全 情 報

ID番号 10517
事件名 労働基準法違反被告事件
いわゆる事件名 蛯名製作所事件
争点
事案概要  満一八歳に満たない年少者につき違法な時間外労働をさせたとして使用者が起訴された事例。
参照法条 労働基準法60条1項
労働基準法60条3項
体系項目 年少者(刑事) / 未成年者の時間外労働
罰則(刑事) / 罪数
裁判年月日 1967年6月5日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 昭和41年 (う) 2101 
裁判結果 破棄自判
出典 高裁刑集20巻4号397頁/下級刑集9巻6号751頁/東高刑時報18巻6号175頁/タイムズ214号244頁/家裁月報19巻6号140頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔年少者-未成年者の時間外労働〕
 第六〇条第三項の規定には第三二条第一項の規定する労働時間の制限が規範内容として取り入れられていて、これを内包し、従つて、第六〇条第三項の許容する範囲を逸脱する行為は、改めて第三二条第一項の禁止規範を俟つまでもなく、第六〇条第三項によつてすべて禁止され、それ自体によつて犯罪となり、ただ第三二条第一項の構成要件が第六〇条第三項のそれと競合する範囲において潜在的に第三二条第一項にも違反することとなると解せられ、従つて、年少労働者に対する一日及び一週間の労働時間の限度を超える場合はすべて第六〇条第三項に違反し、同法第一一九条第一号の罰条が適用せられることとなる。
〔罰則-罪数〕
 労働基準法第六〇条第三項に違反する行為の態様を見ると、(1)一週間のうち一日の労働時間を四時間以内に短縮する場合であると否とに拘らず、一日の労働時間が一〇時間を超えた場合、(2)右の短縮措置をとる場合でないのに、一日の労働時間が一〇時間以内であるが八時間を超える場合、(3)一週間の労働時間が四八時間を超えた場合の三者となり、右の(3)の場合は、一週を通じての労働時間の制限に違背する態様のものであるから、その性質上労働者各個人別に、使用各週毎に一罪が成立することは明らかである。しかし、右の(1)及び(2)の場合は、いずれも一日の労働時間の制限に違背する態様のものであり、同法第三二条第一項の一日単位の労働時間の規制を変形したことによつて二個の態様に分類されるに至つたものであるが、第三二条第一項の右の規制に違反した場合は労働者各個人別に、各違反日毎に一罪が成立するものと解されるのであるから、右の(1)及び(2)の場合も労働者各個人別に、各違反日毎に一罪が成立すると解するのが相当であつて年少労働者に対する労働時間についての違反行為を成人労働者に対するそれに比し本質的に異る法律評価をする理由はない。尤も、右の(1)の場合、その違法状態は一日一〇時間を超えて労働させた時点において成立、確定するから、その時点において右第六〇条第三項違反の一罪が成立するとすることは容易であるが、右の(2)の場合は、四時間以内の短縮措置、その意思の存否に関して問題があり、一週の経過を待たないと違法状態を確定することができず、従つて各週毎に一罪が成立するものの如く解されないでもない。しかし、成人労働者の労働時間につき同法第三二条第二項は就業規則その他により定めた場合に、また、同法第三六条は労使双方が書面により協定してこれを行政官庁に届けた場合に同法第三二条第一項の規制と異る態様を許容することとしていて、同条項と異る態様の労働時間を許容するについてはその条件の明確化を厳に要求していること、第六〇条第三項は、心身が未だ発育の途上にある年少労働者の健全な育成のため、これに休養、勉学の機会を与えるなどその労働生活について成人労働者に比し厚く保護する必要があるので、使用者の事業運営上の便宜をも考慮しながら、労働時間の緩和を認める条件を成人労働者に比し厳格にしたものであるから、その条件については成人労働者の場合と同様或いはそれにも増してその明確化が要求されて然るべきであること、そして第六〇条第三項は一日の労働時間の延長については、一週間の労働時間の制限のほか、「一週間のうち一日の労働時間を四時間以内に短縮する場合においては」という表現を用いてこれを条件にしていることに鑑みると、年少労働者についてもその秩序ある労働生活を維持させるため、右の延長の際には既に短縮措置の条件が確定、明示されていなければならないと解するのが相当である。従つて、右の労働時間の短縮、延長については、就業規則、使用者と年少労働者との話合い等により予め各週の就業計画を定め、これにより難い事情のあるときは週の初めにその週の就業計画を定め、週の途中において計画の変更を余儀なくする事情が生じたときは速かに爾後におけるその週の就業計画を定めるなどして、年少労働者に対しそれが予め明示されている場合に限り、労働時間の延長が許され、遅くとも延長の際までに短縮の計画が明示されていない場合は、使用者にその週のうちに短縮措置をとる意思があると否とに拘らず、一日八時間を超える労働をさせ、外形的に違法な状態が成立した限り、その時点において第六〇条第三項違反の罪が成立するというべきであり、後に至つて短縮措置がとられたとしても、もとよりこれによつて右の違法性ないし可罰性が失われるものではないと解するのが相当である。若しかかる解釈を採らないとすれば使用者の恣意によつて年少労働者不知の間に労働時間の操作が行われることとなり、自然に違法な労働を強いる結果を生じ、年少労働者保護の目的を達し得ない虞れがあるからである。してみると、右の(2)の場合においても労働時間の延長の時点において違法状態が確定するから、一週の経過を待たなければ犯罪の成否を決し得ないとする理由は何もない。