全 情 報

ID番号 10591
事件名 業務上過失致死傷、業務上過失激発物破裂、労働安全衛生法違反被告事件
いわゆる事件名 チッソ石油化学五井工場事件
争点
事案概要  化学工場で補助冷却装置の分解掃除中に、大量の液化プロビレンおよびヘキサンを大気中に噴出・爆発させて工場など一二棟を損壊させたうえ死者四名を出した事故につき、分解掃除に当たりコントロール室と中間パネルコックの二重閉鎖の措置をとらなかった過失がある等として現場責任者が刑法の業務上過失致死傷および労働安全衛生法違反で起訴された事件。
参照法条 刑法211条
労働安全衛生法20条2号
労働安全衛生法119条1号
労働安全衛生法122条
体系項目 労働安全衛生法 / 罰則 / 刑法の業務上過失致死傷罪
労働安全衛生法 / 罰則 / 両罰規定
裁判年月日 1979年5月11日
裁判所名 千葉地
裁判形式 判決
事件番号 昭和51年 (わ) 741 
裁判結果 有罪(確定)
出典 刑裁月報11巻5号440頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働安全衛生法-罰則-刑法の業務上過失致死傷罪〕
 弁護人らは、右主張を前提として被告人らに本件爆発事故につき予見可能性がなかつた旨主張するが、前段認定のとおり、本件事故当時、被告人らは何れもスラリークーラー分解掃除に際し、マニユアルに定められたとおりの二重閉止措置が採られていないことを認識しており、従つて、かかる危険な状態で作業が行われるならば、スラリーの大量流出という事態が発生することは十分予見しえたものといわざるをえず、又被告人らの地位や作業経験からして、右事態から引いて爆発事故を惹起することも予見可能であつたというべきであるから、右主張は失当である。〔中略〕
 本件爆発事故は、その約三か月前の同年七月七日、山口県徳山市にあるA会社徳山工場において石油コンビナート爆発事故があり、関係行政庁などからB会社五井工場に対しても、高圧ガス製造設備の保安対策について警告が行われ、同工場における設備及び各種マニユアル類を総点検するよう要請があつた矢先の事件である。右警告においては、いずれも石油化学コンビナートにおける災害事故は社会的影響が甚大であつて、現在公害問題とならび保安問題は最重点的な配慮を要すべき事項であることを強調していたのであるが、果せるかな、本件爆発事故により、被告会社五井工場の作業員四名が死亡し、八名が負傷うち六名は全治一か月ないし三か月の重傷を負い、また工場内の被害建物一二棟が損壊するなど、物的損害は約二五億円(うち保険金で一八億円補填)にも及び、さらに本件起訴外ではあるが、その災害は工場の外周半径約一・五キロメートルの範囲に達し、隣接工場七、附近民家一四軒、住民二名が何らかの損害を蒙り、工場の火災は発生後六時間を経過した翌九日午前三時五〇分に至つてようやく鎮火するなど、被告会社の蒙つた損害はもとより、地域社会に与えた影響も軽視しえないものがあつたと認められる。前判示のとおり、本件爆発事故の直接の原因は、被告人Y1の停電時における現場中間パネルコックの誤操作であつたが、これに先行して被告人Y2の甚だ杜撰な作業中断行為があつたこと、そして三交替作業員の側においても、コントロール室パネルコツクの閉切りを懈怠した過失があつたと認められること、そして、これらを通じ、被告人Y3において、係作業員らに対し、日頃マニユアルの手順を遵守するよう厳に教育、監督することを怠つた過失があつたことは疑問の余地がない。本件二BCの機器には当時改正前の労働安全衛生規則が要求する以上の設備がなされていたが、担当作業員の教育、監督が不十分であつて、安全に対する意識が全体として弛緩していたため、折角の安全設備が生かし切れなかつた、というのが事故の真因である。その意味で当時の係長であつた被告人Y3の責任は重大であるといわねばならない。また被告人Y2は、日勤保全の班長としては些かスラリークーラー分解掃除作業の経験に乏しく、その作業中断時の処置につきかなり杜撰なものがあつたことは認めぜるをえないのであつて、とくにサクシヨンバルブを閉止せず、短管を取り外したまま作業を中断するなどという、極めて危険な措置をとりながら、十分な申送りをしなかつた過失は最も重大であり、本件においては被告人Y2の過失が最も重いものと認められる。被告人Y1は、本来ありうべからざる誤操作をしたが、折柄停電となつて狼狽したこと、中間パネルのコツクの配置が不適切であつたこと、被告人Y2が適切な中断措置を講じておきさえすれば本件事故は回避しえたこと、などを併せ考えれば、同被告人の過失は直接的なものではあるが、他の被告人らに比し軽いといわざるをえない。
 しかしながら、本件は、複雑な石油化学コンビナートにおける災害であつて、被告人らの過失のほかにも同工場の組織、設備の面においてこれと競合する不備な諸点があつたことが認められない訳ではなく、これらの諸点については、本件事故後つとに関係各方面から指摘があり、被告会社においても謙虚にこれを受け入れ、巨額の資金を投じ機器、設備を全面的に更新し、また社内の安全組織の再編を計つてきた事実が認められる。また被害者やその遺族に対しては、労災保険のほかに相当額の金員が被告会社から支払われており、被害者側の宥恕もえられていることが窺われるほか、〔中略〕被告人ら及び被告会社にとり有利な事情も多々認められるので、以上のほかその他諸般の情状を考慮して、前記のとおり刑の量定をなし、被告人Y3、同Y2、同Y1についてはとくに刑の執行を猶予することとした。〔労働安全衛生法-罰則-両罰規定〕
 労働安全衛生法(以下「法」と略称)一二二条はいわゆる両罰規定を置き、法人の代理人、使用人その他従業者が、その法人の業務に関し、法一一九条の違反行為をしたとき行為者を罰するほか、その法人に対しても同条所定の罰金刑を科する旨規定している。〔中略〕
 法一二二条所定の措置履行者の点については、同条所定の「法人の使用人その他従業者」の意義はかなり広義であつて、結局その職務との関係で、当該作業において誰が措置履行者であるのかを定める必要があるが、規則二七五条によりその内容が補完される法第二〇条二号(事業者が危険防止のために講ずべき措置)の場合は、所論のように、その性質上必ずしもその作業に直接従事する労働者の安全を保護する目的にのみでた規定とは解し難く、これをも含め、広く労働災害の防止を目的とするものと解しうること、規則二七五条に規定する当該作業の方法及び順序を決定し、その者に同条一号ないし三号所定の事項を行わせるものは誰かというと、被告会社の前記職務権限規定「補修」の項には、修繕個所、方法の決定は係長である被告人Y3の権限とされていること、本件当日、前記のとおり日勤保全のサブリーダーであるCは休暇をとつて不在であつたため、現場で実際に作業を指揮したのは被告人Y2であること(なおこれ迄被告人Y2はCをして作業の具体的指揮をとらせることがあつたが、その場合でも正式の作業指揮者は日勤保全の班長である同被告人であつて、Cは作業の便宜的な指揮者であるに過ぎないと解せられる)、そのうえ、被告人Y3は、三交替作業班長が作成した事故報告書により、保全作業の個所、方法を決定し、通常の場合はマニユアルに従つて保全作業を行うので、被告人Y3としては、作業個所を指揮するほかは、作業の方法、順序等は被告人Y2に任せることとなろうが、特別の智識、経験を要する部分については、被告人Y3の有する高度の智識、経験に基く助力、援助が必要となるものと解せられるのであつて、結局、被告人Y2は、その経験や作業の能力に鑑み、被告人Y3の指示に従い、現場で作業員を指揮する作業指揮者にすぎないと認めるほかはないこと、及び被告人Y2は自分で独立して閉止したコツクに開放禁止の表示をなす権限などはないものであつて、これが、一・二BCの現場全体を現実に統轄し、保全及び三交替の各作業双方につき指導、監督の権限を有する係長たる被告人Y3の権限に属することは前述のとおりであること、などからすれば、被告人Y3こそ本条の措置履行者というべきである。