全 情 報

ID番号 10538
事件名 建造物侵入等被告事件
いわゆる事件名 椿本チェーン製作所事件
争点
事案概要  被解雇者が立入を禁止された会社に立入って建造物侵入罪で起訴された事例。
参照法条 労働基準法20条
日本国憲法28条
体系項目 解雇(刑事) / その他
裁判年月日 1951年5月30日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号
裁判結果 有罪(一部懲役3か月・2か月)
出典 刑事裁判資料102号652頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔解雇-その他〕
 弁護人及び被告人等は、本件会社側の解雇申入れは、十一月十四日までに任意退職の申出なきことを条件として十五日より解雇の効力を発生するとの条件附のもので、被告人等は本件行為当時なお従業員たる身分を有するものであるところ、会社側はその理由を具体的に明示しない一片の解雇通告で直ちに立入禁止を宣言するが如きは団体交渉権行使の機会を奪うもので、労資対等の下に協議を尽させようとする憲法下労働法規の趣旨に反し、不当であつて、之れに対し、団体交渉のため工場の構内に立入ることは当然に許された正当行為であると主張する。
 この点に関して考えてみるのに、使用者は労働基準法第二十条所定の要件を充足すれば、その従業員を解雇するにつき正当の理由の存することを要せず、一方的に従業員を解雇することができるとの説をなすものがあるけれども、かくては解雇は全く使用者の恣意に委ねられ、労働者の勤労の権利を奪う結果となつて不当である。故に使用者が従業員を解雇しようとするには必ずや正当な理由がなければならない。而してこの理由は労働協約、就業規則等に解雇の基準又は手続規定の存しない場合においても、同様でなければならない(証人Aの当公廷での供述によれば本件の場合にも解雇申入れ当時、労働協約は失効し、就業規則のみが存していた。けれども、解雇については組合の意見を徴する例であつた。
 ところで本件会社側が解雇の理由として掲げているところの事由がもし存在したとすれば正しく解雇の正当事由となるであろう。しかし問題は会社側が特定の被解雇者を右の事由に該当すると一方的に決定することに存するのではなくして、指名された当の被解雇者が現実に右の事由に該当するか否かに存するのである。故に本件の場合の如く抽象的な解雇理由を掲げて従業員を解雇した場合に、納得のゆかない被解雇者の属する組合側がその具体的理由をただし、進んで会社に対し団体交渉を求め、解雇の取消ないし復職を求めるべきは当然である。
 而して団体交渉における当事者双方は満足のゆくような協定に達するという見解をもつて交渉を継続する義務を有すべく、形式当な交渉をもつて糊塗すべきではない。故にもし正当な理由なくして組合代表者との団体交渉を拒否した場合には不当労働行為を構成することとなるべく(労働組合法第七条第二号)、又協議の余地が存するにかかわらず、殊更らにこれを排けて一方的に解雇を断行することは人事権の濫用として解雇の無効を来す場合があるであろう。この意味において会社側の当の責任者たる総務部長A及び管理課長Bの当公廷での証言によつて窺知しうる会社側の態度には誠意を欠くきらいがないとはいえない。
 しかしながら、他面、団体交渉権の行使方法にも社会通念上容認せらるべき妥当性の限界が存するのであつて、被告人等の本件行動は明らかにその方法において右限界を超え不当に工場の安全を侵すものと認めざるを得ない。殊に十一月十三日、工具工場内において就業時間中、団体交渉を行うという計画それ自体前示団体交渉の本旨に副わないものというべきである。
 然るところ解雇の有効無効、団体交渉の拒否といいうるやそれが不当労働行為を構成するやの点は、民事事件或いは労働委員会の裁定問題として当該機関の決定すべき事柄に属し、本件建造物侵入等被告事件としては右事情は犯情の域を出でず、ために犯罪の成否には影響なきものである。蓋し、建造物侵入罪の保護法益は、占有、看守する場所が法律上保護せられていることの意識すなわち安全にありと解すべきところ、会社が一応適式に行つた解雇に附随して、而も一応妥当と認めらるべき除外例を設けて立入禁止を通告した如き場合にあつては、該禁止の効力は直ちに発生すべく、これを実力をもつて排除することは、工場施設に対する一般包括的な管理権を使用者に認めている現代の資本制生産組織の基盤に立つて現存秩序の維持安全をなにものにも代え難く(時として正義にもまして)保護しようとする法の精神に照らして許されないところであるからである。このことは家屋の不法占拠者に対してもその安全はこれを保すべきであるから、その不法を排除する権利あるものにおいても、その権利を主張するために住居に侵入することは許されないところで、これがためには法定の救済手段によらねばならぬことを併せ考えれば首肯されよう。
 会社の立入禁止の宣言とその実現のための合法的実力(警備員の増強や有刺鉄線の張り廻らし)はもとより常に正しいとはいえない。合法の仮面をかぶつた実力の濫用はしばらく論外として、濫用されない合法的実力であつても、それが守られなけばならないことの根拠は、その実力の目的とするとするところの正否(解雇の有効無効という如きこと)にあるのではなく、それへの服従が民主主義の基本的秩序の遵守に外ならぬという事実にある。従つて一つの合法的実力行使を不当とする場合でも、これを正そうとするものは法を直接に破ることによつて正すべきではなく、法を守りつつその目的を達成しうるような方法をとらねばならない。
 以上の次第であるから、被告人等の本件侵入行為はやはり違法なものと認めなければならない。