否決定後一年以内に退職した場合、全額返済する旨の約定を結んだことが労基法一六条の禁止する賠償予定にあたるか否かが争われた事例。
参照法条 労働基準法16条
体系項目 労働契約(刑事) / 賠償予定の禁止
裁判年月日 1968年2月28日
裁判所名 大阪高
裁判形式 判決
事件番号 昭和41年 (う) 1306 
裁判結果 無罪
出典 高裁刑集21巻1号85頁/時報517号85頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-賠償予定の禁止〕
 労働基準法第一六条にいわゆる違約金とは、広く契約不履行に対する制裁として違反者が相手方に支払う金員を指称し、労働契約においては、主として契約期間の途中で転職、逃亡などした労働者やその親元などに課せられるものであり、損害賠償額の予定とは、契約違反、不法行為の場合にその相手方ないし被害者が蒙る損害をあらかじめ一定して置き契約違反ないし不法行為の起つたときに、一々損害額を計算し証明する労を省くためのものであるが、同条において労働契約の不履行につき、これらの違約金又は損害賠償額を予定する契約を締結することを禁止するゆえんのものは、使用者が労働者に対して雇用関係の継続を不当に強要するおそれがあるからであるところ、労働関係において、使用者が被よう者の願出により技量資格検定試験受験のために社内技能者訓練を実施し、使用者において、材料費を含む練習費用、部外講師並びに部内熟練工による指導費及び検定試験に要する費用などを支弁し、その計算の範囲内において金額を定め、合格又は不合格の決定後約定の期間内に退職するときは、右の金員を使用者に返済し、約定の期間就労するときはこれを免除し、なお所定の報賞金を追加支給する旨の特約をすることは、その費用の計算が合理的な実費であつて使用者側の立替金と解され、かつ、短期間の就労であつて、全体としてみて労働者に対し雇よう関係の継続を不当に強要するおそれがないと認められるときは、労働基準法第一六条の定める違約金又は損害賠償額の予定とはいえないと解する。
 (中略)
中小企業においては全体が従業員の確保に悩み、自ら養成した優秀な従業員も大企業に引き抜かれるため、事業主は、あらゆる努力を払い便宜を供与して従業員を優遇し、その足止めに努めている実情であるところ、被告会社においても同様に、従業員の福祉と会社企業の伸展を期し、従業員の優遇措置として希望者をつのり、熔接技量資格検定試験受験のための社内技能者訓練を実施しその受験準備のために、約二ケ月にわたり学科については外部から講師を招いて教育し、実地訓練については会社内部の有資格者を配して指導訓練をして来たこと、その訓練費用、教育費用並びに受験費用はすべて会社において一応、支払いをし、検定試験に合格した者が引き続き就労することを期待し、一年以内に退職するときはその金員を返済するが、一年間の就労によりその金員の支払いを免除し、なお毎月報賞金を追加支給するなどの優遇方法を講じていること、右の金額は、鑑定書中材料の鉄板について新品の半額と見積れば金三二、四四一円となり、金高において、合理的な実費の範囲内であつて相当であり、その性質は、会社が講習を希望する従業員に対する訓練費用の立替金であると認められる。そして「一年間は退職致しません」という条項は、労働を強要する字句のように解されるおそれがあり措辞妥当を欠くきらいがあるけれども、それは工員の誠実な就労を期待する意味であつて、立替金を返済するときは、何時でも退職することができることは、工員に対し十分説明されており、その期間が短期間であることと総合し、労働者に対し使用関係の継続を不当に強要するものとは考えられない。従つて、本件の誓約書は、労働契約の不履行につき違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしたものとはいえない。